【菫】純潔
「わ……私を……?」
困惑するあまり、声が上擦ってしまった。榧様が十八の頃ということは、私は更に幼かったはずだ。
それなのに、榧様は、まだやっとお使いをさせてもらえるようになった年頃の私に目を止めて、何年かあとに私を抱くためだけに陰間を利用していたなんて。
「君は、小さい頃から愛らしかった。いつかお家を守り立てるためだけに良家の娘と縁組をして、その相手を抱くことになるのかと思うだけで気が狂いそうだった」
「ま……待ってください、その頃の私は、まだ十一になったばかりでは……」
「そうだね。その頃から私は君に夢中だったんだ。正しくはもっと前からだけれど。見合い話を断り続けてきたのも、女性客に隔てなく接していたのも……全てはいつか君を手に入れるため……」
ずくりと体の奥が疼いた。昨晩榧様に染められたところが、暗い悦びに酔っている感覚がする。幼かろうが、男だろうが、榧様には関係なかった。初めから榧様は私に執着して、私を手に入れるために生きていたのだ。
「当時は悩んだよ。自分が幼子にしか慾を抱けない獣なのかとすら思った。でも他の君と同じ年頃の子供には、ごくありふれた感情しか抱かなかった。君だけが、他人に無頓着な私を狂わせる存在だった……いっそ、狂ってしまいたいとすら思ったこともあったよ」
切なげに掠れる声が私を染めていく。私には何の覚えもないことだ。榧様とは店を通じてお会いしたことはあっても、個人的になにかをしたことはなかったのに。あの茶屋で交わした会話が殆ど初めてと言っていいくらいだ。だから、私の想いもずっとこの先も一方通行のままだと思っていたのに、それは誤りだった。
寧ろ私が仄かな恋心を抱くよりもっと先に、榧様は私に溺れていた。榧様のような秀麗な美男でもなければ、才覚のある神童でもなかったのに。いったい、私のなにが榧様に執着を抱かせるに至ったのか、全く身に覚えがなくて困惑が拭えない。
けれど、このお話が嘘ではないのだということはわかる。榧様のお声がずっと低く熱を帯びているから。
「茶屋で君を見たとき、あの場で理性を押し留めるのがどれほど大変だったか」
きっと恐ろしいことを言われたのに、私の胸にあるのは底意知れぬ慾と悦びだけ。想いが消えるどころか、埋火のように深いところで熱を放ち続けている。
「ずっと、私の中には君しかいなかったんだよ、お蘭」
「か……榧様……」
耳元に直接吹き込まれた榧様の声に、脳の奥まで侵されていく。目眩がして、体がとろけるように撓垂れかかるのを受け止めた榧様が、薄く笑う気配がした。
「可愛い私のお蘭……君の純潔も、未来も、体も……全て私のものだ」
熱っぽく囁く榧様に、私は小さく首を振った。
そして、火照った顔で愛しい人のお顔を見上げて、うっとりと囁いた。
「私の心も、もらってくださらないといやです……榧様」
言い切るかどうかのうちに、私の言葉ごと飲み込むような乱暴な口づけがされた。熱い舌で私の口内を犯し、舐り、一度は鎮めたはずの熱を容赦なく昂ぶらせていく。逃れようにも頭を抑えられていて、息を継ぐこともままならない。
榧様の舌が上顎を擦る。私の舌を捕らえて絡みつく。吸い上げて、甘噛みをする。角度を変えてまた深く塞ぐ。口の端から唾液が伝うのをどうすることも出来ず、ただ与えられる快楽を飲み込むことしか出来ない。
「……んっ……ふ、ぁ……はぁ……はぁ……榧様……」
解放されたときには体に力が入らなくなってしまい、くたりと榧様の胸に凭れて、荒く呼吸を繰り返した。私の背を撫でる榧様の手が熱い。頬を寄せている胸からは、私と同じくらい強い鼓動が響いてくる。
そして、胡座を掻いた足の中心が不自然に盛り上がっているのが見えてしまった。
「稚く真っ白な君を愛でることが出来て、私は心からしあわせだよ」
「わ、私も、しあわせです……榧様に全てを捧げることが出来て……共に生きる道を行くことが出来て……」
榧様はいま、山小屋で見たあの暗い光を帯びた目をしている。私のことを、獲物を見る目で見ている。
「榧様、ここではだめです……」
「ああ、わかっているよ。でも、口づけくらいならいいだろう?」
「っ……」
そんな聞き方をされたら嫌だとは言えない。榧様はわかっていて仰っているのだ。だって榧様は、私が答える前に唇に吸い付いて、逃げられないよう抱きしめている。
「地図を見るに、明日からはまた移動になるのだから……ね、お蘭」
「……はい……」
しおらしく頷く私を抱きしめ、榧様は唇と悪戯な指先だけで私を翻弄し、体の芯に甘い疼きを与えるだけ与えて、宿では本当に最後までしてくださらなかった。
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