日和の国の中瀬さん

小箱癒切

【第一章】人生謳歌喝采

【第一節】中瀬七氏は帰宅する

第1話 中瀬七氏(1)

 生者か死者か。

 まぁ、そんなことはどうでもいいんだ。

 こうして生きている事が大事じゃあないか?

 過去を捨て、今を生き、未来へ行く。

 それの何が悪いってんだい。

――――――誰かの言葉。









 中瀬なかぜ七氏ななしは天授者である。

 中瀬は天授者てんじゅしゃの中でも珍しい、寵愛者ちょうあいしゃに該当する存在だ。

 天授者とは、異能みたいな超能力みたいな、兎に角そんな不思議な力である神苑天稟しんえんてんりんを持つ超人の事だ。

 即ち、中瀬七氏は超人である。

 但し、神苑天稟を碌に扱えないポンコツと言えるだろうが。




 中瀬七氏にとって、店長の蛇頼だよりは恩人である。

 店長は空風ビル一階にある喫茶店アルカナの店長である。

 昔はもっと違う名であったらしい。

 神苑天稟を碌に扱えず、生活するのに苦労し、行き倒れた中瀬を見て、拾ってくれた恩人だ。

 店長も神苑天稟を上手に扱えず、苦労していた時期があったらしい。

 不憫に思った店長は、色々な伝手を使って、中瀬に眼鏡を持ってきた。

 この眼鏡は特別で、中瀬の力を幾分か制御してくれる眼鏡だ。

 プロトタイプという奴だそうで、まだ既製品になっていないから、壊さないように、無くさないようにと言ってきた。

 神苑天稟を制御する小型の道具。それも身に着けられるやつは、まだ市場に出回っていないらしい。

 なんでそんなものを持ってこれたんだこの人と、中瀬は思いはした。

 だが、記憶を失ったり、戸籍が消えたり、市民カードが物理的にもデータ的にもどっか行ってしまうから有難く頂戴した。




 中瀬七氏にとって、水無瀬みなせ美瑠みるは苦労を掛けているお役所の人だ。

「天授者なら公共機関に無条件で雇ってくれるから、困ったらどうぞ。」

 そっけなく言ってくるが、水無瀬も天授者だから、中瀬と同じように苦労してきた人間だ。

 第六次神苑天稟大戦の、英雄の凱旋を切欠に神苑天稟も天授者の存在も広く……とはいかないが、それなりに知られている。詳しい事は知らないが、全人口の1割いるかいないか位の超能力者である、みたいな感じで。もしくは都市伝説や噂程度に囁かれるように。本当はちょっと違うけれど、まぁそんな感じに知られている。

 英雄の凱旋を切欠に、神苑天稟と天授者の重要性が分かり、政府や公共機関は積極的に確保に動いている。それこそ、天授者なら無条件で公共機関に所属出来ると。

 水無瀬はそういった無条件所属ではなく、ちゃんと試験を受けて公共機関に所属した人だ。英雄の凱旋前から所属しているベテランさんで、英雄の凱旋前から天授者を保護しようと動いていた人でもある。

 英雄の凱旋以降はその活動が実を結び、天授者を保護する部署の偉い人になった凄い人でもある。……ただ、天授者を保護する部署は、結構大変な部署なので、偉い人であるはずの水無瀬は窓口対応もしてくれる。

 水無瀬の神苑天稟は知らないが、どうやら中瀬のような神苑天稟の対となるような力らしく、水無瀬でなければ眼鏡無し中瀬の対応は難しいそうだ。

 だからか、中瀬を正しく認識できる水無瀬は、中瀬が来ればすぐに対応してくれる。

 大変だろうに、態々来てくれるのだ。




 中瀬七氏は、ポンコツである。

 中瀬七氏は、天授者である。

 故に、昔は苦労していた。

 だが、今はあまり苦労していない。

 忘却を繰り返した苦労の果て、中瀬はようやく落ち着ける場所を手に入れたからだ。

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