7・まねかれざる客
彼女を怪力を持つ女性と呼ぶことにしよう。
失礼な話になるけれど、同じ学年でありながら同じクラスではない彼女の名前を俺は知らない。
「ねぇ、確か九条君って九条先生の弟だったよね? これ九条先生に渡しておいてよ」
九条先生へと、ピンク色の文字で書き記されたメッセージ付きのクッキーを差し出してきた怪力を持つ女性は、続けて友達の腕の中からクッキーの袋を手に取ると
「これも、お願いね」
2つの袋を差し出した。
なんだか妙子と似た性格をした女性だなと考えつつ、差し出されたクッキーを手に取った所で
「あらら?」
満面の笑みを浮かべた妙子が、小走りで俺の元へやって来た。
「なんだよ。奇妙な笑みを浮かべて……」
奇妙と言った事を怒ったのだろうか。
コツンと頭に拳を打ち付けられる。
プクッと頬を膨らませ、眉間に皺を寄せた妙子にピシッと顔を指さされ
「奇妙な笑み? 可愛い顔の間違えでしょう? 変な間違えをしないでよね」
フンッと鼻を鳴らした妙子が言葉の間違えを訂正する。
「悪い悪い」
左手を上げて呟くと
「感情がこもっていないわね」
棒読みだったことが気にくわなかったようで、冷たい視線を向けられた。
「そんな事より、何よあんた。モテない可哀そうな奴って思っていたのに、やるわね。女子からクッキーを貰ったの?」
ニヤニヤと締まらない笑みを浮かべる妙子が横腹に肘を何度もうち付けてくる。
「いや、兄貴に渡してくれと言われただけで……」
やるわね、このこの!と言葉を続けていた妙子に、素直に兄貴に渡すクッキーだと伝えれば
「あら、そうなの? 何か……ごめんね」
何故だろう。
あっ、しまった。聞いてはいけない事を聞いてしまったと、考えを表情にあらわした妙子のその表情に傷ついた。
「まぁ、落ち込まないで。あんたにもきっと時期にいい人が現れるわよ!」
傷ついた気持ちが表情に現れていただろうか?
落ち込まないでと言った妙子に
「時期にって何時だよ」
問いかけると
「え……」
何故そこで口ごもる。
ポツリと一言呟いたまま固まってしまった妙子に
「いや、まぁ……冗談だけどさ。ってか、兄貴を追いかけてここに来たんじゃないのかよ」
冗談である事を伝え、妙子がこの場へやって来た目的を問いかけると
「あ! そうなのよ! 九条先生は?」
妙子の表情がコロコロと変わる。
目をぱっちりと見開き、首を傾げた妙子の問いかけに
「全速力で駆け抜けて行った」
兄貴が走り去った方向を指さし、答えると
「有難う」
小さく頷いた妙子が、身を翻すと兄貴の走り去った方へ体の向きを変える。
「あぁ」
この後、走り去るであろう妙子を大人しく見送ろうとしていると
「あんたも来るのよ」
横目で俺を見た妙子に耳を掴まれ、グイッと引き寄せられる。
「いてて」
痛みと共に、足を進め始めた俺は妙子と共に兄貴の元へ向け走り出す。
扱いが酷いなと考えつつ、女子生徒達から兄貴に渡すようにと渡されたクッキーを落とさないように両手でしっかりと抱え込んた。
兄貴のため全力疾走を行う妙子は普段体育の授業で見せる女の子走りはどこへやら、フォームが非常に格好いい。
腕振りが早く、体幹がしっかり使えているため走るスピードも非常に早い。
突き当たりの廊下を左へ曲がった兄貴を追いかけるため
「兄貴は左に行ったよ」
兄貴の向かった方向を口にすると
「ありがとう!」
妙子は勢いのまま左へ進行方向を変えた。
そして、妙子の後を夢中で追いかけていた俺は、急に視界から消えた妙子に頭の中を切り替え切れず、目の前に急激に迫った壁に激突する。
「グエッ」と、情けない声をあげて立ち止まれば
「何してんの?」
首だけを動かして背後を見た妙子に冷静に突っ込みを入れられた。
けれども、妙子さん。
あなた、首が180度回転していますよ?
体は進行方向を向いたまま。
顔だけを妙子の真後ろで壁に激突している俺に向けられたため頬に冷や汗が伝う。
兄貴が何から逃げていたのか、やっと理解することになった。
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