第5話
入社試験等いろいろあって、中島敦は探偵社の一員になったのだった。
「すンませんでしたッ!」
途端、谷崎がテーブルにバンッと手を付き、頭を下げる。
「へ?」
「その、試験とは云え、随分と失礼な事を」
「ああ、いえ、良いんですよ」
敦が両手を振った。
入社試験は、簡単に云えば社にやってきた爆弾魔から人質を解放し、更に爆弾をどうにかする、という内容だった。爆弾魔の役をやらされたのは谷崎。人質はナオミ。太宰と国木田が救助する演技をし、敦がどう動くかと云うのを見るのが試験だった。
そして、関わった人物に詠が加わり、一同に茶を飲みに来たというわけである。
「何を謝ることがある。あれも仕事だ谷崎」
国木田が茶を飲みながら云った。それを聞いて太宰と詠が思わず噴き出す。
「国木田君も気障に決まってたしねえ」
「そうそう」
そして二人で格好を決める。
「「独歩吟客!」」
「ばっ……違う! あれは事前の手筈通りにやっただけで」
敦はこの少女は誰だろうと思った。爆弾魔事件中はいなかったが、終わった途端に笑いながら現れた謎の少女だ。普通に輪の中に入っているため、探偵社の社員であることは間違いないだろう。
「ともかくだ、小僧」
国木田が云う。
「貴様も今日から探偵社が一隅。ゆえに周りに迷惑を振り撒き、社の看板を汚す真似はするな。俺も他の皆もそのことを徹底している。なあ太宰」
「あの美人の給仕さんに『死にたいから首絞めて』って頼んだら応えてくれるかなあ」
「黙れ迷惑噴霧器」
大体お前はいつも、と国木田の説教が始まる。それを聞き流しながら、ええと、と谷崎が口を開いた。
「改めて自己紹介すると……ボクは谷崎。探偵社で手代みたいな事をやってます。そンでこっちが」
「妹のナオミですわ」
谷崎に抱き着きながらナオミが自己紹介をする。
本当に兄妹なのかと敦に問われ、いつものようにナオミが谷崎の服の中を弄りながら「兄妹ですわ」と答える。尚も疑問を持つ敦に、深く追求するなと国木田が云った。
「はい! わたしは月下部詠ですっ。よろしくね、敦くん!」
少女はにっこりと笑みを浮かべて云った。ああ、可愛らしい子だな、と敦は思った。
「うん。よろしくね、詠ちゃん」
ついに耐え切れず、太宰が盛大に噴き出した。
「ぶ、ははは、詠くんのそれ、毎回笑ってしまうよね!」
「……今何人目だ、詠」
「えーと、私の後だと、谷崎と賢治かなあ。どっちもひっかかった。敦で三人目」
「さ、三人目……?」
「いや、詠さん、本当にわかンないですから……」
あれ? と敦は思う。自分と変わらないくらいであろう歳の谷崎が、「詠さん」と呼んだ。もしかすると、自分は盛大な間違いをしたのではないか?
「改めまして、月下部詠。二十二歳。よろしく、あーつしくん」
にやりと、とても先程の可愛らしい笑みとは似ても似つかない笑みを浮かべ、詠が再び自己紹介した。二十二歳? 二十二歳とは何歳だ? ひやりと背筋が凍る。
「す、すみませんでしたッ!!!」
今度は敦が両手をテーブルに叩きつけて頭を下げた。
「あはは、気にしなくていいんだよ敦くん。詠くんは毎度新人が来ると遊ぶのが好きなんだ」
「普段は子供扱いされると鬼の如く怒るのにな」
「そこまで怒らないっての。苛っとするくらいだし」
いや、それにしてもわからないだろう、と敦は思う。タメ口で話しているということは、太宰や国木田と歳は変わらないくらいということではないか。
冗談だろう。
どう見たって中学生にしか見えない。二十二歳という歳を聞いたところで、信じきれない自分がいる。だが、真実だからこそ、彼女はこうして仲間たちに馴染んでいるのだろう。
「そういえば皆さんは探偵社に入る前は何を?」
特に詠が気になる。一体何をしていたのか想像もつかない。
かと思えば、シンと静まり返ってしまった。
「何してたと思う?」
「へ?」
「なにね。定番なのだよ。新入りは先輩の前職を中てるのさ」
太宰が云う。
「はぁ……じゃあ……」
敦は顎に指を当て考える。
「谷崎さんと妹さんは……学生?」
「おっ、中ッた。凄い」
谷崎が云う。
「どうしてお分かりに?」
ナオミが問う。
「ナオミさんは制服から見たまんま。谷崎さんの方も――歳が近そうだし勘で」
「やるねえ。じゃあ国木田君は?」
「止せ! 俺の前職など如何でも――」
「うーん、お役人さん?」
敦が悩みながら答える。
「惜しい。彼は元学校教諭だよ。数学の先生」
「へえぇ!」
「昔の話だ。思い出したくもない」
眼鏡を上げながら国木田が云った。
「それで、詠ちゃ……詠さんの前職は……、……?」
見つめ合う。
詠は何と言われるのかわくわくした表情で敦を見ている。ついでに太宰までわくわくした表情でいる。遊ばれている。そして、何をしていたのかさっぱり見当がつかない。
「よ……幼稚園の先生……」
「ぶっは!!」
太宰が噴き出した。
「詠くんが幼稚園の先生! 子供を泣かせそうだね!」
「太宰。後でちょっと話がある」
詠がにっこりと笑った。
「……で、一体何を……?」
「うーん、色々やってたけど、直前は短時間労働で広告配ってたかなあ」
「い、色々とは……?」
「色々は色々」
詠は笑みを崩さない。敦は危険を感じ、これ以上追及するのを止めた。
「じゃ、私は?」
太宰が問う。
「太宰さんは……」
そう云って、敦はそのまま固まった。……こちらもだ。想像もつかない。
「無駄だ小僧。武装探偵社七不思議の一つなのだ、こいつの前職は」
国木田が云う。
「最初に中てた人に賞金が有るンでしたっけ」
「そうなんだよね。誰も中てられなくて懸賞金が膨れあがってる」
太宰はつまらなさそうに珈琲をかき混ぜた。
「俺は溢者の類だと思うが、こいつは違うと云う。しかしこんな奴が真面な勤め人だった筈がない」
確かに、と詠が頷く。
「ちなみに懸賞金って如何ほど」
「参加するかい? 賞典は今――七十万だ」
ガタッ!!! と敦が目をギラつかせて立ち上がった。そのあまりの勢いに谷崎がビクッと肩を震わせた。
「中てたら貰える? 本当に?」
敦が確かめるように問う。
「自殺主義者に二言は無いよ」
太宰が応えた。
「勤め人」
「違う」
「研究職」
「違う」
「工場労働者」
「違う」
「作家」
「違う」
「役者」
「違うけど――役者は照れるね」
「うーんうーん」
敦の方はネタ切れらしい。そこで問答は終わってしまった。
「だから本当は浪人か無宿人の類だろう?」
「違うよ。この件では私は嘘など吐かない」
そう云って太宰は立ち上がった。
「うふふ、降参かな? じゃ此処の支払いは宜しく」
「あっ」
皆がぞろぞろと席を立つ。太宰の隣にいた詠が珈琲カップを持ったままため息をつき、何事かと太宰が目を向けた。
「どうせ、陽の当たるところの仕事なんてしてないでしょうよ」
そう云って珈琲の残りを飲み干した。その言葉は支払いでざわついている他の皆の耳には届かず。
「ふふ。うん、いい線いってる」
太宰は嬉しそうに笑った。
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