やってはいけないこと
日和国で大事なのは冷静になる事。
この冷静になるという事は、ある事情から日和国民にとって非常に難しい事ではあるものの……それでも冷静になる努力を怠ってはならない。
現在、人質として捕らえられた私は勿論、周囲に居た日和民達は出来うる限り、冷静に観察している。
無論中には観察すらもしていない者達もいる。おそらく彼らは日和国ではない、別の場所から来た者達だ。動揺しているが観察をしている人も居るが……そいつは日和国民だろう。分かりやすい。
人質になるのも、隣人が犯罪者になるのも、残念な事だが此処で生きていく上では高確率で起きる事態。前者に至っては多分死ぬまでに必ず一度は経験する。よほどの幸運者でない限り犯罪者であっても経験する。人質に犯罪者を起用するぐらいには人質はなりやすい。歩いているだけで流れるように人質になる事も結構ある……らしい。
私はなんでかあんまり経験はない。だからちょっと新鮮だったりもする。
犯人は確認出来るだけでも20名。
参謀らしき人間が取り仕切っている。ボスのような存在もいるにはいるけど。
「
「ああ、早くやれ」
「了解。貴方たち、交渉している間、妙な動きをする奴がいないか見張っていなさい」
「「「はい!!」」」
指示出しはボスじゃなくて参謀らしき人物がやっている。参謀の様子からトップは傀儡。主導権は参謀が握っている、って感じだろうか?
そんで会話の内容から犯罪者集団は黄昏区A道路及び、その周囲一帯を封鎖。
その場所に居た中瀬を含む全ての住民を人質に取り、近くにある建物内で立て籠もっている。
犯人の要求は不明。だが参謀が警察と連絡を取っている。お金の要求だとかでは無さそう? ちょっと遠くでやってるからわからないな。読唇術とか出来る訳じゃないし……。
広範囲一帯を封じている辺り、人質立てこもり犯罪に関しては、かなり手慣れている。
だが、こんな人相の輩は見た事が無いし、こんな手口をまず日和国の犯罪者たちは使わない。無意味だからな。
つまり、コイツラは……日和国民ではない?
だがまぁ、それは一旦置いといて。
こんだけ大事やらかして、この犯罪集団、
一般的に日和国の犯罪者は、
それは、犯罪を行う者達が構築する社会を
この裏民と呼ばれる日和国の住民達はまぁ、法を犯す犯罪者なだけはあって、恐れ知らず。
どんなに
兎に角、法を犯すし、危険度も分からないし、関わりたくねぇってなる、恐れ知らずの国民が裏民と呼ばれるのである。
だが、恐れ知らずと言っているものの、裏民には明確に恐れているものがある。
その名も、
表社会及び日和国全体を統治する日和議会に対して、裏社会を統治する裏議会があり。国民達が日和議会に歯向かう事を
現在の裏議会は、
裏議会の十三席に座る組織は其々1つだけ、『現行の禁忌』を規定する。
これは、裏社会を統べる裏議会が発行する裏社会だけに通じる法律のようなもので、裏議会が崩れ、再編される度に変わる。これを破れば
『現行の禁忌』を犯すという事は、裏議会、及び裏議会に追従する者達へ砂をかけるようなもの。もしくは、白い手袋を叩きつける行為に相当する。
したがって、裏議会の者達が禁ずる罪『現行の禁忌』は行われないし、行ったが最後、裏社会全体から攻撃される事になる。
それほどまでに裏議会の影響力は強く、また、裏議会の席に座る事が出来た組織はそれ相応の裏社会への影響を強く持つ。
それこそ『現行の禁忌』を破った者を即特定して袋叩き出来る位には。
だからこそ裏民は裏議会を恐れる。
殺人や強盗等の法破りを行う裏民達は裏議会の者達が禁ずる一切をしない。
それに、裏議会の敷く規則や支配は一定の期間後、自動的に崩壊する。
どうしてこんな仕組みにしたのかは知らないが、裏議会は裏議会選挙という名の『
今、裏議会と呼ばれる組織達の幾つかは消えるかもしれないし、そのままになるのかもしれない。
それぐらいに、あやふやとも言える。
だが、それでも、そんなあやふやで、崩れやすい裏議会を恐れる。
今できなくとも、次は出来るかもと我慢する。
裏議会の恐ろしさなど、もうすでに何度も刻み込まれているからだ。
裏民は数多く居れども、それでも尚秩序があるのは裏議会の秩序と不文律によって成り立っているのだ。
だが、今行われている犯罪を見るに、外部の者達はそうで無い。彼らは知らないのであろう。
日和国を統治する議会が末恐ろしいように。
裏議会と呼ばれる者達を敵に回す事の恐ろしさを。
どんなに舐め腐っていても良いが、恐怖だけを否定する事は決してしてはならないのだ。
白昼堂々、こんな真昼間から、大勢の人間を巻き込んでの犯行。
きっと、彼らは既に別の罪を犯している。そこで簡単に犯罪が出来る場所だと思ったのだろう。
だからこそ、こんな大衆の場で犯行をしているのだ。
さて。
その此処とは別のところで犯した別の罪が、裏議会の『現行の禁忌』や裏民の『激怒の琴線』に触れてないとしょう。
だが、果たして、今、この瞬間。
犯している犯罪の過程で人質に取った者達の中に、裏民と深く関わりのある人間が居ないと思っているのだろうか。
いたとしても何とでもなると思っているのだろうか。
裏民は、裏民いる裏社会が様々な恐怖で成り立っている以上、舐められたら終わりだ。
だからこそ、舐め腐った態度を取ったものを許さない。
その中でも裏議会に座る組織はそれが顕著になる。
舐め腐った態度を取った奴が居たら、そいつだけでは済まなくなる。
例え裏議会の者に喧嘩を売らなくとも、彼らに献金をするなどして庇護を求める者達が表社会の中には往々にして存在している。
別に拒絶しても何のデメリットはない。
しかし、何らかの形で貢献した者の庇護を拒否するという事は、自らにその力がない、もしくはそれを行える程に器が大きくない事を示す。
どちらにせよ、此処ではそれは自らが弱い事を示す事になるのだ。
裏の世界に居る者達は皆、大いなる存在であり、強い存在である事を示さねばならない。
暴力の世界では、小さい存在であり弱い存在等、生きる価値すらない。
強大な存在は弱小の存在を食い潰し、踏み潰す権利を持ち、弱小の存在はそれの対象となる事を受け入れるしかない。
だからこそ、余程の事が無い限り、庇護を求める者は守らねばならない。
ゴトン。ゴトン。ゴトンゴトンゴトン。
重い音がいくつも続いた。
それは、首が落ちる音だった。
頭はコロコロ転がったり、そのままべちゃっとしたり。
それが起きたのは一瞬だった。少なくとも私の目には何も正確に捉える事は出来なかったが、綺麗に切られたんだろうなという事しか分からなかった。
私のように、身近な人が裏社会について詳しかったり、教えてくれたりしているからこそ、ある程度必要最低限の理解は出来ている。
普通に暮らしている住民の大半は知らない。知らないが故に完全に理解は出来ない。だが、完全に理解出来ていない者達でも、それでも暮らしていれば薄々勘づく事は出来る。
だからこそ、私も周囲の人たちも、その一瞬で起きた終わりに驚きはあれど、動揺まではしない。
動揺したり、何も理解出来ず勘づけないのは、裏社会の恐怖を知らぬ目の前の愚人集団と、人質の中に居る外から来た者達だろう。
朝の新聞に、あるニュースが載っていた。
[黄昏区にて大規模な商いの動きあり ナイトマフィア関与か]。
何気ない、日和国ではよくある事だ。
裏社会の存在が、表社会に浸食している事など。
もしかしたら、他の国でもよくある事かもね?
ナイトマフィアが関与した、新聞に掲載される程の大規模な商いの動き。
そう考えるとナイトマフィアの関係者は今、黄昏区に沢山いるだろうし。
それこそ、人質になるとか、今の現場に何らかの関わりを持つ事になっているだろうし、なっていない方が確率的には低い筈だ。
だって、黄昏区のA道路と、その周辺一帯の奴ら全員を一ヵ所に集めているのだ。むしろ、人質になっていない方が凄い。
コイツラはそこまで事を大きくした。
いなくとも、耳に入る。
ならば、届く範囲になる。
我々に対して不利益な行動を、敵対行為を行うとはどういう了見だ?
知らなかったなどというのは、少なくとも言い訳でしかなく、弁明にはならない。
それが、裏民の意見、そしてそれを統制する裏議会の意見。
例えどんな理由があろうとも、裏議会の議席の1つに座る組織、ナイトマフィアに喧嘩を売った。売ってしまった。
後二ヵ月もすれば、そろそろ裏議会は自動的に崩れるだろう。
その最中ならば、喧嘩売って良かった筈だ。もしかしたら、裏議会の座席に座れるかもしれない。
なぜ、よりにもよって今売ってしまったのか。
態々ナイトマフィアなんて現・裏議会の組織に喧嘩を売る輩は、裏民に然う然う居ない。
ナイトマフィアなんて、私の様な裏社会の情報を手に入れる伝手が無い限り聞かない……なんてことが無い程に、有名だ。
だからこそ、ナイトマフィアが関与しているかもと匂わされるだけでも十分有効だ。
少なくとも、その地域一帯で人質を取った犯罪が起きなくなる位には、静かになる。
だって、そこらへんで歩いている人がナイトマフィアの構成員だったり、フロントがナイトマフィアの企業の人かもしれない。もしかしたら、庇護されている存在なのかも?
そんな人を人質に取ってみれば、舐めてる判定食らって即終わりだんて、深く考えずとも分かる事である。
(交番かな。『新聞社』に記事にするよう言ったのは)
外部からの犯罪率上昇でキレるのは警察組織であるエンブレイス警察と、エンブレイス交番だ。
どちらか精確に分からないが……多分今回キレたのは、後者の交番の方。日和国全体の、住民達の日常を守る警察組織であるエンブレイス交番の方だろう。今回みたいな犯罪率の上昇ならば、エンブレイス警察なら嬉々としてロケランとか爆発物を持って牽制する。それが察のやり方である。
態々遠回しに、他組織を使うやり口は恐らく、エンブレイス交番の方である。
今回の犯罪率の上昇で割り食ったのは、表社会の一般国民。
そんな状況下で、国民を守る事を目的とする警察組織で、故に国民たちの生活に密接的に関与し、日常のいたるところにある小さな歪を修正する日常の守護者たるエンブレイス交番がキレない筈ない。
だからこそ、外部のものかどうかを判別する為にナイトマフィアの情報を流し、日和国の犯罪者を牽制しつつ、舐め腐っている外部勢力をナイトマフィアの琴線に触れさせる。そして、ナイトマフィアに外部勢力を削ってもらう。
こうする事で、他で起きている外部勢力の犯罪者集団への対応に忙しい中、ちゃんとした警告を強烈に行う事が出来る。
外部犯罪勢力が、此処まで派手に動いているのは、裏議会による秩序を破る事の恐ろしさを知らないから。
ならば、知ってもらおう。
大きく、派手に。誰にでもわかるように。
裏だろうが、表だろうが。秩序を破れば終わりを迎えるだけであるということを。
参謀、傀儡であろうリーダーも。
それに付き従っていただけの構成員も。
等しく美しかったであろう、けれど誰もその美しさを見ることのできない一閃、鋭い剣技の前に切り伏せられた。
「ふむ……。手ごたえがない。」
「此処まで舐め腐った事をしやがったんだ。てっきり歯ごたえのある奴かと思ったんだが……そうではないようだ。」
切り伏せた黒いポニーテールの女性と、荒々しい口調の紳士服の男の目の前で、ナイトマフィアの琴線に触れた愚か者が死した。
それと同時に、赤い髪の男と、青い髪の男を先頭に、数十名の武装集団が入ってくる。
「エンブレイス警察だ! 手を挙げろってうぉ!?」
「……ち。結局あの交番の狸の宣言通りかよ。」
そういって到着したエンブレイス警察の前には、面倒な後始末だけが残っている。
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