第9話 調査(1)

「と!いう訳で、早速やってまいりましたー! 廃墟調査でーす!」

「お、おー?」


 米俵担ぎのまま連れ去られ、バスを乗り継ぎ、廃墟区へ。

 着替える間もなく連れてこられた為、完全な喫茶店の制服のままである。

 日和国においてお店の制服は勿論、大体の服なんて動きづらそうに見えても、特異性を利用した布を使っているので問題はない。

 しかし、動く事を目的とした服よりかは動きづらい。

 お店用は個性や専用性を出すために、ファッション重視なので仕方ないと言えば仕方無いが。


 そして、廃墟調査をするという事以外、何も分からないまま中瀬は連れてこられた。

 手似内と呼ばれた男と、気の毒そうな顔をしている、鳥を肩に乗せた男性と、ニコニコしている男、黙って周囲を警戒している女性と共に明らかに誰も住んで居ない、捨て去られた廃墟にその状態で居る。

 手似内も含め、全員見た事がある。

 万仲介社の社員で、確か、手似内が誰かを連れて此処に来る時は必ずこの面子である事を、中瀬は記憶している。


(確か……名前は、)

「大変だったな。」


 気の毒そうな顔をした男性が話しかけてくる。


「オレは花上はながみゆい。そこの手似内と……ずっと笑っている毘沙門天似びしゃもんてんじクベラと、警戒しているドヴェー・カーリーの同期だ。肩に居る鳥はクンペル。」

「あ。ご親切にどうも。私は」

「中瀬七氏。一階の喫茶店の店員だろ?利用してるから知ってるよ。」

「あはは……ですよね。」

「えーっと……手似内には、なんて言われて?」

「今さっき廃墟調査する事を知った位ですね。」


 そう簡単に答えると頭を抱えた。

 花上にとっては最低限の情報を共有していると思っていたのだ。

 それがまさか、最低限をこの場で今聞いたとは思いもよらなかった。


「……。色々と、後であいつに説教しておく。」

「あはは……。」

「それじゃあ、オレが今ある程度説明する。」

「はい、お願いします!」


 花上はこほんと言ってから、椅子に座る。

 中瀬もそれに倣い、椅子に座る。

 

「椅子……椅子!?」

「……ん? ああ。」


 このゴミ捨て場と称される区画で、座れるような椅子がある事に驚いている中瀬に対して、花上は首を傾げたが、すぐに納得したように声を漏らす。


「手似内の神苑天稟だよ。あいつ、空間を操る力でな。荷物とか、それこそ椅子とかを手軽に運べるんだ。」

「は、はえー。」

「それ以外にも使い道はあるが……まぁ、今は良いだろう。とりあえず、今回の依頼についての説明だ。」


そして再びこほんといって話を本題に修正する。


「今回の依頼は、廃墟区に違法投棄されたとあるゴミの回収だ。」

「ゴミ回収ですか?でもそれって、公共のゴミ収集担当がやる奴では?」

「普通はそうだな。だが、その回収するゴミが問題でな。四日前から新聞やテレビで、廃墟区への違法投棄が増加しているという話が出ていただろう。その違法投棄物の中に、特異性物質が混ざっていた。」

「特異性物質……。」


 日本が日和国に独自治政権を与え、放棄し、日和国が事実上の独立国となった全ての原因が、特異性だ。


 特異性というのは、神苑天稟のように物理法則だとか、そういったもの全てを超越し、曲解し、歪曲し、するもの。

 確認されているものの中には、紀元前から存在しているのではないか、と考えられている。

 日本でもその存在が確認されており、日本最古の物語……SF小説なのではないかだとか色々言われている竹取物語。あの時、なよ竹のかぐや姫が出した五つの難題の代物は全て、特異性が元ネタなのではないか、と言われる程、昔から存在している。日本神話に登場する天岩戸伝説の天岩戸や、十種神宝とくさのかんだからもまた特異性なのではないかと議論されている。黄泉比良坂や高天原とかも空間型の特異性として議論されている。


 特異性の本質を見ると、神苑天稟とそう変わらない。

 では、特異性と神苑天稟は何をもって違うとされるのか。

 特異性が神苑天稟と違う点は、天授者のように制御する人間がいないという事。意思を持っているものから、完全な物体まで。それは多種多様であるが、制御する人間が居ないのだ。

 例えば、声を大きくしたり、小さくさせたりする妖精。忘れっぽくしたりする人魚。人を変質させる蓄音機。巻き込まれるとヤバいガチの狐の嫁入り。人体圧縮現象を引き起こす霧。

 天授者の神苑天稟が原因であるならば話し合いなどである程度の選択肢が広がる。

 しかし、特異性だと武力排除一択だったり、封印処置を施したりしなければ制御できない。一応話し合い自体も出来はするが、大抵は対応にいちいち手間がかかるのである。人間もそう変わらないだろ?と思うかもしれないが……何せ、概念そのものだとか、人外生命体だとか、完全な物質だとか。人じゃないが故に、人の道理が通らないし、常識も通じない。時には土地そのものが特異性を有してしまい、本当にお手上げ状態になったりもする。

 上手く使えれば、熱源区のように、日和国一帯に十分なエネルギーを供給できるエネルギー源にする事も可能だが……それは本当にうまく行ったケース。

 大抵はうまく行かず、指定第六危険地帯Over Danger Hellになるケースや、鎮圧・封印対象になるのが普通である。


 因みに完全な余談ではあるが。

 真実を見抜く神苑天稟と真実を隠す神苑天稟といった感じで、真反対の性質を持つ神苑天稟をぶつけ合うとそれもそれで特異性が増える。そもそも、日和国事実上独立原因となった特異性が、それを経て生み出されている。

 日和国が天授者を確保したり、確認したがったりする理由の1つがコレである。真反対の、矛盾した神苑天稟をぶつけ合わせると何らかの、完全予測不可能の特異性が出来る。それを避ける為には、手元に置いて制御しておいた方が統治者達としては安心である。

 実際には、神苑天稟を使う天授者の熟練度や神苑天稟の強さとかを総合して拮抗すると起こるので、そうそう神苑天稟のぶつかり合いで特異性発生なんて起きやしない。しかし、万が一特異性が発生し、それが猛威を振るう可能性があるので、日和国としては死活問題ではある。猛威を振るった結果が、指定第六危険地帯Over Danger Hellなので。

 

 さて、そのような特異性だが、その中でも完全な物質を特異性物質と呼称している。

 例えば、存在するだけで周囲の時を止める砂時計。触ったら何処かに強制テレポートする小箱。何でも切れる刀。持っているだけでお金持ちになれる財布。破滅を齎す宝石などといったものだ。

 迷子を見つけるランプだとか、そういったかわいらしいものならば、至急回収する必要はない。だが、どんな距離でも視認さえしていれば必ず当たる魔弾銃だとか、剣とかにすれば大惨事が確実に起きるなんかすごい事になりそうなインゴットだとか。

 そういったものの場合、目の当てられない事態になる。裏社会に渡ってしまう場合が、その最悪の引き金を引きやすい。


「今回、特異性物質が新聞に載ってしまっている。それが何であれ、至急回収せねば裏社会の奴らの手に回るだろう。今までは噂話程度だったが、今回は確かなネタとして新聞社が取り上げてしまったからな。」

「あの新聞社が取り上げたってことは、確実ですからね。」

「ああ。あの"摂理の目Providence eye"とも呼ばれる新聞社がガセネタを掴んだ事は無い。盛った事や大げさに書いたり、何か浅はかな疑惑の感情は書く事はあれど、事実だけに目を向ければあそこ迄外れないのは凄い。」

 

 "あの悪名高い"新聞社は敵を沢山作れる程に色々なネタをばら撒いてきた。

 それは、真っ赤なウソをばら撒いてきたからではない。

 確かに多少誇張はあれど、事実だけを抜き取れば、確かな真実をばら撒いている。むしろ、ゴシップ特有の邪推だとか、そういったものが無ければ、とんでもなく精確な情報源になる。それぐらいには精度が高いのだ。

 だからこそ、誇張したり、疑惑の目を向けたりして、色々ぼかしたりしているし、それを許容している。許容しなければ、赤裸々に全ての真実が書き込まれる事になるから。

 

「……だからこそ、今回みたいに、面倒な事になるのだがな。」

「犯罪勢力との競うことになるからですよね。」

「とはいっても、裏議会戦争がそろそろ起きる筈だ。確保した方が有利に進むかもしれないが、そこまでの余力を向ける筈はない。それに、新聞社に取り上げられる前、エンブレイス警察とエンブレイス交番が連携し、議会への提言に成功。そして議会直属の清掃機関が確保する事に成功している。……裏議会戦争に向けて、大体の大きな犯罪組織が動かぬ故に鬱憤がたまっているであろうHSAT課が、この前の黄昏区A道路で起きた占拠事件に対応出来ていなかった事から考えると……HSAT課もここにきて対応していただろう。特異性物質によっては幾ら議会直属の清掃機間でも手に負えないからな。」

「HSAT課って大規模犯罪だとか、テロだとかに対応する課ですもんね。」


 HSAT課。エンブレイス警察の中でも特殊業務局に属する課だ。

 エンブレイス警察最大の武力勢力と称される特殊業務局の代表とも言うべき課で、犯罪者が荒すよりもコイツラが荒した方が被害がデカいと有名である。

 大抵、警察の局課はエンブレイス警察本署だとかに配属されるが、特殊業務局の中でもHSAT課はエンブレイス警察地下署という何処にあるのかすら分からない部署で働いている。

 大規模な犯罪や悪質なテロ行為には、議会の保有する戦争部隊である"軍事系警察"や"鬼神の猟犬"よりも早く現場に到着し、彼らが来る前に鎮圧するなど、ゴキブリとHSAT課は至る所に居ると称される程、迅速に動く。


「黄昏区A道路は、黄昏区の交通路の中でも断トツで大きい。しかもそこを中心に一帯を占拠していたからな。十分大規模犯罪としてHSAT課は出勤できる。なのに、来ていなかった。……ならば、それ以上の事案が起きていたと考えられる。事実、今回の依頼は、特異性物質の回収とあるものの、どちらかといえば最終的な確認という意味合いが強い。廃墟区の大きさと、依頼が来た時期から考えるに、HSAT課は総戦力でこの廃墟区の特異性物質回収にあたっていたと考えられる。……まぁ、あの連中の事なんざ、どうでもいい。」


 花上はそう吐き捨てると、1つの地図を見せてくる。

 広大な廃墟区の中の一部分を書き上げた地図のようだ。

 地図は白黒だが、一部塗りつぶされている所がある。


「この地図で塗りつぶされている部分。ここが今回調査する場所だ。調査し、存在を確認出来なければそれでいいとの事だ。しかし、確認した場合は即刻回収する事。最悪、対特異性消滅封装を使用し、特異性を破壊するように、との事だ。万が一を考え、調査チームは全員天授者、また数名は寵愛者である事と指名されている。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る