26・姉と弟
「九条?」
学校正面玄関を勢いよく飛び出した所で、休み時間に外に出ていた理人と鉢合わせ。危うくぶつかりそうになり、慌てて理人を避けたところで名前を呼ばれる。
「悪い。急いでるんだ。状況が全く分からないんだけど、全裸の女性の霊が井原の道上市側の崖下に急いで向かって欲しいと言うから行ってくる」
足を止めている時間は無いようで、女性の霊を見失わないように正門を抜け出した。
「全裸の女性ってことは事件の可能性があるね。警察を井原の道トンネルの上市側に向かわせる。それと、僕も着いて行くよ」
ポケットの中から携帯電話を取り出して、110番通報をする理人は警察と話をしながら走っているにもかかわらず息一つ乱していない。
見た目は色白で華奢。
体育の授業を見学している理人を何度か教室の窓から見ていたため、てっきり病弱なんだろうと思っていた。
「状況が分からないのなら俺も着いてく。もしかしたら人手が必要な状況かもしれないし」
理人の隣に佇んでいた一条も一緒に着いてきてくれるのだと言う。
「理人が無茶をするようなら止めないといけないから」
状況が分からない中で何が待ち構えているかも分からない場所に向かうため、人が多いことは心強い。
「理人は敵とみなした相手には容赦ないと言うか、加減を知らないと言うか危なっかしいから」
苦笑する一条は理人の性格を良く知っているのだろう。
一条と理人の会話を今まで黙って聞いていた男性教師は眉尻を下げて呟いた。
「人は見かけによらないんだな。ひ弱そうなのにな」
理人に視線を向けて、か細い声で呟いた男性教師は弱りきっている様子。
お姉さんの事が心配で気が気ではないのだろう。
普段は明るく元気な男性教師が口数が少ないと調子が狂う。
しかし、状況が状況なだけに明るく振る舞えと言うことも出来ずに男性教師の言葉に同意するようにして頷いた。
「ほんと、人は見かけによらないな」
男性教師の言葉に同意するようにして頷いた。
学校正門を抜け出したところで二台のパトカーが立て続けに学校の前を通過する。
けたたましく鳴り響くサイレン音と共に、瞬く間に走り去ったパトカーは緊急事態であることを示しており、パトカーの向かう先には井原の道トンネルがある。
続けて二台。
サイレンの音と共に近づいてきたパトカーは学校正門前に理人の姿を見かけると、急ブレーキをかけ九条達の目の前で止まりかける。
しかし、九条達の視線の先は交差点。
徐行をしながら少し離れた位置に停車する。
パトカーに向かって理人が駆け出した。
「僕からの突然の通報に警察も戸惑っているのだろうね。事情を聞きたいんだと思う。パトカーに乗り込んだら事情を説明してよ」
一条と理人が一つのパトカーに乗り込むと、続けて男性教師と九条が別のパトカーに乗り込んだ。
「事情を説明してと言われても……霊が見える何て信じて貰えるかどうか」
ポツリと呟いた独り言に対して返事をくれる人がいた。
「少なくとも俺は信じるぞ」
声のした方へ視線を向けると、黒縁の眼鏡が印象的な理人によく似た顔立ちをもつ男性が運転席に腰かけていた。
理人の髪色が黒に対して、男性の髪の毛は灰色をしており、分厚い眼鏡をかけているため隠れてはいるものの灰色の瞳を持つ。
「そっか……助かる」
以前洋館で誘拐犯を逮捕した経歴を持つ男性は、その館内で九条と出会っていた。
九条が霊を見ることの出来る力があることも知っているため話が早くて助かると、素直に思いを口にした九条はホッと安堵する。
「もしかして理人のお兄さんですか?」
理人と良く似た顔立ちの青年に、ずっと疑問に思っていた事を問いかける。
見た目からは年齢を判断することの出来ない男性に問いかけてみると、クスクスクスクスと口元に手を添えて上品に笑いだした男性。何か可笑しな事を言っただろうかと疑問を抱いていれば
「俺は理人のお父さん。父親だよ」
仕草と口調にここまでギャップのある人物を見るのは初めてだ。
男性はお上品な仕草をするけれども、口調は男前。中性的な見た目の男性の言葉を耳にして
「お父さんかぁ。見えねぇ……」
九条は唖然とする。
ポツリと本音を呟いた所で、井原の道トンネル内を抜け出し上市側。ガードレールの向こう側が崖になっている地点にたどり着く。
ガードレールを突き破って車が崖下に転落した形跡があった。
路面に刻まれたブレーキ痕は崖に続いている。
黒色の乗用車が道路脇に寄せられてハザードランプを点灯させながら停車している。
事故現場を囲むようにして止められたパトカーと、道路上に佇んでいる警察官は崖下を覗き込んでいる。
「崖下へ下りるには足場の悪い階段を下りなけらばならないのか」
トンネルの出入り口付近に設置された階段を下りるようにと指示を出す女性の霊に従って、九条は足早に目的地へ向けて駆け出した。
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