チャプター6:「窮す、最後の砦に引け」

 予備構築した第2交戦ラインの手前にある交差路。

 その各方向の向こうよりは、戦車や装甲車を中心とするエウスクナンド軍の部隊は押し迫っていた。


 交差路より西方に伸びる街路の向こうからは、回り込んできた突撃砲が。瓦礫の山を乗り越えて押し上げて来ている。

 今まさに配置に付いた、地上隊側の携行射撃噴進砲チームが。その突撃砲に向けて噴進弾を撃ち叩き込んだ瞬間であった。

 しかし。エウスクナンド軍の新型中戦車の派生型であるその突撃砲は、過剰なまでに堅牢な装甲を持ち。噴進弾はそれにあっけなく弾かれ、明後日の方向に反れ着弾して無意味な爆炎を上げた。


「あかんわコリャッ、噴進弾じゃ通らんッ!」


 その光景に、事実に。噴進砲の射手の隊員は、最早呆れに近い声を発し上げる。

 その向こうでは突撃砲上のキューポラに身を置く、少年と青年の間程のエルフの士官が。地上を掛け随伴しているオークの親衛隊下士官に、押し上げを命じているであろう身振りを見せている。

 迫る突撃砲との距離は、そういった様子が判別できる程だ。


「もういいッ、これ以上の延滞はいいッ!引いて、後退してッ!」


 そこへ駆け寄って来て発し上げたのはシャンツェ。彼女は自身の半自動小銃で、迫る敵への牽制射撃を加えながら、近場に残る隊員へ後退を支持する。


 それを受け、噴進砲のチームが場を離れ。

 殿としてその場に残っていた、中機関銃の第2チームが最後に場を放棄して後退する。


「――ッぁ!」


 その後退行動の最中、中機関銃チームに同行していたゴブリン系のトートゥが。元は後方事務の志望であった彼が、足をもつれさせて崩れ転倒。

 その際に落としてしまった弾薬ベルトを、慌て回収しようとする姿を見せる。


「トートゥさんッ、ベルトの一本二本はもういいッ!後退して、走ってッ!」


 それを見止め、シャンツェは彼を援護すべく戻り。銃弾を撃ちばら撒きながら、促す声を張り上げる。


「ッ、ゴメン……ッ!」


 自分の不手際を申し訳なく思っての謝罪を一声上げつつ、トートゥは起き上がり我武者羅の様相で駆け出した。




 銀年堂率いる隊は、戦闘地帯の全ての個所で後退再配置行動に転じていた。

 初期配置の各所を全て放棄し、後方の第2ラインへの後退再配置を急ぐ。


「引けーッ!第2ラインに引けェーッ!」


 ゴブリンリーダー系の隊員が交差路の一点で、自身の小銃を撃ち戦闘を行いつつ。後退を促す声を張り上げている。

 交差路の東方向街路の向こうには、最初に観測した装甲車2両の縦隊を中心とする。中隊規模の敵部隊が押し上げ迫っていた。

 各員はそれを横目に向こうに見つつ。交差路を突っ切り駆け、順に後退していく。


「ラーウォー、チト手ぇ貸せぃッ!」


 その内で、殿を務め延滞戦闘を行っていた銀年堂が。同じく殿に残り、腰だめで17.7mrw装甲射撃ライフルを扱い撃つという、ミュータントならではの姿を見せていたラーウォーに呼び掛けた。


「何か案がッ?」

「奴さんの残してった砲弾ぞッ、いくつかお見舞していくんじゃッ!」


 その装甲射撃ライフルを一旦跳ね上げての再装填行動を行いながらの、ラーウォーの尋ねる声に。銀年堂は端的に答えながら、事前に引っ張ってきて近くに置いておいた木箱を開け放った。

 この一帯は元はエウスクナンド軍の支配地域であり。地上隊がそれを追い出し解放した所を、エウスクナンド軍が再攻勢を仕掛けて来たという状況にあった。

 そのため、エクスナンド軍の残していった火器装備がいくつかあったのだ。


 木箱に詰まっていたのは、その一部である数発分の50mrw対戦車砲用の砲弾。

 銀年堂はその内の一発をおもむろに掴み出すと。なんと弾尾を叩き、そして遠心力を利用して次にはおもいっきり投擲した。


 えげつない剛力で投げられた砲弾は、迫っていた敵歩兵中隊の内に落ち、炸裂。近場に居た敵歩兵の数名を巻き込み殺傷した。


「ほい、ネクストッ」

「ぬんッ!」


 手を理解したラーウォーは、次弾を掴み弾尾を叩いて、それを銀年堂に投げ渡す。

 銀年堂はそれをまた思いっきり投擲、敵歩兵中隊に投げ入れまた爆炎を上げる。


「ほいッ」

「たんまり食らえぃッ!」


 さらに銀年堂は砲弾を受け取り、人力での砲撃投射なまでの投擲を敢行。さらにはラーウォーも自身でも、そのミュータントの剛力で砲弾を投擲。

 敵歩兵中隊に少しでもの出血を強い。極めつけには一発が、歩兵を援護していた8輪偵察装甲車に命中。完全撃破とまではいかなかったが行動不可能に陥れる事に成功した。


「――瘤さんッ、後ろォッ!!」


 しかしそこへ。丁度西方街路より駆け後退して来たシャンツェからの、知らせの張り上げ声が寄越された。

 そしてほぼ同時。

 銀年堂等の側方背後、交差路の北方。今先まで自分等が隠れ蓑のとしていた瓦礫の丘の向こうより、リィーオンⅨ重戦車が乗り越え出現。

 次には瓦礫を滑る降りるそれで、その巨体で迫り襲い掛かって来たのだ。


「戦車ァッ!!」


 誰かが叫ぶ。


「ヤバッ」

「限度じゃ、引けぃッ!」


 そしてラーウォーが零し、銀年堂が発し上げ。二人はまた踏み飛び出しその場より退避。瓦礫が積もり散らばる地面を駆け出す。


「ッ!」


 次にはリィーオンⅨ重戦車の車体機銃の銃撃が襲い、銀年堂等の周囲を掠める。


「ッぅ――!?」


 さらにだ。西方街路からは突撃砲に続き、3.7crw機関砲という凶悪な得物を載せた、対空戦車が続き出現。

 その砲火を容赦なくこちらへと向け、銀年堂等の周囲頭上をえげつないまでの十字砲火が掠め飛ぶ。


「駆けぃッ!急げェぃッ!!」

「死ぬ死ぬ死ぬ死んじゃぅってェッ!!」


 銀年堂が発し張り上げ、合流したシャンツェが一緒に駆けながら悲鳴に近い声を上げる。

 交差路周辺に残っていた全ての隊員が、バラバラとしかし一様に我武者羅のそれで、第2ラインを目指して駆ける。


 そんな所へ直後。リィーオンⅨがその主砲である11.1crw砲の砲口を上げた。


 戦車砲の砲撃は、交差路の角にある郵便局に直撃。

 そこに掩体途中であった、張り子の虎の114mrw無反動砲N1ごと、そこを吹っ飛ばした。


「無反動砲がッ!?」

「まずは、飛び込めェッ!!」


 張り子の虎である無反動砲の撃破された光景に、シャンツェが思わず声を上げるが。

 しかしながらもそれを横目に、銀年堂等は第2ラインを形成する瓦礫の小山を越え、その向こうへと飛び込み身を隠した。

 瞬間。瓦礫の向こうで三脚に据えられ準備を完了していた中機関銃N74A2が、敵に向けての射撃掃射を開始した。


「やっちくれたァッ!」


 なんとか遮蔽し身を隠し、掃射の機関銃の音を聞きつつ。そこで銀年堂も初めて、無反動を撃破された事実に悪態を吐く。


「チームはどうなったァッ!?」


 続け、無反動砲チームの安否情報を要求する声を張り上げる銀年堂。

 直後、それに答えるように瓦礫を越え、一人の隊員が飛び込み転がり込んできた。


「ゼホにクレウンかァッ!?」


 その姿を即座に判別し、発し上げる銀年堂。

 飛び込んできたのは科学者系の隊員。その彼の肩には、女ヘッドゴブリンの同僚隊員の身が担がれていた。


「っぁ……クレウンを見てください、重症です……ッ!他は、不明……!」


 ゼホと呼ばれた隊員は、自身も傷つき満身創痍の様相で。しかし担ぎ運んできたより重症の女ヘッドゴブリンを促し訴える。

 慌て数名の隊員が取り付き、彼らの手当てを開始する。


「すんません……ッ、無反動砲が……ッ」

「しゃべらんで言いッ、ようやったッ」


 続けゼホは、無反動砲を撃破されてしまった事を謝罪するが。銀年堂はそれ以上喋る事を咎め、宥めつつ安静にさせる。


「ッー」


 重戦車の砲撃に巻き込まれてのその惨状に。他の隊員等は戦闘行動を続けつつも、目を剥きあるいは顔を顰めた。


「――敵戦車及び歩兵部隊、交差路で合流中ッ!」


 瓦礫を少し掻き分け、ゴブリンリーダーの隊員が向こうの交差路を観察して動向を知らせる。


 交差路上ではリィーオンⅨ重戦車と突撃砲が、顔を突き合わせて合流。

 それぞれのコマンドキューポラ上には。重戦車には美少女に見える女エルフの、突撃砲には美少年に見える男エルフの親衛隊戦車兵が見え。

 声を張り上げ何かの調整算段を交わす様子が見える。


 そして次には、リィーオンⅨ重戦車の砲塔が旋回。その11.1crw戦車砲が咆哮をまた上げ、こちらの遮蔽する瓦礫の向こうすぐ傍で、着弾炸裂の衝撃と爆炎が上がった。


「――ッぅー……!」


 間近、すぐ向こうでの凄まじい衝撃炸裂に。

 シャンツェは、他の各員も頭や身を庇い、思わずの声を零し口を鳴らす。


「ッ、今の……仕掛けておいた爆薬も誘爆してるッ!」


 そして直後に、シャンツェが上げたのは動揺の混じる言葉。

 その言葉の通りだ。今しがたの敵の砲撃で、敵戦車を誘い込み撃破するために埋設していた爆薬が、誘爆無力化されてしまったのだ。


「やっぱりバレてたな」


 その傍らで、ラーウォーは自分の装甲射撃ライフルに再装填を行いながら零す。

 そこへさらに追い打ちを掛けるように、瓦礫のむこうでまたも砲撃が撃ち込まれ、衝撃と爆音が伝わり来た。


「ッ!――燻り出そうってかァッ?」


 ジェボが少し焦り苦く顔を作りつつ。分隊支援小銃を最早狙いもつけずに、ブラインド射撃で突き出しばら撒きながらも、面白くなさそうに零す。


 さらに、攻撃の手はその砲撃のみでは無い。敵部隊からの多数の銃撃や、機関銃の銃火が頭上を掠めていく。

 その上たまに手榴弾が投げ込まれ、手近の隊員が慌てそれを投げ返す状況が、先から発生している。


「第1チーム、機関銃銃身加熱ッ!替えがもう無い、制圧射撃継続不可能ッ!」

「噴進弾じゃ通らない、止められんッ!」

「碌に頭も上げられないッ!満足な応戦ができないッ!」


 各所各隊員から上がる、怒号に叫び声。

 状況は、窮地といってもよかった。

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