第4話


「ハァ!? あんた、また身寄りのない子供連れて来たの!?」

「詠くん、自分のこと子供って認めたのかい?」

「誰が子供だあんぽんたん!!」


 詠が投げた万年筆は太宰が首をすっと横に避けただけでかわされた。そして詠は思いっきり顔を顰めた。


「あ、頭いった……オエ……」

「詠、お前また昨日は一晩中呑んでいたのか? 電話にも応答しないなど、職務怠慢だぞ」

「煩い昨日は非番だ」


 国木田の言葉すら頭に響くとばかりに、詠は国木田を睨みつける。


「昨日は満月だったものね。仕方ないよ」


 飛んで行った万年筆を拾い、詠に差し出しながら太宰が云う。

 詠の異能『月読』は数秒先の未来が視える異能だが、月の満ち欠けに左右され、満月の夜は『視えすぎてしまう』。詠はそれが気に入らず、酒を呑んで意識を朦朧とさせることで一夜を明かす。つまり翌日は二日酔いである。


「詠さん、お薬お持ちしましたわ」

「ありがとう、ナオミ……」


 お盆に載せて水と薬が運ばれてくる。詠はナオミに礼を云って薬を水で流し込んだ。


「寝る。昼になったら起こして」

「おい、仕事中だぞ」

「与謝野女医は夕方まで帰って来ないから診察室の寝台が使えるよ」

「たまには良い情報言うじゃない」

「私はいつでも君の味方だからね!」

「黙れ」


 ふらふらと頭を押さえながら歩いていた詠は、そのまま診察室へと姿を消した。



***



「詠くーん。お昼だよー」

「うーん……」

「私と一緒に立ち飲み屋にでも行かないかい?」

「酒ぇ……?」


 詠が顔を動かして太宰に向けた。眉間にはくっきりと皺を刻んでいる。


「迎え酒っていうのも悪くないよ」


 太宰はにっこりと笑った。

 詠はのろのろと起き上がり、歩き出す太宰の後をついて行った。迎え酒。まあ、悪くない。詠は見た目がどう見ても小学生、よく見て中学生でしかないため、一人で酒を飲みに行ける店は数が少ない。一緒に誰かがいれば言い訳の一つもできるというものだ。

 昼間の太陽が二日酔いの詠にさんさんと振りかかり足を重くさせるが、太宰はるんるんとその前を歩いていた。昼間から仕事をさぼって酒だなんて、まったく良い日ではないかと言いたげな足取りだった。


「カンパーイ」


 店に着くと、太宰はウヰスキーを、詠は麦酒を頼んで、グラスとジョッキをカツンと合わせた。詠はジョッキをぐいっと傾け、そのまますべてを一気に飲み干してしまった。


「おお、詠くん。相変わらずの飲みっぷりだね」

「あー……ちょっと調子出て来た」

「それはよかった」


 太宰は微笑む。詠は麦酒のおかわりを注文した。


「ところで親爺さん。電話で言っていた私への届け物というのは?」

「届け物?」


 詠が二杯目の麦酒に口をつけながら眉を寄せた。


「ああ、これだよ太宰ちゃん」


 紙袋がカウンターの上に置かれる。


「差出人はわからないんだっけ」

「そう。昨日店の前に置いてあったんだ」


 ふうん、と太宰は言って紙袋を自分の方へと寄せた。そして紙袋から中身を取り出して、包装を解いていく。あ、と詠が声をあげた。カチン。そんな音がするのも同時だった。


「あ、爆弾だ」


 太宰が石ころでも見つけたかのように云った。


「ば、爆弾!?」


 太宰の声はまるで波紋のように店内に広まって行った。店から慌てて出て行く客すらいる。店主は客がいる手前外に出ることは出来ないと言いたげに、なるべく太宰から距離を取った。


「太宰」

「信管が外れてしまった。まずいね」


 あまりそうは思っていないような口調で太宰が云った。信管が外れてしまえば、少しでも動かしたら爆発してしまうということだ。詠はとりあえず麦酒を二口飲んだ。


「すぐに爆破は無さそうだね」


 詠の様子を見て太宰が云う。詠が数秒先を見ているからだ。すぐに爆破するのであれば、悠長に麦酒など呑んでいるわけがない。


「探偵社と市警に連絡しよう。詠くん、市警の方頼めるかい?」

「……まさかと思うけど、あんたこれがあるから私の事連れて来たんじゃ」


 太宰が詠を見下ろし、にんまりと笑った。


「こンのロクデナシ!!」

「昼間からお酒も飲める、仕事もできる、最高じゃあないか。あ、やァ、谷崎君かい?」


 太宰が詠に蹴られながらも探偵社に電話しているのを見て、詠は盛大に舌打ちをして携帯電話をポケットから取り出し、市警へと電話をかけた。

 谷崎はすぐにやってきた。


「あれ、詠さん。二日酔いだったんじゃ……」


 麦酒を呑んでいる詠を見て、谷崎が問いかけた。


「谷崎もそのうちわかるよ。迎え酒ってやつの良さを」

「は、はあ……それより爆弾ッて聞いたンですけど」

「うん、これだよ」


 太宰はウヰスキーの中の氷をカランカランと鳴らしながら、自分の目の前に置いてある包みを指差した。


「……爆弾なンですよね?」

「爆弾だよ」

「爆弾だね」


 太宰と詠が答えた。


「いえ……お二人があまりにも普通にしているもので……」


 谷崎が云った。


「大丈夫谷崎。私も巻き込まれだから」

「詠くん、お酒だよって言ったらホイホイついて来たじゃない」

「酒だけで終わってれば文句も出なかったんだけど」


 詠はそう云って麦酒をまた一口呑んだ。


「それで、どうするンですこれ。爆弾処理班は呼んだンですか?」

「市警には連絡済みだよ」


 その時、爆弾がピッと音を鳴らした。三人が驚いて目を向けると、液晶画面に突然ディジタルの時間が表示された。残り十秒。時限装置だった。


「う、うわあああ!?」


 谷崎が悲鳴を上げると同時、店内でも悲鳴が上がる。


「詠くんッ」


 詠は瞬きを一つし、そして麦酒を一気に飲み干した。

 ピーッ。

 爆弾は電子音を一つ啼いて、そのまま沈黙した。


「……何か云ってくれてもよくないかな?」

「云うまでもない」


 詠は遠くにいる店主に、麦酒のおかわりを頼んだ。


「ええと、つまり……?」


 谷崎が爆風を避けたげな恰好で問いかけた。


「玩具というわけだね」


 太宰が沈黙した爆弾をコンコンと叩いた。

 詠は時限装置の先を見た。だが爆破しないのが視えた。だから動じなかったのである。詠はここにいる誰よりも数秒先に、それが玩具であると気が付いた。

 谷崎がようやく落ち着いたと長い息を吐いた。


「……で、犯人は誰なンです?」

「とりあえず解体してみれば?」

「いいね」


 詠の提案は簡単に通り、太宰はガチャガチャと爆弾の解体作業に入った。そして、すぐに「あ」と声を上げる。


「なに」

「何か見つけたンですか?」


 二人が太宰の手元を覗き込む。

 『ワタシダケヲ視テ』

 そんな紙片が一枚出て来た。


「自業自得か!!」


 詠がカウンターに両手で体重をかけて跳びあがると、両足で太宰の脇腹に勢いよく蹴りを入れた。太宰は身体をくの字に曲げて「痛い!」と叫んだ。谷崎は引きつった笑みを浮かべる。


「爆弾を送り付けてくる女性がいるなンて……太宰さんを慕う女性は過激なンですね……」

「碌な女に寄りつかれてないだけでしょ」


 自業自得! と詠がまた云った。

 ようやく市警が到着したが、事態は既に収拾していた。谷崎がやってきた市警の人間に概要を説明する。やってきた巡査は、にっこりと笑った。


「いやあ、武装探偵社さんに街を守って頂いているから、我々も安心して仕事ができます」


 そう言って少し谷崎と会話をすると、巡査は礼をして帰って行った。


「麦酒まだー?」

「詠さん、まだ飲むンですか……」


 谷崎が呆れて振り返ると、太宰が何か考え事をしていた。


「太宰さん、どうかしたんですか?」

「いやあ、市警の巡査さんにまで有り難がられる職に就いているんだなあと、感激していたのだよ」

「嘘つけ」


 運ばれてきたジョッキに手をかけながら詠が吐き捨てた。


「うん。思ってないよ」

「思ってないンですか」

「いやね。武装探偵社はどういう切っ掛けで設立されたのだろうと思ってね」


 太宰もウヰスキーのおかわりを注文した。


「武装探偵社の設立の切ッ掛け、ですか」

「市警も有り難がる社なのだろう? 気になるじゃあないか」

「この中じゃあ、あんたが一番長いんだから、あんたが知らなかったら私達は知らないよ」


 ジョッキを傾けながら詠が云う。そして目つきをキッと鋭くする。


「ていうか! あんた話逸らしてるけど、やらなきゃいけないこと忘れてない!?」

「やらなきゃいけないこと?」


 太宰が首を傾げる。まったくわからないと云った表情だ。


「犯、人、探、し! 覚えがあるんでしょ犯人!」

「いやあ、それがどの女性なのかさっぱり」

「複数該当者がいるとか馬鹿なの!?」


 詠がまた太宰の足を蹴り始める。太宰は痛い痛いと言いながらウヰスキーを呑んでいる。

 妙な光景だと谷崎は思った。片や昼間からウヰスキーを呑み、笑いながら蹴られている。片や昼間から麦酒ジョッキを片手に、怒りながら隣の数十糎は高い背の男を足蹴にしている。こんな大人にはなりたくないと谷崎は強く思った。


「犯人探しは谷崎としてきなよ。私、社に戻るから」

「エッ」

「えー。詠くん、付き合ってくれないのかい?」

「誰が女探しなんか付き合うか」


 べーっと舌を出し、詠は「会計はこちらで」と太宰を指差して、店を出て行った。去っていく詠の小さな背を見送る。


「……どうするンですか、太宰さん」

「うーん。まあ、とりあえず二日酔いは治ったみたいだからいいんじゃないかな」

「は?」


 見当違いな返答に、谷崎は太宰の言葉を理解するのにしばらくかかった。

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