第8話 面接不要、即研修

「店長!」

「はいはい。」

「働いた気になるけど、ほどほどに楽なアルバイト先ください。」


 そんなアルバイトがあるなら、世の中みんなそのバイトを求めるだろうと心の中で思いながら、首をかしげる。


「ほしいもの、買っていませんでしたか?」


 蛇頼は中瀬が貰った30万から必要な分だけ使い、『シェアハウス零成荘』を新刊まで使って買っている事を知っている。

 何せ、その買った奴は勝手にカウンターの本を置く場所に置いて、堂々と読んでいるからだ。なんなら、蛇頼自身も読んでいるし、丁度今カウンター席に居る真っ白シルクハットの常連が今読んでいる。

 

「したんですけれど、この眼鏡って今のところ予備ないじゃないですか。」

「ですねぇ。」


 製品化されていない、完全なプロトタイプ。

 しかも、神苑天稟を制御するという眼鏡。

 神苑天稟は基本的に違法研究や秘密裏に研究されている事が多い。

 英雄の凱旋以降は表で堂々と研究している所も増えたが……正直な話、法を厳守していない研究の方がどんどん進んでいる。規格や法に一切縛られず、結果さえ出せば体面を取り繕う必要性も無いし、説明責任も無いから、研究だけに専念できるのだ。お金さえあればだが。

 だからこそ、神苑天稟というのは謎が多いし、制御するなんで以ての外とも言える。

 まぁ、つまり、この眼鏡はそういうことであるが。

 

「これを無くしたり、壊したら、もう素寒貧になる気がするんですよ。」

「まぁ……色々無くしますからね、貴方。」

「なので、今の内に働いてお金を貯めておこうかと。」

「つまり……喫茶店での仕事をしつつ、別の副業をしようって事ですね?」

「はい!」


 元気よく、いつか来るであろう眼鏡破壊もしくは喪失の日に備えるべくお金を貯めようとしていると発言する。確かに、蛇頼の営む喫茶店アルカナは常連を頼っている。新規客はそうそう来ない。一応、ウェブサイトやSNSを活用して宣伝しているが……それであっけなく来てくれるならば、世の中の宣伝を専門とした者達やインフルエンサーは要らないだろう。


「はぁ……まぁ、それならいい所、あるじゃないですか。」

「いい所?」

「上にあるでしょう?」


 蛇頼はそういって上を指す。


「何でも屋ですよ。万仲介社。多分、アルバイトの1つや2つはありますよ。」

「えー……でも、あそこって結構物騒な依頼ばっかりしているイメージがありますよ?」

「猫探しや配達なんかもしていますよ。調査業が多いですが。配達なら、貴方の得意分野では?」

「私を必要とする配達って結構物騒な所への配達な気がします……。」

「まぁ、そうですね。でも正直な話、私が紹介出来る範囲で、お金稼ぎに丁度良く、ある程度自由も効き、いざという時武力行使も出来て、アルバイトに行ける近場なんて……万仲介社あそこと、鬼宴病院治験と、新聞社支部配達業中心ぐらいですよ。」

「いや……配達業中心は良いかな。あそこ、結構恨み買ってるでしょ。」

恨みしかない買ってるけれど、生き残れる実力はありますし、姑息ですから限度はわきまえてますから。」

「んうぅ……じゃ、じゃあ、万仲介社のアルバイト業務、お願いして来てくれます?」

「分かりました。まぁ、たぶん、」

「よぉし! ならば、今すぐ早速研修を終わらせよう!」

 

 蛇頼がそう言った瞬間、本を読んでいた常連が声を出す。


「え?」

「じゃ、借りるね、店長。」

「はい。くれぐれもよろしくお願いしますね。手似内てじないさん。」

「はいはーい、傷1つ、つけませんとも。」

「え? え?」

「では、いってらっしゃい。」

 

 常連さんこと、万仲介社社員の手似内に米俵のように担がれ、中瀬はアルバイト先である、同じビルにある万仲介社へと直行する事になった。

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