第2話 中瀬七氏(2)
うららかな春、穏やかな春。
ようやく春めいた弥生の頃。
今はきっとそういう時間なのだろう。
時季は春。爆発が沢山、少々変わった人達が出てきやすい季節。
それぐらい物騒な時期なのに、穏やかな時間を喫茶店アルカナで過ごしていた。
カウンター席には真っ白シルクハットをかぶった黒髪の常連男性と、お客がいるのに接客が終わったからと堂々とカウンター席に座っている中瀬が居る。
お茶菓子の饅頭を食べ、店長の淹れたお茶を飲む。
お茶菓子に出された饅頭は少し諄く感じるほどに甘いが、味の濃いお茶を丁度良く中和してくれる。饅頭の中身はつぶあんである。こしあんが良かったが、これもまぁ良い。
「店長、これって
「いいえ、
そういってリーフレットを一つ取り出す。
リーフレットには食賛区のお店の広告が沢山掲載しており、その中にある一つを指差す。
創立100年を超える和菓子店のようだ。お茶菓子にピッタリなものを中心に作り、安いものからお高いものまで、私用やビジネス、茶道用と、用途別にピッタリなものを作っている。ちゃんと予約すればオーダーメイドも承っているようだ。
「ああ。そっち……というか、よく行けましたね? 食賛区って変人の集まりで有名じゃないですか」
食賛区は食に関する事に関してはトップを争うレベルで高レベルの食を提供するお店が多く立ち並ぶ。もしも、食に関して困る事があれば此処に行けと言いたくなるレベルで、一切の間違いは無い。
ただ、悪食、美食、暴食、粗食……其々が自らの信じる"至高の食"を追求する為、些か、変人というのに相応しい者達ばかりである。
「確かにそうではありますね……。ですが、天才的な変人達は一ヵ所に集まっていますからね。そこさえ避ければ無事に手に入れられますよ。万が一を考えれば貴方に頼んだ方が良いのでしょうけれど」
「そうですよ。これこそ、私の力を必要とするべき!」
「でも貴方、お使い忘れそうですからね」
「眼鏡がありますから、ある程度は大丈夫です」
「そういって国民カードを何度も紛失したり壊したりしているの、誰ですかね? それで水無瀬さんに迷惑かけているの、誰でしたかね?」
「……」
「図星ですね?」
毎度口では勝てないのに挑んでしまった中瀬は黙り込む。
その様子を見た蛇頼はくすりと笑みを零すと、流れるように手元の新聞に目を向ける。
[
[
[
[日和自警団お手柄か
[議会の承認により外部との交通が簡易化に しかし一方で一部犯罪率の増加も]
[
[
[職人議会、クエラパスト完成]
[犯罪組織空中分解か 犯罪率1.5%上昇する可能性あり]
[
[
[お悩み事なら 宵闇の黄昏へ]
[
[やはり、春は爆発の時季 2月時点で47区の内12区で爆発事故多発 3月現在抑えられるか]
[羅生門、開かれるか? 闇市開催をケルベロスクウェンツァは懸念を示す]
[
[
[
[新薬か 鬼宴病院
[これで十二件目 人切カレンの後釜、人切ツグミの謎に迫る]
[
[如月議員、国税を横領か 日和議会は追求の構えを取る]
[
[
[
[
いつも通りの日常が新聞に書かれていたり、広告に載っていたり。
新聞に使われている写真に写る何人かは蛇頼の知り合いで、元気に生活しているのにホッとする。一部捕まっているが。
最近はほんの少しばかり物騒になってきた。
議会だの日和議会だの呼ばれる日和国の支配者とも言うべき存在達が、今までの方針全てをぶち壊すような、日和国外からの人が来るのを許可するという決定を下したからだ。
今までは、独立国みたいなものではあるが日本国の支配下にあるという形になっているからと、在日日本人位……それもかなり慎重に調べ上げた人物しか入る事を許さないという出るのも入るのも難しいというありさまだったというのに。
神秘のヴェールに包まれた秘密の事実上国を暴きたくなるのは分かるが、やんちゃが過ぎるような輩まで入ってくるようになった。
蛇頼が今回簡単なお使いを中瀬に頼まなかったのは、それが影響して物騒になってきたからだ。恐らく、直ぐに鎮静化されるだろうけれど。
眼鏡をかけてからは幾分かしっかり者になったが、それでも中瀬は何処か抜けている。
記憶がかなり抜け落ちているせいだろうか、時折、とんでもないことをしでかすのだ。
ファウルの淑女ばかりを描く微笑ましい犯罪者から。王女宮殿の様な傾城傾国の組織まで。
ありとあらゆる犯罪者が外の風に流されるように、毎日のように犯罪をしている。
まだ
だが、そろそろお使いの1つでも渡さないと中瀬は勝手に何処かに行くだろう。鬼宴病院の多動医者の如く動き回るから。
蛇頼は想像の容易い未来を思い描きながら、ふと1つのお使いを思い出す。
「中瀬さん、中瀬さん」
「はぁい?」
「この喫茶店が入っているビルの最上階が万仲介社なのは知っていますね?」
「うん。あの何でも屋さんでしょう。HSAT課や裁判外検非違使課とよく現場に鉢合わせては一緒になって暴れている」
「はい。あの何でも屋さんです。その何でも屋さんからお使いを頼まれていまして。此処、黄昏区にあるお菓子屋さんに行って、お菓子を持ってきてほしいそうです。既に注文と支払いも済ませて用意されているらしいので、これを持ってお菓子屋さんから万仲介社宛のお菓子の箱を貰って此処に持ってきてください」
「店長に渡せばいいの?」
「はい」
「分かった」
蛇頼が中瀬に見せた注文証明書を渡すと、スマホを見せてくる。
スマホに載っている電子地図には確かに近場のお菓子屋さんを示している。
「すぐに終わる」
「はい。なので、寄り道せずに素早く帰ってきてくださいね」
「はぁい」
中瀬は元気よく返事を返すと、椅子から降りてさっさと外に出ていく。
「いってきまーす」
「いってらっしゃい」
最後に言葉を交わし、扉は閉められた。
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