青色
羽山涼
第1話<完結>
「今日は良いお天気ね」
彼女が言った。そうだね、と僕は返す。
彼女と手を繋いで、僕たちはゆっくりと海辺の町を歩く。
潮風が頬を柔らかに撫ぜていく。潮と陽だまりの香りが鼻をくすぐった。
「ねえ、空がどうして青いのか知ってる?」
突然彼女がそう問いかけてきた。
さあ、と僕は言った。彼女はくすくすと笑う。
「あのね、青い光は『波長』が短くて、赤い光は『波長』が長いんですって。この『波長』っていうのは短いほど『散乱』されやすくて……散乱って、散ってしまう方の散乱よ? そして、青い光は強く『散乱』するから、日中の太陽との距離が短い時は青い光が強く見えるの。朝と夕方は太陽の光が遠くなるから、青は途中で散乱されきってしまって、赤い光が届くんですって。物知りでしょう?」
僕は頷く。彼女はまたくすくすと笑った。
彼女はこうして、どこで見聞きしたのかわからないことを、よく僕に話して聞かせる。空が青い理由など、僕は興味はなかったけれど、彼女は十分興味を惹かれるものだったらしい。
「海が青いのはね、また理由が違うのよ」
彼女が続ける。僕は黙って耳を傾けた。
「水って、赤い光を吸収するのよ。数メートルの距離を光が進むと、赤い色が吸収されてしまって、水色になるの」
水色ね、と僕が言うと、水色なのよ、と彼女は言った。海の色が「水色」とは、よく言ったものだと僕は思った。
「だから、この町の海はとても綺麗な青なのよ。光って不思議ね。何の色も無いように見えるのに、実際は私たちにたくさんの色を見せてくれる」
僕は頷く。
世界にはさまざまな色がある。中でも彼女が好きな色は「青色」だ。彼女が好きだから、僕も「青色」が好きだった。僕たちが移り住んで来たこの町は、小さいけれど空と海がとても綺麗な町だ。そんな町を散歩するのが、僕たちの日課になっている。
「青色」はいい。穏やかな風も、優しい潮の香りも、皆、空も海も「青色」だから、こんなにも気持ちがいいのだと僕は思っている。
「今日も、お二人は仲良しね」
道行く婦人に声をかけられる。散歩中によく出会う、この町に長く住んでいる人だ。ええ、と彼女が嬉しそうに答えた。
「足元、お気をつけてね」
「はい。ありがとうございます」
彼女はそう言って、僕の手を強く握った。
「そこ、段差あるから気を付けてね」
彼女が言う。僕は頷き、足元の段差を探してゆっくりと足を下ろした。
「今日も、空も海もとても綺麗よ」
知ってるよ、と僕は返す。だって、彼女がこんなにも嬉しそうだ。
「青色はね、とても綺麗な色なの」
海辺を歩く時、彼女はいつもそう繰り返す。それは自分に言い聞かせるようにして、それでいて少し憂いを帯びている。
盲目の僕も、色盲の彼女も、本当の「青色」は知らない。光には何の色もない。
想像の中の「青色」を愛し、僕たちは今日も明日も、青空の下、海辺を歩く。
青色 羽山涼 @hyma3ryo
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