第2話 一目惚れ

 俺が今咄嗟に考えた偽名を名乗ると、七星は明るい声音で言った。


「人色さんって言うんですね〜!」


 初対面でいきなり下の名前で呼んでくるあたり、流石クラスの人気者といったところか。


「あのあの!人色さんって、俳優さんだったりするんですか!?」

「違う、一般人だ」

「え〜!かっこいいので絶対俳優さんだと思いました!」


 かっこいいというのはあくまでも主観であり、人によって好きな顔の好みやタイプといったものは分かれると思うが、今後相手が誰にしてもその好みにヒットしないためにも髪を上げて外に出るのはやめた方がいいのかもしれない……だが、ジムで運動をしている最中とジム帰りの時は間違いなく前髪が鬱陶しく感じるため、そうなるとジムに通うことをやめなければいけなくなるが、俺は平凡で居るために部活にも入っていないのでそうなると運動機会が減ることになる、運動機会が減ることになると────


「人色さんって何歳ですか!?」


 俺が思わず深く考え事をしてしまっていると、七星からそんなことを聞かれた。

 年齢か……特に偽る理由も無いため、ここは正直に答えておくことにしよう。


「高校1年生の16歳だ」

「え、私と同じ代なんですか!?でも、良かったです!もし大人の方だったら色々と面倒なこともありましたけど、同い年だったら問題無いと思うので────」


 続けて、七星はピンクのネイルが施された手でスマホを操作し、連絡先アプリの映されたスマホの画面を俺に見せて言った。


「私と連絡先交換してください!」


 ────俺は七星からそう提案された時、やってしまったと思った。

 俺は、一応身長が高身長と言われる部類の身長だから、少し年齢を高く言ったとしても違和感は無かったはず……そして、大人ということにしておけば、仮に七星が霧真人色に深く関わろうとしてきたとしても断ることができた。

 そんな後悔を抱きながらも、俺は言う。


「断る」

「どうしてですか!?」

「交換する理由が無いからだ」


 俺がハッキリそう答えると、七星は目を見開いてから言った。


「……交換する理由があったら、交換してくれるんですか?」

「そうは言ってな────」

「私、お礼がしたいんです」


 俺の言葉を遮ってそう言った七星は、続けて言う。


「もし人色さんが居なかったら、酷い目に遭わされてたと思います……だから、私のことを助けてくれた人色さんに、お礼がしたいんです!」


 強くそう主張してくる七星に対して、俺は言う。


「お礼ならしなくていい、とにかく今後は夜遅くに出歩かないことだ」

「いえ!お礼しないと私の気が済みません!一回で良いので、今度私にご飯をご馳走させてください!」

「だから、そんなことしなくて────」

「お礼させてくれないんだったら、私今日ずっと人色さんについていきますから!!」

「え……?」

「私はただ、日程調整をするために連絡先が欲しいだけなんです!それがダメだって言うんだったら、直接住所を知るために今日私どれだけ遅くなっても、早朝になったとしても人色さんについていきますから!!」


 高校1年生でモデルとドラマ出演なんてしているだけあって、行動力が尋常じゃないな。

 この様子だと、本当に早朝になるまでついてきそうだ……仕方ない。


「わかった、じゃあ交換しよう」

「ありがとうございます!」


 その後、俺と七星は連絡先を交換すると、七星は俺に頭を下げて言った。


「人色さん!本当にありがとうございました!このお礼は、ちゃんとしますから!」

「あぁ……そうだ七星、家は近いのか?」


 俺がそう聞くと、七星は自分の口元に人差し指を当てながら言った。


「遠いって言ったら人色さんが送ってくれそうなので遠いって言いたいところですけど────近いので大丈夫です!今から走って帰ります!!」

「そうか」


 最後に笑顔でそう言うと、七星は俺に手を振ってから走り去ってしまった。


「まぁ、一度だけならご馳走してもらうのも悪く無いだろう、それで相手の気も晴れるなら尚のことだ」


 そんなことを思いながら、俺は大柄な男二人を警察に引き渡してから家へと帰った。



◇七星side◇

 家に帰った七星は、玄関のドアを閉めた瞬間に────膝から崩れ落ちて、自分の口元を両手で押さえ頬を赤く染めながら小さな声で呟いた。


「一目惚れ……しちゃった」


 ────これが、七星一羽の初恋の始まりだった。

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