👹無免許召魔士オヅマの闇営業 ~城を追われた私を救ってくれたのは、悪魔のような男と強すぎるゴブリンでした~

石矢天

序:王都オルゴニア陥落


 燃えている。

 紅く燃え盛る炎の奥に、王城の影が見えた。


 オルゴー王国の王都・オルゴニアは炎の海へと沈んだ。

 姉弟きょうだいで遊んだ王城の庭も、中央広場にそびえ立つ大樹も、全てが灰となっていく。


 紅蓮の炎と、無力な自身の手を交互に見る。




「殿下。お気持ちはわかりますが、先を急ぎませんと……」


 聞きなれた声が、私の意識を現実へと引き戻した。


「ディニー……」


 後頭部に結い上げられた銀髪が、月の光に照らされて輝く。

 バーミリオンカラーの瞳が、いつまで感傷に浸っているつもりかと責め立てる。


 簡素な白いワンピース。

 腰元から大きくスリットが入っているのは、動きやすさを重視しているためだ。

 胸部から腹部にかけては頑丈なプレートアーマーに守られている。


 彼女ディニーは王族親衛隊であり、私の側近だ。

 そして私は――。


「ヴェリタ王子はどこだ!?」

「王子を探せ!!」

「そう遠くへは行っていないハズだ。貴様ら、死ぬ気で探せっ!!」


 少し離れたところで、野太い声で物騒なセリフが飛び交っている。


「殿下。追っ手が迫っています」

理解わかっている」


 私たちは今、王都の南方にある小さな山の中腹にいる。

 追っ手から逃げる道中、王都が燃える様子を目にして思わず足を止めてしまった。

 ほんの一、二分くらいだったハズだが、予想以上に敵の迫るスピードが速い。


「こちらへ」


 私はディニーの手を取り、白い虎タイプのモンスター『キオード』の背に乗る。

 全長は四メートルほど。

 人間を二人乗せて走るくらいものともしない。


 キオードはディニーが召喚した『召魔』と呼ばれるモンスターであり、彼女の命令を忠実に遂行してくれる仲間だ。


「お前にも、キオードにも世話をかけるな」


 キオードの背は硬い筋肉に覆われていて、決して乗り心地が良いモノではない。

 本気で疾走はしれば落馬、もとい落虎の危険だってある。


 私は振り落とされないよう、ディニーの腰から腹部へと手を回し、しっかりと彼女の体を抱き込んだ。


 もはや、彼女の他に護衛はいない。

 隣国であるクイスタ皇国による突然の侵攻は、まさに電光石火であった。


 夜襲であったこともあり、共に王都を脱出できたのは僅かな手勢のみ。

 それすらも、ここまで逃げてくる間に一人、また一人と減っていった。


「滅相もありません。殿下あってのしんでございますれば」


 そのとき、すぐ真横を風切り音が抜けていった。

 一拍遅れて、音の正体が後方から放たれた矢であったことに気づく。


「いたぞ! 追え! 追ええぇぇっ!!」


 木々の生い茂る、傾斜の緩やかな山林の中を、馬に乗った敵兵が追ってきた。

 闇夜の中、はっきりと数えられたわけではないが、おそらくは十騎ほどだろう。


「殿下、伏せてください!」


 ディニーに言われるまま、頭を下げて額を彼女の背にピタリと付ける。

 頭上で弓を引き絞る音が聞こえた。 


 ビュウと風を切る音。

 数秒の後に、敵兵の小さな悲鳴と大きな物体ものが落下する音が聞こえた。


 私に弓術の心得があれば彼女の代わりに矢を射ることもできようが、残念なことに武芸全般からっきしである。


 それを知っている彼女も、私に戦わせようとはしない。

 いや、そうでなくとも王族に弓を取らせるを良しとはしないだろう。


 ディニーはそういう人だ。



 二射、三射。

 ディニーの手から矢が放たれる度に、後方で悲鳴と落下音が響く。


 月明りしかない暗闇の中で、どうしてこうも正確に矢を放てるのか。

 我が側近ながら恐ろしい技量である。


 流石はディニーだ。精強と名高いオルゴー王国の騎士団、その中でも選ばれた者しか入隊の許されない王族親衛隊の実力を、如何なく発揮してくれている。


 それだけに信じられない。

 卑怯極まりない奇襲であったとはいえ、堅牢な王城とそれを守るオルゴー王国の騎士団がこうも易々と皇国の侵攻を許してしまうなど。どうして信じられよう。


「逃がすなあ!」

「そこかあ!!」

「囲い込めええぇぇ!!」


 野太い男たちの濁声だくせいが山林に響き渡る。

 幾重にも重なる馬の爪音つまおとは、敵兵が何倍にも増えていることを教えてくれる。


「殿下……ッ!!」


 悲鳴のようなディニーの声。

 爆発音と同時に、恐ろしく強い風が下の方から吹き上げ、ディニーの体にしがみついていた腕が風圧によって外れてしまう。

 当然、私の体は宙に浮きあがり、空中から地面へと放り出された。


「殿下あぁぁっ!!」

「ディニーィィィッ! うわあああぁぁ!!」


 体を丸めて衝撃に備える。


 固い土の上をバウンドし、斜面をゴロゴロと転がった先で木にぶつかって止まった。腕も、背中も痛い。手を動かし、足を曲げて地面を踏む。

 多少の痛みは残っているものの、脱臼や骨折はしていないようで安堵の息が漏れた。


 風を切って疾走っていたキオードの背から落ちたのだ。

 これくらいの負傷で済んだのは運が良いともいえる。


 痛む四肢と胴。歯を食いしばって立ち上がると、目の前には革鎧に身を包んだ敵兵――身に着けているものから察するに下級の兵卒であろう――が五人。剣を向けて私を囲んでいた。


「へっへっへ。まさかコッチに転がってくるとはな」

「スズメがこんがり焼けて、口の中に落っこちてきやがった」

「油断するな。こんなガキでも王子だからな。何を仕込まれてるかわかったもんじゃねえ」


 敵兵がショートソードを構え、じりじりと近づいてくる。


 斜面の上の方で剣と剣がぶつかる音がする。

 キオードの吼え声も聞こえる。


 集まってきた追っ手と戦っているのだろう。

 ディニーが負けるとは思わないが、すぐに駆け付けられる状態ではないようだ。


 やむを得ず、私も腰に差していたショートソードをゆっくりと抜く。

 切っ先がカタカタと揺れる。


「ふっ、ははははっ。なんだ、コイツ。震えてやがる」

「王子様も死ぬのは怖えぇってか」

「こらこら。笑っちゃ失礼だろ。さっさとトドメを刺して差し上げろ」


 ニヤニヤ笑いを浮かべた兵士の一人が、勢いよく剣を打ち下ろしてくる。

 私は手に持った剣を振り、なんとか敵の一撃をかわそうと試みる。

 だが、たったの一合で剣は宙を舞い、私の手は空気を掴んでいた。


「じゃあな。お・う・じ・さ・ま」


 目の前には、月の光を受けて神々しく光る剣先。

 これが私の命を奪う光。


貴様きぃさぁまぁらああぁぁぁぁっ!!!」


 ディニーの声だ。

 声がした方へと視線を移すと、斜面を駆け下りてくるディニーの姿が見えた。

 しかし、数十メートルは離れている。

 今まさに振り上げられた剣によって、私の命が奪われる方がどう考えても早い。


 私の役目はここまでだ。

 少しは時を稼げただろうか。


 死を覚悟したその時、私の耳に聞きなれない男の声が聞こえた。


「ダヴァンティ」



 声とほとんど同時に、私と敵兵の間に飛び込んできた黒い影。

 先ほどまで私を殺そうとしていた剣が宙を舞っている。

 つかには切断されたらしき前腕がくっついていた。


 頬に温かい雫が跳ねてきた。

 反射的に拭い、月明かりしかない闇に目を凝らす。


 小柄な黒い影が、大型の戦斧せんぷを軽々と振り回していた。


「あああああっ、うでっ、俺の腕がああ、がっ」


 腕をうしなった痛みを訴える声。それが不意に途絶えた。

 

 原因は私の目の前にある。

 首から斬り離された頭部が月明かりに照らされて、宙に浮いていた。


「なんだ、コイツ、うっ」

「ひっ、ひいぃ、ぎゃっ」


 黒い影が疾走る度に戦斧が大きく旋回し、敵兵が次々と地に伏していく。

 瞬く間に、私の周りにあったはずの脅威が駆逐された。


「君は……」


 何者か、と問いかけようとすると、黒い影が羽織っていた外套がいとうがズレ、隠れていた姿が月明かりの下に晒された。


 赤い肌、とがった耳、ぎょろりとした目、口元から覗く牙。

 問いの答えは自身で見つけた。


 初めて見たが、私はそのモンスターを知っている。

 絵本にも登場する、知らぬ者などいないほどに有名なモンスター。

 

 ――そう。アレは、ゴブリンだ。




§  §  §  §  §  §  §


 お久しぶりです。石矢天です。


 前作完結から、もうすぐ3ヵ月。

 御無沙汰してしまって、大変申し訳ございません。


 今作は『中近世欧州っぽい異世界のバトルファンタジー』です。

 人が召魔(召喚されたモンスター)と一緒に戦います。


 毎日更新。十数万字で完結する予定ですので、良かったら作品フォローしていってください。

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