第11話
敦と国木田、賢治が大怪我をした。鏡花を連れ戻そうとしたマフィアの一味と共に、組合の人間達に攻撃されたのだという。
詠と太宰を含め、回収部隊が現場に向かった時、「あ、この人マフィアの幹部だね。連れて帰ろう」と太宰が暢気に云った。
こうして、怪我人とマフィアの幹部・尾崎紅葉を連れて帰って来たのだった。
「あれ、敦。太宰は?」
尾崎の様子を見ていた二人のうち一方だけが医務室から戻って来た。
「あの人が目を覚ましたので。太宰さんが、先に戻っていろと……」
「ふうん」
きっと尋問でもするのだろう、と詠は思った。
「鏡花ちゃんと連絡つきましたか?」
「いや、全然」
「……そうですか」
鏡花は姿を消してしまった。
敦曰く、尾崎から「光の当たるところでは暮らせない」などと云われたようだ。そして「夜叉白雪が鏡花の両親を殺した」ということも、同時に発覚した。
「詠さん、ご両親いますか?」
敦がそんなことを問いかけて来た。詠が目を合わせずに眉を寄せた。
「私がいつプライベートについて話すと云った?」
「……すみません。僕は孤児だから、親という存在がよくわからなくて」
敦も目を合わせない。
「両親を殺したと云われた時の鏡花ちゃんの顔が、忘れられないんです」
知られたくなかったことを、知られてしまったという顔。これから光の世界を歩もうとした人間が、絶対にその先には行けないと悟ってしまったかのような顔。
「まあ、聞いた話から察するに、あんたに知られたくなかったんでしょ、少なくとも」
「そうだと思います……」
ちらりと詠は敦に目を向ける。俯いた、しょんぼりとした顔。
はあ、と溜め息を吐いて、詠は敦の頭を乱暴にがしがしと撫ぜた。
「わ、なんですか詠さん」
「子供にとって外的要因っていうのは決して馬鹿に出来ない影響力を持っている」
「え?」
「もっとわかりやすく云おうか? 『おまえに生きる価値はない』」
敦が息を呑んだ。
「例えば、そんなことを云われ続けて育った子供はどうなると思う?」
「……自分に、生きる価値はない、と」
「そう思うようになる」
敦の頭に手を載せたまま、詠はその顔を覗き込む。揺れる瞳が、詠を捕らえた。
「闇の中に生き続け、そこしかないと云われ続けた鏡花は、敦に光を見た。あんたがあの子の光だ」
「僕が……?」
闇しか知らない子供が、光を見つけ、光を夢見た。その夢を今壊されたところだ。
ならば叩き込むしかない。そこで生きてもいいのだと、自身に納得させるしかない。内面は外的要因によって充分に変化させることが可能だ。
詠はぽんとその頭を軽く叩いて、手を放した。
「見つかったら、またクレープ一緒に食べに行ってあげなさい」
「あ……はい!」
元気に返事をする敦に、詠はひらりと手を振った。
「やー、意外と先輩らしいことを云うんだね、詠は」
歩いていた詠は足を止める。
ぐるりと椅子を回転させて乱歩が現れた。乱歩は首を傾げる。
「君は生きる価値を見つけられたのか?」
「……」
詠は目を細めた。
乱歩は、全部知っている。気付いている。自分が、誰なのかを。
「……見つかりませんよ。そんなもの。見つかるとも思いません」
詠は投げやりに云って、乱歩の前から足早に立ち去った。
「……難儀な奴」
それを乱歩は飴玉を口に放り込みながら見送った。
***
事務員を県外に避難させた。そして調査員は――
「ここが旧晩香堂……」
嘗て社長の福沢が拠点にしていた場所だという。異能を持つ者達は社長の命でそこに集められた。
「大学の講堂って感じだね」
「は? あんた大学通ってたの?」
「知識はあるよ」
胡散臭そうな詠の表情を見て、太宰がにっこりと笑みを向けた。
暫くして、福沢が遅れて講堂へとやってきた。
「皆聞け」
静まり返る。
「嘗て、三日か二日前には戦争を免れる途は在った」
福沢が告げる。
「しかし、その途も今や閉ざされた。社の鏖殺を謀るマフィア。社の簒奪を目論む組合。この両雄より探偵社を守らねばならぬ――太宰、説明を」
「はあい」
笑みを浮かべ、太宰が教壇に立った。
組合は資金力に、マフィアは兵の頭数に優れている。正面からかち合えば探偵社は容易く潰れる。そこで、人員を守勢と攻勢に分割し、奇襲戦法で姑息に抗う。というのが太宰の案だ。
守勢は与謝野を守ること。与謝野さえいれば、どんな怪我を負おうとも回復できるからだ。
「では、人員を発表しまーす」
守勢。福沢、乱歩、与謝野、賢治、詠。
攻勢甲。国木田、谷崎。
攻勢乙。太宰、敦。
「この戦の肝要は、この拠点を隠匿する事です。敵の異能者総出で此処に雪崩れ込まれると、守勢が保ちませんから」
にっこりと笑って太宰が云った。何も面白くないと詠は思う。
こうして、攻勢は外へと出て云った。
「ああ、詠くん、ちょっと」
「はあ? なに」
手招きされて、仕方なく近寄る。
攻勢は先に歩き出していて、既に背中しか見えない。太宰だけが入口に残っている。
「小指出して」
「……」
意味を理解するまで数秒の時間を要した。
「小指……? え? 切るの?」
「切らないよ。早く」
さっと指を隠せばそう云われる。
仕方なく、云われた通りに右手の小指を差し出した。すると、太宰はそこに自身の小指を絡ませた。
「子供は、こうやって約束事をするらしい」
言葉の出てこない詠に、太宰は云う。
「詠くん、死なないと約束をしてくれ」
「……なんで、」
言葉が、うまく出てこなかった。
前からそうだ。太宰は、どうしてか、自分の身を案じた。その意味は今になってもわからない。
どうして、こんなにも真剣な表情で云うのかがわからない。
「約束してくれ、詠くん。この戦争で、死なないと」
「……」
詠は俯いた。
「詠く――」
「うるさーい!!」
「ゴフッ!!」
詠は左手で太宰の頬をぶん殴った。
「そこまで云うなら、こっちが暇するくらい、てきぱきと敵をやっつけて戻って来い!!」
詠が大声で叫んだので、全員の視線がこちらに向いていた。歩いていた攻勢の三人も足を止めている。
「な、なにも殴らなくても……」
「殴るわ阿呆太宰!! 太宰の阿呆!!」
頬を擦りながら云う太宰に、詠は低い位置から睨みつけた。
「そんな約束わざわざしなくても、あんな奴らに殺されてやる気はないっての」
フン、と云って詠は乱暴に小指を離した。
太宰はぽかんとして、そしてぷっと噴き出した。
「うん、ありがとう。いってくるよ」
満足気な笑みを浮かべて、太宰は攻勢の皆を追いかける。
それを見送って、振り返る。――皆が笑みを浮かべていた。
「ちが、見世物じゃない!!」
「僕、お二人がお付き合いしていたの知りませんでした!」
「なんだい、知らなかったのかい賢治」
「付き合ってない!!!!! 嘘を吹き込むのはやめろ!!!!!」
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