25・姉と弟

 あと数日間、学校生活を送ればやがて夏休みがやってくる。

 夏休みの予定を思い浮かべてみるものの、仲の良い友人がいるわけでもないため家でゴロゴロとして、外へ出かける事なく夏休みを終える自分の姿を思い浮かべてしまった。

 

 移動教室ということもあり、クラスメートから少し距離をとり目的地へ足を進めていると、ふと腕を引かれる感覚と共に前進を阻まれる。

 疑問を抱き背後を振り向くと、会うのは学校前の総合病院待合室以来か。


「なぁ、九条。おまえ霊感あるだろ?」

 突然何を言い出すのやら、真面目な顔をした男性教師の問いかけに対して、きょとんとした表情を浮かべていれば再度問いかけられる。


「見えるんだろ?」

 男性教師の問いかけに対して疑問を抱き無言のまま身動きをとれずにいれば、ふと先日の出来事が頭の中に浮かぶ。


 男性教師から


 生徒が一人学校を飛び出したから、追いかけて欲しいと校長から頼まれたんだ。行き先は目の前の病院だろうからって言われて、事情を聞く間もなく走って来たけど、父親の容態はどうなんだ?


 問いかけられた疑問に対して、俺は


 分からない。思わしくはないようだけど


 まるで病院で男子高校生の父親の容態を聞いたような答え方をしてしまっていた。


 男性教師には、医師又は男子高校生からすぐに父親が亡くなっている事実を告げられる事になるだろうと考えての発言だった。

 しかし実際は、父親が運ばれたのは学校近くの総合病院ではなくて警察署の安置室。

 

 普段はお調子者。

 おちゃらけた発言の目立つ男性教師が真面目な顔をしているから何事かと疑問に思っていれば

「見えているんだろ?」

 再度男性教師は真っ直ぐ九条の顔を見て、はっきりとした口調で問いかけた。


「先生さぁ。奥さんかお姉さんか妹さんがいるのか?」

 真面目な顔をした男性教師の質問に対して、九条は視線をそっと床に移して問いかける。

 思っていたよりも随分とか細い声が出た。


 説羽詰まった様子の男性教師には見えていないのだろうか。

 溢れんばかりの涙を溜め込んで、今にも泣き出しそうな表情を浮かべる女性の姿が。

 九条が女性から視線を外して床に視線を移したのは、女性が何も身に付けていなかったため。


「何で衣服を何も身に付けていないんだ?」 

 動揺と共に素直に考えていることを口にしてしまえば、男性教師が唖然とする。

 

「は?」

 ポツリと呟かれた言葉は状況を理解していない事を表していて、ほんの一瞬だけチラッと視線を女性に向けて髪型や特徴を目に焼き付ける。


「右目の下に黒子がある。長い黒髪の女性。銀縁眼鏡の知的そうな美人」

 女性の特徴をいくつか上げると男性教師はごくりと唾をのむ。

 九条が幾つか上げた特徴は男性教師のお姉さんの特徴と一致していた。


「姉貴は全裸なのか?」

 なぜ全裸なのか理由は分からないけれども、髪は濡れてボサボサ。

 右頬と右肩と右太股は何処かにぶつけたのだろうか赤くなっている。


「全裸で先生の側にいるんだよ。助けて……や早く見つけてって弱々しい声で訴えてくるんだけど一刻を争う状況なのか?」

 状況が全く分からない。

 男性教師に状況が理解することが出来ずに問いかけて見るものの男性教師自信、動揺と戸惑いを隠せずにいる。

 激しく混乱している男性教師もまた、お姉さんが何故全裸なのか、一刻を争う状況の中にいるのか把握していないのだろう。


「姉貴は何処にいるんだ? 姉貴と話せないのか?」

 男性教師のお姉さんの様子から、一刻を争う状況であることは分かった。

 男性教師の問いかけに対して、九条は全裸の女性に視線を移す。


「俺は何処に向かえばいい? 危機的な状況なんだろ?」

 問いかけに対して、女性は何度も頷いた。

 大粒の涙が頬を伝う。

 急いでいるのだろう。

 早い口調で場所を口にした女性は着いてきて欲しいと言って九条に向かって手招きをした。


「場所は井原の道トンネルの上市側かみしがわの崖下。手招きしてる。どうやら案内してくれるらしい」

 女性の姿が見えていない男性教師は状況を理解することが出来ていないはず。

 指定された場所と、今からお姉さんの案内にしたがって目的地に向かう旨を伝えると、男性教師は顔面蒼白のまま唖然とする。

 九条の後に続くようにして、上手いこと足に力が入らないのだろう。

 ふらふらとした足取りで一歩、二歩と足を踏み出した男性教師は無言のまま力無く九条の後に続いて駆け出した。


 状況を理解することが出来ないまま、九条は先を行く全裸の女性の後に続き、男性教師と共に学校正面玄関出入り口から校外へ飛び出した。

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