第3話

「いきなり仕事に駆り出される程、ここって人手足りないの」

 前を歩く太宰と国木田の後ろで、詠がぶつくさと文句を云った。国木田が溜息を吐く。

「おい、太宰。本当に使える奴なんだろうな」

 これから行う任務は、謂わば詠の『入社試験』であった。探偵社に入る全ての人間の通過儀礼だ。

「大丈夫だよ。私が保証しよう」

 太宰がにこりと笑う。はあ、と国木田がまた溜息を吐いた。見た目はただの少女にしか見えないため、より不安しか感じない。この少女に一体何が出来るのかと言いたげに、国木田は太宰を睨むが、太宰は口笛を吹いて上機嫌だ。

「それで? まだ仕事の内容聞いて無いんだけど」

 詠が尤もな事を云った。

「ああ。最近、異様な死体が見つかっている。その原因調査だ」

「異様な死体?」

 詠が問い返す。

「どの死体も裏社会の人間ではあるのだが。検死の結果、その全てが毒死をしている」

「毒を盛られたとか?」

「その可能性がある」

 ふうん、と詠は相槌を打つ。質問はそれで終わった。

「おい、太宰」

「何だい国木田君」

 国木田が太宰の腕を引く。

「本当に大丈夫なんだろうな? 何の確信があってお前がそう云うのかは知らんが、とてもこの小娘が死体慣れしているとは思えん」

「そうだね、死体慣れしているとは私も思っていないよ……あっ!」

 太宰が突然声を上げて立ち止まった。それに合わせて詠と国木田も足を止める。

「何だどうした」

「今すれ違った女性、とても美しかった。心中して欲しいとお願いしたらしてくれるだろうか」

「ええいまたか自殺オタク!」

「自殺オタク……?」

 詠が怪訝な顔をする。国木田が息を吐いた。

「こいつは自殺が趣味なのだ」

「いや、意味がわからない」

「美しい女性と心中するのが私の夢なんだ」

 太宰がにっこりと笑った。詠は怪訝な顔のまま首を傾げた。

「気持ちはわかる。こういう理解出来ない思考を持った男にお前は捕まったというわけだ」

「ちょっと、私を悪い男みたいに云うのやめてくれ給えよ」

 心外だとばかりに太宰は唇を尖らせた。

 溜息を吐き、国木田は手帳を開き、眼鏡を上げた。

「まず最初の被害者だが、港の倉庫の近くに倒れているのが発見された。次が商店街の路地裏。発見場所はバラバラだ」

「時間帯や被害者の共通点は?」

 国木田が少し意外そうな顔をした。

「いや、それも無い。強いて云えば、被害者は皆、定職についていないような粗暴者ばかりだったというところくらいか。その粗暴者達の間での仲間割れ、もしくは縄張り争いによる殺害が妥当な線かと思われる」

 ふうん、と詠はまた相槌を打った。

「毒殺でしょ? 毒を飲ませたりするなら、見知った仲じゃないと出来ないと思うけど」

 また国木田が不意を突かれたような顔をした。

「あ、ああ。確かにそうだ」

「でも、被害者達の共通点は無い。なら、複数人で取り押さえて無理矢理毒を飲ませたっていう線が一番妥当だと思う。つまり、仲間割れよりも縄張り争いの方が可能性が高い」

 国木田は思わず太宰の方を見た。太宰はにんまりと笑った顔を見せた。

「……あー……お前は以前からこういう仕事をしていたのか?」

 国木田が手帳を閉じ、落ち着かないように眼鏡を上げた。

「は? やってないけど。当たり前の考え得る事象を話しているに過ぎないでしょ。何か特別な事云ってる?」

 詠が逆に問いかける。

「いや、私の考えと同じだよ」

 太宰がにこりと笑って答えた。

「虎穴に入らざれば虎子を得ず。その粗暴者さん達に聞き込みでも行こうか。案内してくれる?」

 詠が云う。太宰がまたにやりと笑って国木田を見た。国木田は、ただの世間知らずの少女だという考えを改めざるを得なくなり、溜息を吐いて肩を落とした。

 国木田が詠を連れて来たのは、港の倉庫街だった。太宰もこの辺りを根城としている粗暴者はいくつか知っている。案の定、複数人がたむろしているところをすぐに見つけた。

「おい。お前達に少し聞きたいことがある」

「あァん?」

 五人の集団が国木田の言葉に振り向いた。

「最近発生している連続毒殺事件について何か知っていることは無いか」

「誰だ手前ら」

「武装探偵社の者だ。毒殺事件の犯人を捜している」

 男達は顔を見合わせてにやにやと嗤った。詠が前に出る。

「何か知ってるんでしょ。いいから吐きなさい」

 腰に手を当て、詠が云う。男達はついに声を上げて嗤った。一人が腰を上げて詠に近づいて来る。

「よォ、お嬢ちゃん。こんなところに来るモンじゃないぜ。ここはこわーいお兄さん達がたくさんいるんだからなァ」

 そう云って男が詠に手を伸ばし、太宰と国木田が構えを取る。それより先に、詠の手が男の腕を掴んだ。男の腕を捻り上げ、背後に回ったかと思うと、そのまま詠より数十糎高い男を地面に叩きつけた。その場の誰もが唖然として言葉が出なかった。

「悪いね。護身術くらい身に着けていてね。知ってること教えて貰おうか」

 太宰と国木田は顔を見合わせた。面食らった顔をしているのは太宰も同じだった。

「こ、このガキ……!」

 男がもがくが、片腕を捻り上げられた状態では起き上がることもままならなかった。他の四人が立ち上がる。国木田が一歩前に出た。

「全員倒されてからでないと話せないというなら、残りは俺が相手をするが?」

 眼鏡をくいと上げて、国木田が残りの四人を睨みつける。男達は顔を見合わせた。一人が舌打ちをする。

「話すから、そいつ放せよ」

 云われて、詠は男を解放した。腕を痛そうに抱えながら、男は悔しそうな顔で仲間達の方へと戻って行く。

「俺達も詳しい事はわかんねえよ。犯人も知らねえ。とにかく狙われないように、一人でいないようにしているくらいだ」

「犯人は複数人なのか?」

 男達は顔を見合わせる。

「いや。多分、一人だ」

「一人だと?」

 国木田が片眉を上げる。

「俺は殺される瞬間を一度だけ見た事がある」

 男の一人が云った。

「最初に殺られた奴だ。一人の男がよ、後ろから羽交い絞めしているように見えたな。それだけでそいつは死んだ。俺は怖くなってすぐその場から逃げ出したんだけど」

「羽交い絞めで毒死だと? 一体どうなってる」

「知らねえよ。羽交い絞めしながら毒でも飲ませたんじゃねえのか」

 無理がある、と三人は思った。大の男が一人で羽交い絞めをしつつ、口をこじ開けて毒を放り込むというのか。それとも、毒は口内からではなく、注射などの別の方法で入れられたものなのか。それならばまだ可能性がある。

「だが、どの被害者にも外傷は無かった」

 倉庫街から出て来ながら国木田が云う。

「暴れる男へ一人で注射器を使うことは出来ないというわけだね。注射針で傷の一つでもつきそうだ」

 太宰が頷きながら云う。

「ひとまず一度社に戻るか……今日はこれ以上収穫があるとは思えん」

 国木田が云い、三人は一度探偵社に戻ることとなった。

「被害者の一覧頂戴」

 社に戻るなり、詠は国木田にそう告げた。怪訝に思いながら、手帳にメモした被害者の名前と殺害現場、殺害時刻を口頭で教えた。詠はそれを新しく割り当てられた座席でさらさらとメモをする。そして、有難う、と云ったきり何か作業を始めてしまった。

「この辺の地図ある?」

 しばし沈黙していたかと思えば、次はそんな事を云う。太宰が自分の机から地図を引き抜いて詠に渡した。そして詠は黙々と地図に何か書き込んでいく。

 太宰は犯人の予測はついていた。そして、次の犯行場所も目途がついていた。詠と違い、太宰はこの近辺の地図は頭に入っている。口にしないのは、これが詠の入社試験だからだ。太宰が口出ししてしまえば、詠の入社は無かった事になりかねない。だから、詠を信じ、黙っている。呑気に珈琲を淹れ、ソファに座りながら、太宰は鼻歌を歌い始めた。

 ガタン、と音がして太宰と国木田は目を向けた。詠が立ち上がっていた。

「おい、月下部。何処へ行く?」

 パソコン作業をしていた国木田が問いかける。外は陽が暮れ始めたところだった。

「先にあがる。お疲れー」

 ひらりと手を振って、詠は事務所を出て行った。

「おい、まだ業務時間は終わっていないぞ!」

 バタンと閉じた扉の向こうの詠には聞こえていないようだった。国木田は眉間を押さえる。

「おい、太宰!」

「はいはい」

 ソファに座ったまま、太宰が返事をした。

「本当に使える奴なんだろうな? 何だあの勤務態度は? 確かに昼は使える奴かと少しは思った。だが、結局は女ではないか。殺人事件の犯人をどうにか出来るとは思えん!」

「男女差別は良くないよー国木田君」

 太宰はのほほんと返しながら、立ち上がり、詠の机の上を見た。折りたたまれた地図を開く。そこには詠が引いた直線が数本書かれていた。うん、と太宰は頷く。自分の予想と同じところに彼女は至ったらしい。

「やーや諸君! 今日も元気に労働してるかい!?」

 詠がいなくなった扉が豪快に開き、大声が社内に響いた。

「乱歩さん。おかえりなさい」

「やあ、国木田。今日も神経質な顔してるなあ」

 あっはっは、と笑いながらやって来たのは社員の一人、江戸川乱歩である。南の方の地域に応援要請を受けて出張していた帰りである。自分の椅子に座ってそのまま椅子をぐるりと一回転させる。

「僕がいない間に何か面白い事はあった?」

「実は……」

「ああ、云わなくてもいいや。新入社員が来たんだろ?」

 乱歩は椅子でぐるぐる回りながらそう云った。

「な、何故それを」

「先刻、下で小さな子とすれ違った。子供では無かったし、見た事も無かったから、あれは新入社員だろう?」

 子供では無かった。乱歩の観察眼では、詠が子供では無いことくらい簡単に見抜いてしまう。

「その入社試験中ってところだ。まあ、頑張り給えよ」

 乱歩は持って来た紙袋をがさがさとして、駄菓子を取り出し食べ始めた。国木田はゴホンと咳払いをして改めて乱歩と向かい合った。

「実はその入社試験なのですが、市内の連続毒殺事件を追っていまして」

「それ、確かに僕にかかればものの数秒で片付いちゃうけど、それじゃ試験の意味がないんじゃないの?」

「そ、それはそうなのですが……」

 国木田は渋った。

「まァ、先刻すれ違った子、えーと?」

「月下部詠です」

「そーそー、その詠ちゃんね。一応忠告はしといたんだけど」

「忠告、ですか?」

 太宰が問う。うん、と乱歩は頷いた。

「追いかけるなら早く行った方がいいんじゃない?」

「どういうことです乱歩さん」

 乱歩はぐるりと首を国木田の方に向けて、一言云った。

「早く行かないと、あの子、死ぬよ」

 太宰が矢のように事務所を飛び出した。後ろで国木田が太宰を呼びながら追いかけて来る。

 次が無いように、とそう思っていた。同じ事を繰り返すものかと、そう思っていた。だが、詠は自分が思っていた以上に行動派だった。一人で犯人の元へと行ってしまう程に。

「おい、太宰! 何処へ行くと云うんだ!」

 太宰は走りながら、背後に声を投げた。

「港の倉庫街!」


 ***


 夜。月が昇る頃合いだった。

「こんばんは、連続殺人犯」

 港の倉庫街で一つだけ電気がついていた倉庫の扉を開き、詠が男を前にして云った。運搬用の木箱の上に座った男は、小刀を片手に遊んでいた。

「こんばんは、お嬢ちゃん。どうして俺が犯人だと?」

 男が問いかける。

「連続殺人が起きた時、その動機は複数考えられるけど、何かを目的として殺人を犯しているか、殺人そのものを目的としているかのどちらかに分類される。あんたは後者だね」

 詠が確信を持った口調で云う。男がにやりと口元に笑みを浮かべた。

「ああ、そうだ」

 あっさりと肯定する。

「一応聞いておこうか。どうしてわかったのか。つらつらと言葉を並べ立てるのが好きだろう? あんたみたいな正義感の強い奴は」

「簡単すぎて並び立てる言葉も無いけど」

 詠は肩を竦めると、片手を開いて差し出して見せた。

「今まで起きた事件は五件。港の倉庫街。商店街の裏路地。海辺の公園。廃ビル。スラム街。確かに場所はバラバラに見える。けど、この場所を発生日時と合わせて線を引いてみる」

 港の倉庫街から西の商店街へ、南東の公園へ、北の廃ビルへ、南西のスラム街へ。そうやって線を引いてみる。すると、ある形が見えて来る。

「未完成の星型。あまりにも単純すぎる解で眩暈がしたよ。これが難解な事件だなんて、よくもまあ云えたものだ」

 詠は溜息を吐く。国木田は真面目すぎる。だから、こんな遊びにすら気が付かないのだろう。犯人は幼稚な愉快犯。殺人そのものを目的とした者ならそうなる可能性は高いだろうに。

「そして、最後にここ。港の倉庫街に戻って来ることで形は完成する」

「大正解だ」

 男は笑みを深めた。

「俺はなァ、人間が苦しんでもがいて、絶望して死んでいく表情が大好きなんだ。俺の異能はそんな俺の趣味にぴたりと合うものでな」

 木箱から跳び下り、男は小刀を舌なめずりした。

 詠は構える。異能者。そんな事も予測済みだった。たった一人で羽交い絞めにしただけで人を殺せる。そんな人物がいるはずが無い。そう、異能者でなければ。

「さて。お嬢ちゃんはどんな絶望した顔を見せてくれるのかなァ!」

 男が小刀を持って突撃してくる。男の小刀が頭上を掠めた。

「っ!?」

 詠が後退ろうとしたが遅かった。

既に前に突き出していた詠の腕は男の腕を払っていた。舌打ちをして、男の脇腹にブーツのつま先を叩き込む。男はゲホッと咽て後退する。そして、詠もその場から後退した。

ぐらり、と詠の視界が揺らいだ。足元がふらつくが、なんとか両足をつける。男の腕を払った後に、自分がどうなるか見えてしまったのに、反応しきれなかった。油断していた。詠は小さく舌打ちをする。

ふらつく詠を見て、男がにやりと笑った。

「俺の異能は『全身猛毒』だ。俺の体に触れる度に、お前の体を毒が蝕んでいく」

 なるほど、だから男は服の袖も短く、裾も巻き上げているのだと気が付く。素肌に触れれば毒を受けるということなのだろう。だが、詠の攻撃手段は体術しか無い。つまり、相手に触れるしかないのだ。詠は舌打ちする。

「……つまり、私が動けなくなる前に、あんたを倒せば私の勝ちってこと」

「ほう? 勝つ気でいるのか? やめときな嬢ちゃん。あんたに俺は倒せない」

「やってみなくちゃわからないで、しょ!」

 詠はぐらつく体に鞭を打ち、床を蹴った。

 しかし、啖呵を切った反面、身体を毒が蝕む速度は異常に早かった。男の持った小刀が詠の身体に傷をつけるが、詠の異能で致命傷は避けていく。本来ならば、完全に避けられるはずだった。だが、詠の身体の反応が遅れる。詠が手刀を、蹴りを入れれば入れる程、身体は重くなっていく。

「ゲホッ」

 一旦相手から距離を取ると、胃からせり上がって来た鉄の味を吐き出した。ボタボタと音をさせて床に吐き出した血が落ちる。

「そろそろ立っているのもしんどくなってきたんじゃないか?」

 男はほとんど致命傷を負っていない。ふらついているのは詠の方だ。詠は男を睨みつけながら、口元を強引に拭った。

 好機がくれば、一撃で仕留められる。ただ、その好機が見えない。視界がぶれる。詠が見える未来もぶれてしまう。

 一歩進もうとして、膝が折れた。がくりと床に崩れ落ちる。眩暈と吐き気が酷かった。身体が重い。指先が震える。

「終わりだな」

 男が詠に歩み寄り、首元に小刀を突き付けた。つ、と詠の首の薄皮が切れて血が流れる。

「……」

「なんだ? まだやる気か?」

 詠は鋭く男を睨んだ。目から戦意は消えていない。男は不満そうな顔をする。そして、詠の額をガッと掴んだ。猛毒が頭から流れ込み、詠の視界は真っ赤になり、息が詰まった。

「ほら、もっと苦しめよ。絶望した顔を見せてくれよ。苦しむ顔を見せてくれよ。俺はそれが楽しくて楽しくて仕方がないんだからよお!」

 詠は歯を食いしばった。言われた表情なんてしてたまるか。絶望もしない。苦しまない。ただ奥歯を噛み締めて相手を睨みつける。それだけが、今詠が出来る最後の抗いだった。

 ふっと、詠が表情を変えた。

 好機が見えた。


 ***


「詠くん!」

「月下部!」

 倉庫に飛び込むのは同時だった。

 男に頭を掴まれていた詠は、渾身の力でその手を払いのけた。立ち上がるとそのままふらついたように後退すると、ぐんと床を蹴り、男に向かって駆けだした。床を蹴って跳び上がった詠の太腿に小刀が深く刺さるが、詠の動きは止まらなかった。男の顎を目掛け、自分のブーツの踵を思いっきり叩きつける。

「ガッ」

 男は脳を揺さぶられ、蹴られるがままに吹っ飛び、床を滑って行った。着地した詠は身体を支えることが出来ず、血を吐いてその場に倒れた。

 太宰が真っ先に男の方に向かい、その身体に触れた。それで男の異能は解除され、詠の身体に回っていた毒も消え失せる。だが、毒を受けて蝕まれた体力の回復はしなかった。

「月下部ッ!」

 国木田が倒れた詠の身体を抱えて起こす。

「馬鹿者が! 何故一人で無茶をした!? 俺と太宰が来なければ、お前は死んでいたかもしれないんだぞ!?」

 国木田が怒鳴る。

「ちょっと、煩い……頭に響く……」

 詠は眉を寄せて文句を云う。

「詠くん」

 太宰が脇に膝をついた。

「……なに。あんたもお説教がしたいわけ……」

「どうして一人で無茶を?」

 怒鳴るわけでもなく、太宰は静かに問いかけた。詠は目を逸らす。

「詠くん」

 太宰が優しく名を呼ぶ。

「……入社試験みたいなものでしょ、これ」

 国木田の表情が変わる。この依頼が入社試験であることは詠に一度も話していない。

「初めての仕事で、使えないって思われたら、お払い箱になると思って」

 詠はそう云って、深く息を吐いた。そして片腕で両目を覆う。

「……やっと、私の居場所、見つかったかと思ったから……」

 太宰がふっと微笑み、詠の頭を優しく撫ぜた。

 きっと一人だったのだろう。きっとまともな職に就くこともできなかったのだろう。異能も使い処が限られていて、自分は役に立たない人間だとでも思っていたのだろう。

 だが、太宰が武装探偵社に詠を誘った。詠は初めて自分の居場所をそこに見出したのだ。

 太宰と国木田が顔を見合わせる。

「……とにかく、社に戻ろう。月下部の……詠の怪我の手当てをしなければ」

 国木田がそのまま詠を抱え上げた。小さなその体は驚く程に軽かった。

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