第14話 バス

「お客さん、目ぇ開けてくだせぇ。」

「んえ?」


 煙に驚いて口だけでなく目まで閉じていたらしい中瀬は、声に従い目を開ける。

 赤いシートの座席に座っている。目の前の窓は移り変わっている。

 どうやらここは、乗り物……それもバスだ。

 

「何時の間にバスに……。」

「あー……それなんですがねぇ、お客さん。手似内さんがポイッて入れたんですよ。」

「え?」

「バス停で付近で戦闘が開始されてるって警告が来たんで、バス来ない筈だったんですよ。でもその後手似内さんがね、お客さんを直接入れるから送れって。請求書は万仲介社にぃって切られちゃってねぇ。んで、その後すぐにお客さんが送り込まれたんですよ。」

「そう……ですか。」

「なんでぇ、お金は心配せず、バスに乗っていてくだせぇ。送り先は黄昏区バス停12……ええっと、万仲介社のすぐ近くのバス停ですぜぇ。」

「あ、ありがとうございます。」

「これがあっしらの仕事ですから。」


 そう言って黙り込む。

 運転席はカスタマーハラスメント対策で見えないようになっているらしく、此方からでは見る事が出来ない。

 声もボイチェンか何かで変えられており、そこから性別や年齢の予測も出来ない。

 だが、運転の腕前はかなりのものだ。

 

(これだけスピードが出ているのにも関わらず、荒々しさを感じない。さすが、修羅の国のバス運転手。この程度、余裕という事ですか……。いや、もしかしたらバスの方に何か仕掛けが?)


 バスだってそれなりの大きさだ。

 それを百キロ前後のスピードで走り抜けている。

 だというのにも関わらず、体が大きく揺れて何処かにぶつかる訳でもなければ、尻が椅子から浮くと言う事も無い。

 確かにかなりの速度が出ているのは、向かいの窓から見ても確認出来るのだが、一切それを悟らせない。

 バスの中は動いてはならない、停止してから動くように言われるが、これならば動いたって問題はないだろう。

 それぐらいの安定感が確かに在る。


 それからしばらくした後。


「黄昏区バス停12、到着しました。お気をつけてお降りください。」


 あっという間に目的地まで戻る事が出来た。

 バスを降りると扉は閉まり、何処かへ行く。


「あれ。もう終わったんですか、バイト。」


 茫然とバスを見送った中瀬に話しかけてきたのは、店の外を掃除している蛇頼だ。

 彼は箒と塵取を片手に中瀬を見つめている。


「あ、店長。うん、ゴタゴタで、直ぐに。」


 あっけなく逃げ切れた事へ呑み込めていないからか。

 少し歯切れ悪く返事を返す。


「そうですか。とりあえず、中へ。暇なんです。」

「はぁい。」


 本当に暇で暇で仕方ないらしく、掃除を切り上げ、閑古鳥が鳴いているらしい喫茶店の中へ促す。

 まぁ外でいる必要はないだろうと中瀬は喫茶店に行った。

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