黒い召魔士③ (ディニー)


 殿下を助けてくれたことには感謝している。

 事実、ディニーだけでは彼を守り切ることはできなかっただろう。


 振り上げられた凶刃。絶望的な距離。

 時間がゆっくりと流れ、自身の動きも遅くなったように錯覚した。

 ただ思考のみが、平時の何倍ものスピードで頭の中をかき乱す。


 待て。

 その剣を下ろすな。

 こんなところで、その人を失うわけにはいかない。


 割って入ってきた黒い影が敵兵を斬り倒してくれたときは、神の遣いが舞い降りたのかと思った。


 しかし。

 そこに現れたのは悪魔のように黒く、薄汚れた格好をした男だった。


 今、自身の目の前で不遜な態度を取る男に、ディニーは強い嫌悪感を抱いていた。


 黒い髪に黒い瞳。そして何より薄いオレンジ色の肌が気持ち悪い。

 この大陸の人間は多様な髪色と瞳の色を持っているが、肌の色は一様に白いという共通点がある。この男にはそれがない。


 ディニーだって、肌が自分たちと異なる人種がいる、という知識は持っている。

 しかしそれはどこか遠くの、自分とは異なる世界に住む人々のことであって、間近で見る機会など一生涯無いと思っていた。


 ましてや言葉を交わすことになるなんて。


 そんな下賤げせんやからにバカにされては黙ってなどいられない。


 おそらく、この距離で剣を振ってもヤツは軽々とかわすだろう。

 だが、それでかまわない。

 ヤツが剣の一撃を避け、後ろへ飛びすさったところをキオードの爪で切り裂く。

 ヤツの召魔は確かに強い。だがスピード勝負ならこちらに分がある。


 ディニーの、柄を握る手に力が入る。

 だが、彼女のあるじはその剣を振るうことを許さなかった。


「ディニー! その手を柄から離すんだ」

「しかし、殿下! これは私への、いや、オルゴー王国親衛隊への侮辱です!! ひいてはオルゴニア王家への侮辱にほかなりません!!」

「そうだとしても、だ。王家への侮辱だというのなら、ディニー。ここは私に預からせてくれないか」

「…………殿下」


 預かる、と言われてしまっては臣である自分に逆らう選択肢はない。

 ディニーは柄から手をはなし、目の前の男、オヅマを見る。


「異邦人であることは問題ない。むしろこの場においてはメリットですらある」


 殿下の言葉に、ディニーは思わず目を剥いた。


 どう考えても問題しかないではないか。

 護衛ともなれば、四六時中ずっと一緒にいることになる。

 信の置けない異邦人を警戒しながら逃げるのは、ただ逃げるだけよりも負担が大きい。


「お言葉ですが殿下――」


 口を挟もうとしたところを、殿下の右手の掌に制される。


「皇国は徹底した階級制だ。王族、貴族だけでなく、平民の中にも階級が存在する。皇国民を筆頭に、属国の民、異国からの流民、奴隷といった具合にな。だがこれも全て大陸の人間であることが前提だ」

「つまり異邦人は……?」

「階級の外。人間としての扱いを受けることはない」


 悲痛な表情を浮かべる殿下を見て、なんと心の優しい方だろうと感じ入った。

 ディニーには皇国の主張の方が普通に思えたからだ。

 オルゴー王国だって、明確に制度化されていないだけで、大陸の外から来たであろう外見の者たちを忌避する空気が確かにある。


 大陸の外など未開の地。

 野蛮で、粗野で、無知な、人間に似た猿が住む場所だと教えられてきた。

 事実、オヅマとかいう異邦人も殿下に対して不遜な態度をとっているではないか。


大陸こちらの者よりも異邦人の方が信頼できる、というのもおかしな状況だが。これからの道中、戦力は多いに越したことはないし、オヅマ殿の召魔士としての実力も逃すには惜しい」


 殿下は、この異邦人を同行させるつもりらしい。

 ディニーも頭ではそうすべきだとわかっている。


 だがしかし。

 生理的な嫌悪感というものはどうにもぎょしがたかった。


 せめて、この礼儀知らずの召魔士が異邦人でさえなければ、ディニーも渋々ながら護衛として同行させることに同意しただろう。


 これはリスクの高い低いではなく、ただただ感情の問題だ。


 恐らく、そんなディニーの想いは、表情にも表れていたに違いない。


「だが、ディニー。もし君がどうしても反対だと言うならば、私は君の意見を尊重しよう。私にとって、君の信を失ってまで得たいものなど、そう多くはないのだから」


 澄んだ目でこちらを見つめている殿下の姿は、王家の人間特有の威圧感と包容力に満たされていた。いまだ齢十と五つの若年とは思えない。


「殿下……」


 ――シャ


 不意に、ディニーの耳が異音を捉えた。


「どうした?」


 首を傾げる殿下にも見えるよう、口元に人差し指を当てて『静かに』とジェスチャーで伝える。


 ――ガシャ


 やはり聞こえる。

 とても小さいが、金属と金属が擦れあるときに鳴る音に違いない。

 それはディニーにとって聞き慣れた音でもあった。


 反射的に横を見ると、黒い召魔士がしれっと自身の召魔を出していた。

 さらに、音が聞こえた方向をじっと見つめ、


「どうやら、お客さんがいらっしゃったみたいだ」


 何が楽しいのか、男は悪魔ような笑顔を浮かべていた。


 空気がピンと張りつめる。


 当然ながら、こんな場所で仲間と合流する予定はない。

 まず間違いなく、物騒な用事で訪ねてきたのであろうお客さんを迎えるべく、ディニーもすぐに臨戦態勢を取った。


 風が木々の葉を揺らす音にじって、土を踏みしめる足音が聞こえた。

 少しずつ足音が大きくなり、コチラへと近づいてくる。


 ガシャ。みしり。ぱき。ガシャ。みしり。ガシャ。みしり。

 足音が鈍く、重い。

 背筋が寒くなり、肌が泡立つ。

 

 ほんの数秒。

 そのハズなのに、十分にも二十分にも感じられるほど長い。


 やがて姿を現したのは、黒いプレートメイルで全身を覆った騎士であった。




§  §  §  §  §  §  §


 本作は毎朝8:16更新です。

 NHK連続テレビ小説「おむすび」の放送後に更新です。


 と思ったら、今日は日曜日でした。

 それでは、また明日。

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