【第二節】廃墟の中の夢の跡

第6話 ほしいもの

 欲しい物があるなら手中に収めよ。

 たとえそれが、誰かの意思を模倣しただけの欲だとしてもだ。 

―――――誰かの言葉。







「店長。」

「はい。」

「これ、欲しいです。」


 中瀬はスマホをそっと蛇頼に見せる。通販サイトのあるページだ。

 蛇頼の目が確かならば、それは本だ。

 蛇頼はそれを見て首をかしげる。

 確か蛇頼の記憶が確かならば、この本は。

 

「あの、中瀬さん?」

「はい?」

「これ、前にあなたが面白いですよと進めてきたものでは? 電子書籍で読んでませんでしたっけ?」


 『シェアハウス零成荘の日常』。

 零成荘という月住民全員で月15万円。後に管理者が面倒になり15名以下なら各自月1万円で良いという破格過ぎる、明らかな訳ありシェアハウスで生活する住民達の日常を描いた日常(?)もの。宇宙人、魔法少女、元犯罪者、ニート、学生、アルバイター、妖怪、神格etc.……、様々な住居人たちが送るギャグ漫画で、有名ではないものの、根強い人気を持つ。


 中瀬はこれを、漫画を読むアプリで無料閲覧期間中に最新刊辺りを除いて全て読んでいた筈だ。

 蛇頼は確かにそう記憶している。


「んー……。本当に好きになったので、紙媒体で欲しくなったんですよね。」

「はぁ……?」

「手元に置いておきたい、みたいな?」

「嗚呼、成程。」


 何故かつて読んだ事のあるものを再び買おうとしているのか。

 少し理解が追い付かなかったが理由を聞き納得する。

 確かに、本当に好きなもの、興味のあるもの。

 それら全ては手中に収めたいのは、強欲な者であるならば当たり前の思考と言えるだろう。


「最近の子は無料で読んだりするのが好きだと思っていたんですけれど。」


 (記憶と戸籍上)二歳児だから最近の子だろうと蛇頼は口にする。

 無料フリーなものをイマドキの子や大人は好むらしい。

 まぁ、確かに、値段がかからないのであれば、別のものにお金を費やす事が出来る。嬉しい事だ。

 最近はそれが普通になりつつあるらしく、ちょっと業務が大変らしいが。


「そうではあるんですが、何でもタダだと続かないじゃないですか。本当に好きなら買ったりして売り上げ貢献して、需要がある事示さないと。打ち切りになっちゃいますよ。で、で、!」

「はい。」


 中瀬はスマホを動かし、漫画の値段を見せる。値段は600円。

 別に消費税とかはなく、住民税だけ支払えばいいシステムなので、税抜きだろうが税込みだろうが、そもそも値段に追加する税なんてないので値段は600円。

 そして、その600円が24冊。14,400円。

 全然普通に暮らしていれば買える値段だ。

 そう、普通ならば。


「……中瀬さん?」

「……国民カードの発行とか、戸籍情報の登録だとかで、水無瀬さんに結構利息無し借金しているじゃあないですか。何時か完全に返済してくれればいいですよって言われたじゃないですか。でも早く返さないとさすがにって思って返し続けて、つい最近全部完遂したんですよね。私の9割財産と引き換えに。」

「はい。偉いですね。」


 利子無しで建て替えてくれているのは普通に優しすぎるし、それをちゃんと返したのは偉い。蛇頼ならばバックレる。


「んでー、残りの1割は住民税でしょ?」

「はい。」

「間違えないように毎月の住民税を支払う口座に借金返済ついでに入れてきたんですよ。」

「はい。」


 日和議会の税犬が取り立てに来るから、ちゃんと支払うのも偉い。

 住民税に関しては事前支払いが可能だ。何なら、日和国が開設した口座から毎月自動差し引きだって出来る。

 蛇頼は一年分常に入れているが、中瀬は二ヵ月分の住民税分しか入れていない。ちょっと前に一ヵ月分の住民税は引かれているので、中瀬の口座には一ヵ月分の住民税だ。次は大体一ヵ月後の住民税分はちゃんとある。あるが、税犬対策に二ヵ月常に入れて絶対忘れないようにしている中瀬は一ヵ月の住民税分を入れてきた。結果。


「無一文です。」

「はい。」

「買ってください。」

「アルバイト紹介するので働いてきてくださいね。」

「うぇーん……」


 昔と比べれば、蛇頼もお金に余裕がある訳ではない。

 そもそも、中瀬の神苑天稟を抑えるための眼鏡を確保するのにかなりお金をかけている。一万ちょっとの端金だが……今の蛇頼にはきつい。

 自分で稼げ。としか言えないのである。

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