第2話
似たような異能を持った者というのは、勿論たくさんいる。小さな能力から、大きな能力まで、多種多様な異能力がこの世界に蔓延っている。
そんなことは理解していた。理解していないものの方が少ないと言える太宰治という男が、思わず言葉を失ったのがとある「少女」との出会いだった。
少女はある方法で太宰を工事現場で落下する鉄骨から救い、振り返った時にはもうその姿は無かった。
太宰は少女を捜さなければ、と思った。心臓が早鐘を打っているようだった。
彼女が異能者であることはすぐに理解した。異能が何かもわかった。「未来予知」、それである。だから、落下する鉄骨が見え、太宰を助けることが出来たわけだ。
――人を救う側になれ。
死んだ友の声が蘇る。そうだ、今の自分は嘗ての自分とは違う。人を救うため、存在している。
少女を探すのに手間はかからなかった。二日後、駅前の路上で広告配りをしている少女を発見した。仕事を持っているのならば、件の工事現場の近く。そう予測していたのが的中した。
「お兄さん誰?」
少女が怪訝な顔で問う。
「二日前に落ちてくる鉄骨から救って貰ったお兄さんだよ」
少女は少し考えて、思い当たる節があったように表情を変えた。
「未来予知の異能者が広告配りとは、もっと他に良い就職先は無かったのかい?」
少女の動きが止まる。その手から広告を奪い取って、太宰は道行く人に強引に手渡していく。
「つまらないね」
手にある広告を何枚か押し付けると、太宰はそう言って肩を竦め、残りの広告を足下の箱に投げ入れた。
「おっと、あまり警戒しないでおくれよ。君に興味があるだけなんだ」
「興味?」
少女はいつでも逃げ出せるようにじりじりと後退していた。小動物が警戒している様子。それだ。――だが、その感想は後々撤回することとなる。
「ねえ、だから逃げないで話を聞いてくれないかな」
太宰が手を伸ばし、少女の細い腕を掴んだ。少女の表情が強張った。
「……お兄さん、何の異能者なの」
太宰が腕を掴むと同時に、少女が震える声で問いかけた。太宰はにっこりと笑う。
「私は太宰治。異能を消すのが、私の異能だ」
「異能を、消す?」
「未来が見えなくなったかい?」
太宰が掴んでいる腕を、少女は驚きの表情で見つめている。太宰の異能は触れた対象者の異能を消す。如何なる異能も太宰には意味を成さない。少女は太宰に触れられた途端、何も見えなくなったに違いない。
少女は乱暴に太宰の腕を振り払った。
「それで、興味ってなに? もしかして私みたいな歳の子が趣味なの」
「私に少女趣味は無いよ」
再び広告を拾い上げながら少女が言うと、太宰はあっけらかんと答えた。
「この仕事、時給いくらなんだい?」
「聞いてどうするの」
「もっと良い仕事が紹介できるんだけど、どうかなあと思って。住むところもある」
少女は眉を寄せて太宰を見た。
「どうしてそんな事、私に言うの。まだ二回しか会ってないじゃない」
――人を救う側になれ。
太宰は微笑んだ。
「人助けが趣味なんだ」
***
太宰は短時間労働を終えた少女を連れて、海沿いの電車で数駅。ある建物へと案内した。昇降機で上がる事数階。
「ようこそ、武装探偵社へ」
仰々しく礼をしながら、太宰は扉を開け少女を中へと通した。
「武装探偵社……」
普通の事務所であった。机が並び、人々が書類仕事などをしている。そのうちの一人、眼鏡をかけた長身の男性が不機嫌顔で太宰に目を向けた。
「おい、太宰。なんだその子供は」
「新入社員だよ、国木田君」
「ちょっと待って、まだ入るなんて一言も……」
「まあまあ」
太宰はにっこりと笑って少女の言葉を遮った。国木田は更に眉を寄せる。
「新入社員だと? 何を勝手な……大体まだ子供ではないか。ここは託児所ではないぞ」
「ああ、安心し給え。私達とそう歳は変わらないよ」
太宰は極当たり前な事を言うように打ち明けた。
「えっ」
「な」
驚いたのは国木田だけではなく少女も同じだった。
「その子供が俺達と歳が同じだと!? そんな馬鹿な話があるか! 精々十二といった所だろう!」
国木田が太宰の隣に立っている少女に向かって指を差し向けた。少女は太宰の肩よりも小さく、百五十にも満たないだろう程しかない。背の高い太宰や国木田とは優に三十糎の身長差がある。
「わあ、喜び給え。国木田君は随分君の事を若く見ているようだ。女性には嬉しいね。でも、ある意味見る目が無いとも云う」
やれやれ、と太宰は大袈裟に溜息を吐いて云った。少女は訝し気な視線を太宰へと向ける。
「……いつから気付いてた」
少女が声低く問う。
「最初から?」
太宰は首を傾げた。
「子供のふりをしていたのだろう? その方が都合が良い。君は演技も巧いから大半、否、ほぼ全ての人間が騙される。ばれたことは?」
「……あなたが初めてだけど」
「ふふ。それは光栄だ」
不満げな表情の少女に、太宰はにこりと笑って云った。
「待て待て。じゃあお前は一体いくつだと云うんだ」
国木田が会話に割り込んで問いかけた。
「今年で二十」
「にじゅ……」
「ほらね、国木田君。私達と同い年だよ」
「そんな外見詐欺があってたまるか!」
バンッと机を叩きながら国木田が怒鳴る。少女は盛大な溜息を吐いた。
「身分証とか無いから証明は出来ないし、信じないのも勝手だけど、ここまで来て嘘を吐く利点も無いし、それに好きで背が低くて童顔なわけじゃない」
「うん、賢明だね。あと、素が出てきた?」
「ばれてるなら演技する必要無いから」
「それもそうか。そっちの君の方が良いよ」
少女は胡散臭そうな物を見るように眉を寄せた。
「外見の所為もあって職に困ってそうだったから連れて来たのさ。どうだい? ここなら自由にやっていけると思うけど。私も入って半年程だけど、結構居心地は良いよ」
周りに理解者がいる方が自由に仕事が出来る。身分証が無いという訳有り状態のようだが、少なくともここで仕事をする分には問題はない。
「……どうして初対面の私にそんな事するの」
少女が問う。
「先程も云ったけど、人助けが趣味なんだ」
「……意味わかんない」
「君だって私を助けたじゃないか。その御礼とでも思ってくれれば良いよ」
太宰が肩を竦めた。諦めたように溜息を吐くのが二人分重なった。
「異能者なのか?」
国木田が問う。
「そうでないと連れて来ないよ。私が事務員を連れて来ると思うかい?」
「気に入った女性には軽率に声を掛けるだろうが貴様は」
「女性には声を掛けるけど、少女に声を掛ける趣味は無いよ」
「ちょっと」
「おっと失礼。君も女性だったね」
おどけたように太宰が云った。
「そういえば、名前を聞いていなかったね」
太宰が云った。
「……詠(よみ)」
少女がぽつりと云う。
「月下部(かすかべ)詠。異能は、月の満ち欠けによるけど、数秒先くらいの未来が見える」
「月の満ち欠け?」
「平均して五秒くらい、見ようと思った時に発動する。新月の日はほとんど見えない。……満月の日は見えすぎる」
「見えすぎる、とは?」
「言葉のまま。数時間後とか見えるのはマシな方」
「数時間後だと」
国木田が思わず呟き、太宰が眉を寄せた。
「だから満月は嫌い」
詠はそう云った。未来予知という便利に見える異能でも、性能が過ぎれば悪になるという事だ。数時間後が見える世界とはどんな世界だろうか、と太宰は思う。
「君の異能に名は?」
話を変えるように、太宰が問いかけた。
「名前? そんなもの無いけど」
詠は表情を戻して、問いかけてきた太宰を見上げた。ふむ、と太宰は顎に手を当てる。
「そうだなあ……」
少し考えて、太宰が人差し指を立てた。
「月読。月読と云うのはどうだろう」
「つくよみ……」
詠は異能の名を復唱して、ぷいと顔を背けた。
「好きに呼べばいい」
「じゃあ、決まりだね」
「ちょっと待って、私まだここに入るとは云ってない」
ふらりと歩き出した太宰の背に向かって、詠が抗議する。太宰は適当な机の上の白紙を手に取ると、同じく手にした万年筆でさらさらとそこに数字を書いた。
「ちなみに、ここの給料はこのくらい」
「……」
詠は数字を見て、言葉を失くした。見たことの無い金額だったのだろう。安い短時間労働で働いていた事からも、職に困っていたことは容易に予測出来ていた。ふふふ、と太宰は笑う。
「寮もあるよ」
太宰が畳みかける。詠が頬を引きつらせる。考えて、考えて、考えて――
「……入社させてください」
やっとの事で、声を絞り出した。太宰が満足気に微笑んだ。
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