第12話
音楽を聞く趣味は別にない。ただ、外界の音を遮断するのに都合が良いだけだ。
詠は持ち込んだプレイヤーとヘッドフォンで音楽を聞きながら目を閉じていた。何を歌っているのかわからない、異国の音楽。愛を歌っているのか、戦争を歌っているのかわからない。そんなものは詠の耳には意味のある言葉として入って来ないし、どうでもいい。ただ、集中したい時にその手を使うだけ。
脳に映像が映し出される。数秒後、数十秒後、一分後。少しでも長く先を見る。現在は置いて来た。
そして、ある映像が浮かんで、ぱっと詠が目を開け、立ち上がってヘッドフォンを外した。現実はまだ追い付いてない。
「与謝野さん、花札しよ――」
「乱歩さん、監視カメラ!」
詠の言葉が耳に届いた乱歩が、すぐさまパソコンの映像を確認する。
現実が追いつく。
「襲撃規模は何人だ?」
福沢が問う。
詠は言いにくそうに云った。
「一人」
監視カメラに、帽子を被った男が映っていた。
ブツン。映像が消える。
「監視映像、弐番と伍番が停止!」
与謝野が叫ぶ。
「自動迎撃銃座を起動せよ!」
福沢の指示で、プログラムを起動する。
坑道に備え付けられている銃口が男に向く。だが、その銃弾は男には届かず、自動銃はすべて破壊されてしまった。
『特使の摂待役がこんな木偶とは、泣かせる人手不足じゃねえか、探偵社。――生きてる奴が出て来いよ』
男が挑発する声がする。
そして詠は与謝野、賢治と共に坑道の方へと迎撃に向かうことになった。
しばらく歩いて、前方から歩いて来る男の姿が視認出来た。
「たった三人か。見くびられた話だぜ」
男が溜め息を吐く。
「探偵社は事前予約制でねェ。対応が不満なら余所を中りな」
「マフィアが敵拠点で暴れるのに、予約が要ると思うか?」
「はい! 要らないと思います!」
賢治が元気に答えた。
「賢治の云う通りだよ。暴れたいなら好きにしな。――けどアンタは暴れに来たんじゃない。だろ?」
与謝野の言葉に、男が意外そうな顔をした。
「ほう。何故そう思う?」
「ウチは探偵だよ。訪客の目的くらい、一目で見抜けなくてどうするンだい」
男はその発言に満足したように笑みを浮かべた。
「お宅の社長は?」
与謝野が上の監視カメラを指す。
「そこだよ」
男は懐から何かを取り出すと、カメラに向けた。
「うちの首領からお宅等にプレゼントだ」
写真だった。男が二人。組合の男達のようだ。
「奴等を『餌』で釣った。現れる時間と場所も此処に書いてある。煮るなり焼くなりお好きにどうぞ」
男は笑う。
「こんな好機滅多にねえだろ? 憎っくき組合に一泡吹かせてやれよ」
今度は与謝野がカラカラと笑った。
「成る程。そそられる案だね。けどもっと善い案があるよ。――アンタの手足を削ぎ落してから、何を企んでるか吐かせるってのはどうだい」
「――そりゃすげえ名案だ。やってみろよ」
与謝野が鉈を構える。
「賢治!」
「はーい!」
賢治が線路のレールを掴んだ。そして、持ち上げる。バリバリと地面から剥がれた鉄骨が、ブオンと風を切って男を襲う。
狭い壁を破壊音が反響する。男に当たったはずだった。
だが、男は鉄骨の上に立っていた。
鉄骨を駆け下りる。そして賢治に蹴りを一発。賢治は壁まで吹っ飛んだ。
背後から与謝野が鉈を振り下ろす。男はそれを跳躍してかわし、隙を見て詠が銃弾を一発撃った。
「中ったかい!?」
「いや――」
詠が眉を寄せる。
銃弾は、男が『掴んで』いた。天井に、逆さまに立ったまま。
「返すぜ」
ピンと指で弾かれた銃弾が飛んでくる。詠はそれを僅かな動きでかわした。
男が口笛を吹く。
「へえ、手前がそうか」
そう納得したように呟いた。
「その異能。『重力遣い』の中原中也だね」
与謝野が云うと、中原は舌打ちした。
「太宰の兵六玉が喋ったか」
重力を操る異能者。体術の達人。マフィアの幹部だ。
「太宰が其程警戒してんなら、期待に応えねえとなァ」
トンと天井を蹴った中原が、ふわりと降りて来た。
「与謝野女医下がって!」
二人で地面を蹴る。
ドンと大きな音がして坑道が振動した。土煙の中から現れた中原の足元は、巨大な重量物が落ちたような亀裂が走っていた。
「さァ、『重力』と戦いてえのはどいつだ?」
『答えよ、ポートマフィアの特使』
福沢の声が遮った。中原がカメラを見る。
『貴兄らの提案は了知した。確かに探偵社が組合の精鋭を挫けば、貴兄らは労せずして敵の力を殺げる。三社鼎立の現状なれば、あわよくば探偵社と組合の共倒れを狙う策も筋が通る』
「だが、お宅にも損はない。だろ?」
中原がにこりと笑った。
『この話が本当にそれだけならばな』
福沢は云う。
『探偵社が目先の獲物に喜んで噛み付く野良犬だとでも思うのか? 敵に情報を与え操るは高等戦術だ。この様な木理の粗い策で我等を操れると考えるなら――マフィアなど戦争する価値もない』
「敵の頭目から直々に挑発を賜るとは光栄だな」
中原はハッと笑みを浮かべる。
『何を隠している?』
「何も」
『この件の裏でマフィアはどう動く?』
「――動くまでもねえよ」
話を黙って聞いていた詠がハッとする。
マフィアが動くことはない。それなのに、探偵社と組合の共倒れが必ず起こるとマフィアは信じている。何故か。探偵社が必ず動かなければならない『何か』があるからだ。
『やあ、素敵帽子君』
乱歩の声だった。
『組合の御機嫌二人組に情報を渡したのは君かい?』
「あ? そうだが」
『組合は僕達と同じように罠を疑った筈だ。しかし彼等は食いついた。余りに『餌』が魅力的だったからだ。――何で組合を釣った?』
乱歩が問う。それでも、乱歩は既に答えを得ているはずだった。これは確認だ。
「事務員だね」
中原が答える前に詠が答えた。中原が視線だけを詠に向けて口笛を吹いた。正解ということだ。
探偵社が必ず動くと確信しているなら、『餌』にはきっと弱者を使うだろう。一般人。即ち、社の事務員達だ。
「直ぐ避難すりゃ間に合う。その上組合はお宅等が動く事を知らねえ。楽勝だ」
「つまりアンタらは事務員の居場所を探り出して組合に密告。さらにそれを探偵社に密告。自分達は汗ひとつかかずに二つの敵を穴に落とした、って訳かい」
与謝野の言葉に中原はまた笑う。
「穴だと判っていても探偵社は落ちずにはいられねえ。首領の言葉だ」
確かに。探偵社を陥れるのには、絶好の餌だ。
福沢との通信が途絶する。恐らく攻勢側に指示を出しているのだろう。
「じゃ、俺は帰るとするか」
くるりと外套を翻して中原が云う。
「ああ、そうだ」
そしてもう一度こちらを振り返った。指をさす。――詠だ。
「なァ、手前が月下部詠だろ? 知ってるぜ、未来予知。『あの男』と同じ異能だ」
「あの男?」
詠が怪訝な顔で問い返す。
「あん? 太宰から聞いたことねえのか? そうか……」
そう云って中原は少し考えるように黙り込んだ。
「何の話?」
「こっちの話だ、と云いてえが、黙ってるのもつまらねえな。教えてやるよ、太宰の野郎の秘密をひとつだけ」
「太宰の秘密?」
「手前、あの野郎に随分大事にされてるだろ」
「は?」
思いのほか低い声が出た。
中原は気にせず続ける。
「それは、別に手前だから大事にされてんじゃねえ。手前が『その異能』だからだ」
「……どういう意味?」
「そのままの意味だ」
そう云うと、中原は今度こそ背を向けた。
「太宰によろしく言っとけ!」
片手をひらりと挙げて、中原は悠々と歩いて去って行った。
残された三人は、ただそれを見送ることしかできなかった。
月の詩 羽山涼 @hyma3ryo
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