第4話 中瀬七氏(4)

 人質としてとらえられた中瀬は勿論、周囲に居た日和国の住民達は冷静に観察をする。

 何人か動揺している者達もいるが、彼らは日和国ではない、別の場所から来た者達だ。

 人質になるのも、隣人が犯罪者になるのも、残念な事だが此処で生きていく上では高確率で起きる事態である。前者に至っては多分死ぬまでに必ず一度は経験する。よほどの幸運者でない限り、犯罪者であっても経験する。人質に犯罪者を起用するぐらいには人質はなりやすい。歩いているだけで流れるように人質になる事も結構ある。中瀬はあまり無いが。



 犯人は確認出来るだけでも十数名。参謀らしき人間が取り仕切っている。ボスのような存在もいるが、恐らく参謀の様子から傀儡だろう。

 犯罪者集団は黄昏区A道路及び、その周囲一帯を封鎖。

 その場所に居た中瀬を含む全ての住民を人質に取り、近くにある建物内で立て籠もっている。

 犯人の要求は不明。だが、何か参謀が警察と連絡を取っている。お金の要求だとかでは無さそうだ。


 日和国の住民ならば、これぐらいは考えられる。

 だからこそ、普通は銃を向けて終わりにはせず、ちゃんと拘束までする。

 住民の中には自前でどうにか出来る人も居るし、なんなら明らかな私服を制服を言い張る警察官だっているから。


(かなり広範囲一帯を封じている辺り手慣れている。だが、こんな人相の輩は見た事が無いし、こんな手口をまず日和国の犯罪者たちは使わない。外部からの奴らだろうな。交通局が議会の結果を反映させたからか、最近外部の連中が来やすくなったんだよなぁ。)


 日和国を統治する集団、通称議会と呼ばれる者達により、交通局が徹底していた外部との交通が現状簡単になっている。

 それに応じて、犯罪率も増加だ。

 だが、冷静に分析すれば、その増加した犯罪は全て外部からやって来た犯罪者や犯罪者集団のものである。むしろ、日和国に元からいた犯罪者たちは最近犯罪は抑え気味になっている。




 日和国の犯罪者は、五指ごゆび旋律大罪衆せんりつたいざいしゅう、ナイトマフィアやガランギャング、神々廻ししば組などの裏議会と呼ばれる彼らを恐れている。恐れた上で犯罪をしている。

 一定以上の大規模な人身売買などをしなければ怒りを買わないだとか、ちゃんとした怒りの琴線がある。そういった琴線に抵触さえしなければ、裏社会の秩序を構成する裏議会と呼ばれる彼らからの報復を貰う事は無い。

 その他にも、彼らにはテリトリーが在り、テリトリー内で舐めた態度を取れば報復される。フロント企業を害した場合当然のように報復される。

 報復を恐れる日和国の犯罪者は、ちゃんと裏の規則や、裏の支配に沿って動く。

 だってそうすれば、報復されないからだ。

 したがって、裏議会の者達が禁ずる罪は行われない。

 殺人は行われるし、強盗も起きるが、裏議会の者達が禁ずる一切を、これを知る者達はしない。

 それに、裏議会の敷く規則や支配は一定の期間後、自動的に崩壊する。

 どうしてこんな仕組みにしたのかは知らないが、常に同じ規則と支配が敷かれる事は無い。

 今、裏議会と呼ばれる組織達の幾つかは消えるかもしれないし、そのままになるのかもしれない。

 それぐらいに、あやふやとも言える。

 だが、それでも、そんなあやふやで、崩れやすい裏議会を恐れる。

 今できなくとも、次は出来るかもと我慢する。

 裏議会の恐ろしさなど、もうすでに何度も何度も日和国に刻み込まれているからだ。

 

 しかし、外部の者達はそうでは無い。彼らは知らないのだ。

 日和国を統治する議会が末恐ろしいように。

 裏議会と呼ばれる者達を敵に回す事の恐ろしさを。

 基本的に彼らは日和国の犯罪者をなめ切っている。碌な犯罪も出来ない、箱庭の犯罪者だと。

 裏議会だって崩れやすいからか、裏議会という裏社会の秩序を指揮する者達だというのに舐められている。

 確かに一部はそうだと断言できるし、同意も出来る。

 だが、恐怖だけを否定する事はしてはならないのだ。



 白昼堂々、こんな真昼間から、大勢の人間を巻き込んでの犯行。

 きっと、彼らは既に別の罪を犯している。そこで簡単に犯罪が出来る場所だと思ったのだろう。

 だからこそ、こんな大衆の場で犯行をしているのだ。


 さて、その別の罪が裏議会の規則や、日和国の裏社会の者達の琴線に触れてないとしょう。

 だが、果たして、今、この瞬間。

 人質に取った者達の中に日和国の裏社会の住民と、深く関わりのある人間が居ないと思っているのだろうか。

 いたとしても何とでもなると思っているのだろうか。


 裏社会の住民達は、舐められたら終わりだ。

 だからこそ、ちゃんと利益を上げている、庇護下にある者は、ちゃんと守る。例えば、みかじめ料を支払ってフロント企業になっている所の社員、とか。

 手の届く範囲、目の届く範囲、耳に入る範囲という限定としたものだが、逆に言えば、例えば、そう、丁度襲撃現場にいるだとか、そういう状況下でならば、彼らはその場で即報復するだろう。


(あーあ。)


 一瞬だった。

 その一瞬で十分なのだ。

 中瀬のように、裏社会について詳しかったり、教えてくれたりしているからこそ理解は出来ている。

 だが、住民の大半は知らない。知らないが故に完全に理解は出来ない。

 だが、完全に理解出来ていない者達でも、それでも暮らしていれば薄々勘づく事は出来る。

 だからこそ、中瀬も住民達も、その一瞬で起きた終わりに驚きはあれど、動揺まではしない。

 動揺したり、何も理解出来ず勘づけないのは、裏社会の恐怖を知らぬ目の前の愚人集団と、人質の中に居る外から来た者達だろう。



 朝の新聞に、あるニュースが載っていた。

 

 [黄昏区にて大規模な商いの動きあり ナイトマフィア関与か]。


 何気ない、日和国ではよくある事だ。

 裏社会の存在が、表社会に浸食している事など。


 ナイトマフィアが関与した、新聞に掲載される程の大規模な商いの動き。

 そう考えるとナイトマフィアの関係者は今、黄昏区に沢山いるだろうし。

 それこそ、人質になるとか、今の現場に何らかの関わりを持つ事になっているだろうし、なっていない方が確率的には低い筈だ。

 だって、黄昏区のA道路と、その周辺一帯の奴ら全員を一ヵ所に集めているのだ。むしろ、人質になっていない方が凄い。

 コイツラはそこまで事を大きくした。

 いなくとも、耳に入る。

 ならば、届く範囲になる。

 

 よりにもよって、裏議会の1つであるナイトマフィアに喧嘩を売った。売ってしまった。

 後二ヵ月もすれば、そろそろ裏議会は自動的に崩れ、裏議会を決める裏議会選挙ならぬ裏議会戦争が始まる。

 その最中ならば、喧嘩売ってもまぁ良いだろうに。

 なぜ、よりにもよって今売ってしまったのか。


(店長自身、心配していたのはこれだね。外部の奴らは分かっちゃいない。……いや、私も店長や水無瀬さんからこれだけは覚えておけって裏社会情報を貰っていたからこそ分かっているだけだけど。)


 わざわざナイトマフィアなんて現裏議会の組織に喧嘩を売る輩は、日和国の犯罪者にも住民にもいない。

 ナイトマフィアなんて、中瀬の様な裏社会の情報を手に入れる伝手が無い限り聞かない……なんてことが無い程に、有名だ。

 だからこそ、ナイトマフィアが関与しているかもと匂わされるだけでも十分有効だ。

 少なくとも、その地域一帯が、静かになる位には。

 だって、そこらへんで歩いている人がナイトマフィアの構成員だったり、フロントがナイトマフィアの企業の人かもしれないだろ?

 そんな人を人質に取ってみろ。

 舐めてる判定食らって即終わりだ。


(恐らく、警察組織がタレコミしたね。あの新聞社、下手な組織よりも物騒だから、容赦なく載せちゃうし。)


 外部からの犯罪率上昇でキレるのは警察組織であるエンブレイス警察と、エンブレイス交番だ。

 多分今回キレたのは、後者の交番の方。日和国全体の、住民達の日常を守る警察組織であるエンブレイス交番の方だろう。今回みたいな犯罪率の上昇ならば、エンブレイス警察なら嬉々としてロケランとか爆発物を持って牽制する。

 こんなやり口は恐らく、エンブレイス交番の方だ。

 今回の犯罪率の上昇で割り食ったのは、表社会の一般国民だから。

 そんな状況下で、国民を守る事を目的とする警察組織で、故に国民たちの生活に密接的に関与し、日常のいたるところにある小さな歪を修正する日常の守護者たるエンブレイス交番が、キレない筈がない。


 だからこそ、外部のものかどうかを判別する為にナイトマフィアの情報を流し、日和国の犯罪者を牽制しつつ、舐め腐っている外部勢力をナイトマフィアの琴線に触れさせ、ナイトマフィアに外部勢力を削ってもらう。

 こうする事で、他で起きている外部勢力の犯罪者集団への対応に忙しい中、ちゃんとした警告を強烈に行う事が出来る。


 外部犯罪勢力が、此処まで派手に動いているのは、裏議会による秩序を破る事の恐ろしさを知らないから。

 ならば、知ってもらおう。

 大きく、派手に。誰にでもわかるように。

 裏だろうが表だろうが、秩序を破れば終わりを迎えるだけであるということを。



 参謀、傀儡であろうリーダーも。

 それに付き従っていただけの構成員も。

 等しく、無情にも、一閃と言わざるを得ぬ美しき剣技の前に切り伏せられた。


「ふむ……。手ごたえがない。」

「此処まで舐め腐った事をしやがったんだ。てっきり歯ごたえのある奴かと思ったんだが……そうではないようだ。」


 黒いポニーテールの女性と、紳士服の男の目の前で、ナイトマフィアの琴線に触れた愚か者が死した。

 それと同時に、赤い髪の男と、青い髪の男を先頭に、数十名の武装集団が入ってくる。


「エンブレイス警察だ! 手を挙げろってうぉ!?」

「……ち。結局あの交番の狸の宣言通りかよ。」


 そういって到着したエンブレイス警察の前には、面倒事だけが残っている。

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