帰りは怖い

「ふぅ……」


 ふと意識が戻った時、黄昏区に行く為のバス停まで戻っていた。

 遠くから、戦闘音が聞こえてくる。万仲介社の者達と一緒に探索していた所と……後は分からん、行ってない所からも聞こえてきてくる。

 ここまで逃げれば後は大丈夫だろう。無事、紛失していなかった眼鏡をかける。

 初っ端から犯罪組織とエンカウントするとはと思いはしたものの、このアルバイトを続けるのであれば、慣れねばならぬのだろう。飽きたら辞めよう。

 天授者ではあるが戦いを習ったわけでも、神苑天稟が戦いの力でも無い中瀬にとって、犯罪者と出会う事、そして犯罪組織と出会う事はなるべく御免被りたい事だ。


「バスは……10分後か。国民カードは無くしてない……よし。すぐさま乗れる」


 日和国内の公共交通機関は国民カードが必要だ。公共に関する全ては国民カードで決済される。

 廃墟区には企業によって運行される交通機関は無い。利用客が訳ありと公務員位だから、利益があまり見込めない為である。その為、廃墟区と他の区画をつなげる全ての交通機関は公共のもの、もしくは、自前の移動手段である。

 自前の移動手段を持っている訳ではない私は、国民カードを無くせバスに乗る事が出来ない。即ち、徒歩で帰る事になるのだ。それだけは何としても避けねばならない。歩くのヤダ、疲れる。

 幾度となく眼鏡を外してはカードを無くしてきた私にとって、これこそが一番の不安であったが……今回は問題なくカードを持ってこれている。ナイス、私。


 そして、国民カードを確認し、確かにズボンのポケットに仕舞い込む。

 自然と視線は下へ向いた。

 だからこそ気づけたのだが……足元に何か落ちている。

 それを確認する為、足を曲げてしゃがんだ時。


 後ろから銃声が鳴り響いた。


「……ヒュ」


 口からはなんと言えばいいのか。風の様な音が口から出てきて、何も意味をなさない言葉が漏れ出る。そして急に喉が渇いた。カラカラで、今すぐにでも水を飲みたい、けど、多分、時間が足りない。

 緊張か、それとも別の何かか。恐怖ともとれるそれは、心臓が一瞬止まってしまったような感覚と、そして異常な程早くなる心臓の鼓動によって示された。止まったのに止まらない、落ち着きたいのに落ち着かない。


 一体誰に向かって発砲されたのだろうか。

 そういった事は態々考えるまでも無く、間違いなく私自身に撃たれている。

 どの部位に向かって撃たれたのかまで分からないが、しゃがみこんだ私にあたっていない事を考えると、恐らく頭か心臓か、そこらあたり。足は狙われてない、甚振るとかそういう目的じゃない、多分本当に純粋なまでの殺意。

 私を殺すべく、確かに仕留めにかかってきている

 万仲介社はまずありえない。もし私を殺せば、高確率で店長は万仲介社の敵に回る事になるし、そもそも純粋に犯罪歴が無く犯罪者でもない私を殺すメリットなんてない。背後に何者かが居る訳でもない事を、そもそも理解している筈だ。

 となれば、手似内が言っていた風幻カルテルとやらだろうか。しかしそうなると、荒事に慣れている万仲介社から何らかの方法で逃れている、もしくは既に倒した事になる。となると、血の匂いだとか、そういった特徴的なにおいがする筈だ。それに、遠くから聞こえてくるあの戦闘音はまだ止んでいない。

 では一体誰が撃ったのか。

 その答え合わせはすぐに行われた。


「おいおい……今の避けるか? 普通」

「……誰です?」


 黒いスーツに、緑のジャケットを身に着けた男。

 口元周りは分かれど、目は鴉の仮面で覆い隠されている。

 彼の右手には、拳銃が握られている。

 その拳銃の銃口は、私に向けられている。

 まぎれもなく彼は私に向かって撃った張本人だ。

 

「……まぁ、どうせ殺すしな」


 そうぼそっと呟く。随分とデカいし、殺す気満々の独り言だな(震え声)。

 マジでやめろください本当にマジで勘弁して。

 どんなに心の底から思っていても、人々が定めた時間という概念はずっとずっと進んでいく。止まってと心の叫びを聞く事は無く、どんどん進んで進んで進んでしまって行って。


「ボクは風幻カルテル風鈴隊隊員、りんone。貴方を死地へ送る旅路の案内人です」


 そういって礼儀正しくお辞儀をし、再び顔を挙げた時、銃口を私に向けた。

 ああ、この銃なんだっけな。ピストル? リボルバー? 私銃とか剣とか刀とかよく分からないんだ……嗚呼、もう嫌々、勘弁辞めて本当に。ヘマしたら怒られちゃう、怖いんだよ店長怒ると。言ってる内容的に多分怒ってるのにずっと微笑浮かべててマジ勘弁。

 あの時の海外組織の占拠で人質にされた時は別にと思った。だって他にも人居たし、肉盾やら人柱は幾らでも居た。でもこれ違うじゃん、明確に私じゃんか。


「では、さようなら」


 新手は聞いてない。ほんと、マジ勘弁。

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