第7話 アルバイト

「それで?ええと、貴方が治験アルバイトの?」

「中瀬七氏です。」

「はい、ありがとう。私は鬼宴病院の薬務隊隊長の楠氏くすし花蓮かれん。確か無所属フリーの天授者なんだってね? ありがたいよ。」


 空風ビル三階、鬼宴病院出張所。

 中瀬が対面しているのは、鬼宴総合病院の薬務隊という薬を製造したり、管理したりする部隊の隊長だ。

 エンブレイス警察が真面目からまともな狂人の寄せ集めならば、鬼宴病院とは天然系狂人の集まりと言われている。というか、公共機関に所属している公務員はみんなそんな感じの事言われている。だからこそ、中瀬は所属していたくはないのだが。

 そんな中でも、鬼宴病院の、総本山たる鬼宴総合病院の薬務隊は国家カルテルと揶揄される程のマッドドクターならぬマッドフファーマシストである。

 だからこそ、蛇頼にアルバイトとして紹介された時、中瀬はついに見捨てられたかと考えてしまった。

 しかし、案外そういった噂はあてにならないようだ。


 目の前にいる隊長である楠氏花蓮は明らかに真面だ。

 薬務隊の噂によれば、問答無用で治験をするだとか、一番怒らせてはならない部隊だとか、国家カルテルとか。その他にも色々な不吉過ぎる噂しか聞こえてこなかった。

 だからこそ、ついにかと中瀬は思ったわけだが。


「さて。まず今回の治験についてね。事前に書類を渡してあるから中身見てたら分かるだろうけれど。今回の治験は天授者に使用する事を目的とした特殊薬品に該当する即時型治療薬の治験です。流れとしては、まず腕一本持っていく。その後、薬品を投与し、狙い通りの効果が出るか確認する。確認時間は8時間。腕を切り落とすのと薬品投与に10分程なので、拘束時間は8時間10分となります。確認時間は此方の指示に従って動いてもらいます。給料は三十万円よ。腕切り落としてまでやる確認作業だからね。今の時代、腕の代わりになる道具なんて幾らでもあるけれど、それでも不便になる事に変わりはないから。ただ、この治験は最終段階で、複数の天授者からのデータを集める為にやっているので、よほどのことが無い限り、腕はちゃんと再生するわ。……何か質問はある?」

「無いです。」

「はい、ありがとう。それじゃあ、早速治験を始めるわ。切断剣持ってくるからちょっと待ってて。」


 そういって立ち上がり、近くにある箱を開ける。

 中には鋭利な剣が入っており、楠氏はそれを取り出す。


「利き手は右手だね? 左手の方を切り落とすから、左手をまっすぐ伸ばして。」

「はい。」


 指示に従い、腕をピンと伸ばし。

 刹那、そういわざる終えない、一瞬の時間。

 ぽとりと腕が落ちる。

 痛みとか、切られた感覚もなく、ぽとりと腕が落ちた。

 

「うん……?」

「はい、腕落としたので薬投与しますねー。チクっとしますから、我慢してくださーい。」

「は、はい……。」


 薬務隊も鬼宴病院に所属しているので、ちゃんとした、れっきとした医師である。しかし、他の隊の医師と比べると、こういった肉体外部への干渉は不得意の分野だ。薬務隊は薬による体内部への干渉を得意としているのだから。

 そう考えている間にも薬は注射で投与される。そして、切り落とされた筈の腕は瞬時に何事も無かったように再生した。

 切り落とされた痕跡は一切無い。

 初見ならば、切り落とされた事自体分からないだろう。


(腕を切り落とされるよりも、注射針で刺される方が痛い。)

「再生したか。…えーっと、それじゃあちょっと曲げてくれるかい?」


 再生したのを確認すると、曲げるよう指示を出す。

 それに従い腕を曲げる。


「ちょっと触るね……何か感じる?触られてるなーだとか、痛いなーとか。」

「触られてるなーぐらいですね。……あ、今ちょっと痛いかも。」

「ふむ……ちゃんと、感覚は間違いないと。」


 触ったり、まっすぐ伸ばしてみたり、腕を大きく動かしたり。

 指示に従い腕を動かす。


 そこからしばらくの間、指示に従い体を動かす。時折、休憩をはさみながら、昼食も取りながら。


「はい。治験終わりです。これ、給料30万円ね。次も天授者の治験者って本当に少ないの。次もお待ちしていますね。」

「お疲れ様でしたー……。」


 給料も良い、8時間ちょいで30万稼げる。

 だが。



「……働いた気があんまり、いや、忙しいのは嫌だけど。うん。本当に至急お金が必要な時か、暇なときだけにしようかな。」


 ちょっと退屈だったし、あと純粋にあの花蓮さんの切る技術が怖い。

 どうして注射針の方が痛かったのか、本当に、得体のしれない怖さがあった。

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