黒い召魔士② (オヅマ)


「無礼者ッ!!」


 駆けつけた銀髪の女騎士が、問答無用と剣戟を繰り出した。

 オヅマの首を狙った剣は、ダヴァンティの戦斧によってその目的を阻まれる。


 剣と戦斧がぶつかり合い、高い金属音が山林に響いた。

 交差した刃の奥で、オヅマはわざとらしくおどけた声を出す。


「えええ? 王子様の命の恩人だよ、俺。『無礼者』なんて、いきなり斬りかかってくるような野蛮人にだけは言われたくないんだけど」

「黙れ! ――来いっ、キオード!」


 女騎士は素早く飛びすさると、剣を構え直して何者かの名を呼ぶ。


 白く艶やかな毛並みの虎型の召魔が、すぐにも飛び掛からん体勢で女騎士の横に現れた。


 一触即発。ピンと空気が張りつめていく。


「ディニー、待て。そちらの方も、まずは召魔しょうまを納めて頂けまいか」

「しかし、殿下ッ! こいつは殿下を『アンタ』などと」


 まだ声変わり前なのだろう。男性にしては高い声が割って入った。

 さしもの女騎士も、自身の使える主君の命令を無視するわけにもいかないようだ。

 かといって、物分かりの良いタイプでもないらしい。


「私が『待て』と言っているのだ。早々にキオードを納めよ」

「…………はっ」


 ディニーと呼ばれた女騎士は、王子様による二度目の制止にしぶしぶ顔で頷いた。

 剣を鞘に納めるのと同時に、キオードと呼んでいた召魔を自身の影へと還す。


 それを見届けたオヅマも、相棒のダヴァンティを影へ引っ込めた。


「すまない。配下が無礼を働いた。私の名はヴェリタ。オルゴー王国の王子だ」


 剣の腕前とは打って変わって優雅な立ち振る舞いを見せるヴェリタ王子に、オヅマは思わず「ほぉ」と感嘆の息を漏らした。


「これが本物の王族ってやつか。俺は――」


 オヅマが名乗る前に再び白刃が疾走はしった。

 ディニーのショートソードが闇を斬り裂き、ついでにオヅマの前髪も少し斬った。


 反射的に後ろへ飛んでいなければ、額から上が飛んでいただろう。


「殿下に向かって、その口の利き方なんだ!? 斬り捨てるぞッ!!」

「斬りかかってから言うセリフじゃないって」

「次は本気で斬る」

「あー、はいはい。『今のは本気じゃなかった』ってことね。俺なんかにけられちゃって、そんなに悔しかった?」

「……殺すっ!!」

「やめないかっ!!」


 オヅマに剣を向けるディニーを、ヴェリタ王子が強い口調でたしなめる。


「いつまた追っ手がくるともしれないのに、口の利き方くらいで争っていられるほど私たちには余裕があるのか?」

「それは……はい。殿下の仰るとおりです。申し訳ございません」


 非を認めたディニーがヴェリタ王子に頭を下げ、静かに剣を鞘に納める。

 だが、オヅマに頭を下げるつもりはないらしい。


 追われている状況で余計な戦闘行為に及んだことついては反省しているが、オヅマおまえは絶対に許さない――と、彼女の表情が雄弁に語っていた。


「失礼した。続きを」


 ヴェリタ王子に促され、オヅマは改めて自身の名を口にする。


「俺の名前はオヅマね。んで、こっちは相棒のダヴァンティ。種族は――」

「ゴブリン」

「違うっつってんだろ! ケンカ売ってんのか、このクソ野蛮おんな騎士」

「なんだとっ! 誰が――」

「ディニー……。頼む。やめてくれ」


 再び過熱したオヅマとディニーのいさかいは、ヴェリタ王子があきれ顔で仲裁に入ったことですぐに鎮火した。あの女騎士がケンカを売ってくるのが悪い。


「まあいいや、種族なんか。ホントどーでもいい。種族がなんだろうとコイツはコイツだ」

「そうか。……それでオヅマ殿。貴殿は、何者だ?」


 ヴェリタ王子の問いに、オヅマは胸に手を当てて身体を20度くらい曲げると、頭を下げたまま芝居がかった敬語で答える。


「大変お待たせいたしました。護衛の依頼を受けて馳せ参じました。出張召魔士のオヅマでございます」

「……………………依頼? ディニー、なにか知っているか?」

「何かの間違いでございましょう。このような胡散臭い召魔士に護衛を頼もうなんて物好きは我が国にはおりません」


 ヴェリタ王子とディニーが顔を見合わせ、何も知らないと首を振る。

 オヅマの背中に冷たい汗が流れる。


 どういうことだ。

 ヴェリタ王子も、そして護衛の女騎士も依頼主ではない。

 まあ、そこまでは予想の範囲内だ。


 しかしまさか護衛対象が、自分たちが護衛されることを聞かされていないとは。

 そうならそうと、依頼するときに事前に伝えて欲しかった。


「どうやら人違いのようだが」

「いやいやいや、王子。ちょっと待って、一回待って。落ち着いて考えてみよう。俺はヴェリタ王子を護衛するように依頼されてこの国まで来た。しかもしかも、報酬は全額前金で貰ってるのね。つまり、王子にとってはタダで護衛が雇えるってわけ。チョーお得じゃない?」


 ここで引き下がっては、依頼を果たさずに報酬だけ持って行く悪徳召魔士の汚名を着せられてしまう。オヅマもなんとか食い下がろうと必死だ。


 そこに忌まわしい女騎士のディニーが口をはさむ。


「恐れながら殿下。この者は大陸の人間ではございません。黒い髪、黒い瞳、そしてこの肌の色。はるか遠い土地からきた異邦人です。このような下賤げせんやからを殿下のお側に置くわけには参りませんし、そもそもこの下衆げすが敵のスパイでない保証もございません」


 この大陸において異邦人は同胞ではない。

 召魔士として並外れた才があっても、類まれなる剣技を身につけていても、どれほど知識を蓄えていても、異邦人は恐れられるばかりで認められることはない。


 黒い髪、黒い瞳を持つオヅマも、いつも爪弾きにされてきた。


 故に、この程度の侮蔑に今さら怯むオヅマではない。

 下賤だの、下衆だのといった蔑みは、いい加減に聞き飽きている。


「この大陸の人間じゃねえのは事実だからどうしようもねえけどよ。俺が敵だったら、わざわざ助けになんか入らねえって。あのときダヴァンティが割って入らなきゃ、王子の首はとっくに胴から離れてた。それはアンタもよく分かってるだろ?」


 ディニーに向けて言ったのだが、当の本人は一切こちらを向くことなく、ヴェリタ王子の方を向いたまま、


「殿下を捕えて皇国に差し出すつもりかもしれません。死んでいるよりも、生きたままの方が都合がいい、ということは往々にしてございますので」


 オヅマを護衛にしない方がいい理由ばかりをあげつらう。


「はっ。どっちだって一緒さ。やろうと思えば、今ここでアンタを殺して王子をさらうくらい楽勝だ」

「……試してみるか?」


 再びディニーの手が剣の柄へと伸びた。




§  §  §  §  §  §  §


 ゴブリンだ、ゴブリンだと言ってきましたがゴブリンじゃなかったです。


 本作は三人称一元視点を採用してます。

 さらにわかりやすいように各話タイトルに『(キャラ名)』と、視点となっているキャラの名前も書いてます。参考までに。


 それでは、また明日。


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