チャプター7:「予期せぬ決着、そして――」

「――トートゥ、二個班率いてこっから引けぃ」


 窮地に陥った隊。

 その最中で銀年堂が、瓦礫の麓で必死に予備弾を準備していたトートゥを指名し。そう指示の言葉を発したのはその時。


「――はい?」


 それに、すぐにはその意図が理解できず。トートゥは呆気にとられた声で見上げ返してしまう。


「数名、その気のあるモンは残れぃ――ここにて、〝捨てがまる〟時ぞッ」


 しかしそれにはそれ以上答えず。銀年堂が続けて発したのは――そんな手段の敢行を告げる言葉であった。


「ちょッ、えッ……何を、本気……正気ですかッ!?」


 それに異議を唱え声を荒げるはシャンツェ。


「本気も正気も戦では外に放れい――〝知恵を捨てて〟、臨むが戦ぞッ」


 しかしそれに銀年堂は、そんな回答を堂々なまでのそれで返して見せた。


「――ハァッ」

「ははッ」


 それを近場で聞いていた、トロルのジェボはゲンナリした様子でため息を吐き。

 フュンジェクはお約束のそれでも聞いた時のそれで、端的に笑う。

 ミュータントのラーウォーは他人事の様子で、しかし当然残るとでも言うように装甲射撃ライフルを手元に準備している。


「はぁぁ……今回もこうなるのか……ッ」


 そしてシャンツェもまた、気苦労のそれを隠すことなく露わにする様相で。そんな深いため息交じりの言葉を吐いた。


「聞いたねッ?残る面子は――まぁ決まってるから、他の皆は後退して連隊に合流してッ」


 そしてシャンツェは腹を括ったように様相を変え。他の各員に向けてこの場より後方への後退を支持する言葉を発した。

 最初は動揺と躊躇の色を各員だが。シャンツェが続けた「掛かって、急いでッ」と張り上げ促すそれを受けて、各員はそこから慌て急き、後退に向けての行動を開始した。


「初長、では自分もッ!」


 しかし負傷者の運び出し、火器装備の後送に各員が掛かり出す中。ゴブリンのトートゥは銀年堂に向けて、自身もこの場に残る旨の進言を発した。


「いかん。後退にも主導を取る門が必要ぞ、お前んさんはそれに当たれぃッ」

「ですが……!」

「議論はせんッ。お前んさんの役目ぞ、果たせぃッ!」


 しかし銀年堂はそれを拒否。

 トートゥは食い下がるが、しかし銀年堂はそれをピシャリと一蹴。自身に与えられた役目を果たすよう、叩きつける声量で発した。


「来たぞッ、敵戦車直近ッ!」


 そしてそれ以上の議論の時間は無いと言うように、ゴブリンリーダーの隊員が知らせる声を張り上げる。

 瓦礫の向こうを望めば、リィーオンⅨ重戦車がゆっくりとした進行行動で。瓦礫の山の抹真正面まで迫っていた。

 まるでこれ以上戯言に付き合う気は無いと、断ずるような様相。

 車上では女エルフの戦車長が声を発し上げ、随伴小隊などの各方へ指示を送っている様子が見える。

 歩兵を下がらせている隊形を見るに、戦車を前面に押し出しての、蹂躙踏み潰しによる決着を図る腹積もりだろう。


 不気味なキャタピタの擦れる金属音が、唸るエンジン音が。

 届く全ての音が、最後通告のように奏でられ迫る。



 ――しかし銀年堂筆頭の〝捨てがまる〟各員は、臆する様子など微塵も見せず。

 ――覚悟を完了させ。

 それぞれの火器を、得物を掴む手に力を込め。肉薄決着の、その時へと臨む。



「!」


 そしてその時、シャンツェが動きの気配に気づく。見れば、銀年堂が動いている。

 銀年堂は遮蔽を解くと、なんと瓦礫の上に堂々と立ち構えた。

 すぐ傍を掠め飛んでいく銃弾や機関砲弾をものともせず、悠然たるまでのそれで構え。そして銀年堂はその手の鯨包丁を、迫るリィーオンⅨ重戦車に向けて突き出し翳す。


「――さぁい――ここの通行量はァ、命という名のゼニやぞォ゛――ッ!!」


 そして咆哮の如き声量で、告げる言葉を向こうへと張り上げる。

 それこそ、最後の激突の合図かまでのように――ッ!



 ――轟音が。


 爆音が、予期せぬ、思わぬそれが轟いたのは、その直後瞬間であった。



「――ッ!!」


 そして瓦礫の向こうに見えたものに、光景に。

 銀年堂を筆頭に、各員は思わず目を見開く。


 その向こう。

 こちらを蹂躙する企みであろう様相で迫っていたリィーオンⅨ重戦車が。しかし、その後部エンジンより盛大な爆発炎上を見せているではないか。

 搭乗区画は無事だったのか、乗員が慌て飛び出し逃げていく様子が見える。

 それは目に見えてわかる行動不可能に陥った様子――撃破されたそれ。


「何がッ……どこからッ!」


 明らかな何者からの攻撃によるそれ。

 瓦礫に立つ銀年堂の足元で、遮蔽から匍匐姿勢で顔を覗かせたシャンツェが。撃破されたリィーオンⅨ戦車を見ながら、その正体を探るための声を発する。


「――こっちの、〝怪物〟のおでましぞ」


 それに答えるは銀年堂。

 銀年堂は鯨包丁を肩に抱え、堂々と立ち構えていた姿勢を悠々としたものへと崩しかえる。

 そしてその顔を、何か卿がそがれたとでも言うような色に染め、その声色は尖り静かながらも「やれやれ」と言ったようなもの。


「ひょっとして――あッ!」


 その言葉に察する所賀あり。続けてシャンツェは正面の交差路上の光景の変化に気づく。

 押し上げ迫っていた敵エウスクナンド軍部隊が、混乱狼狽に陥る様子を見せている。そしてそれは見るに、リィーオンⅨ重戦車の突然の爆破炎上による所だけではない。

 彼らの視線意識は、交差路より東へ延びる街路の向こうへ向いている。そして慌てる様子で銃火攻撃を向けるが、次には場より逃げる様相で離れて引く姿を見せる。


 そして――ヌッ、と。


 東へ分岐するT字路の建物の影から、巨大な鋼鉄の存在――戦車が姿を現した。


「ッ!N83A3戦車ッ!〝航空宇宙軍の飛行場警備隊〟ッ!」


 シャンツェその正体の詳細をすぐに判別し、その所属と合わせて名を口にした。

 現れたのは巨大な身体に青系統塗色で荒い迷彩を描き、大口径長砲身の戦車砲を搭載した――重戦車。

 それは中央海洋合同体の空軍組織――航空宇宙軍の地上戦闘職、飛行場警備隊が保有運用するもの。


 すなわち、友軍の到着の証明であった。


 位置関係的に、そのN83A3戦車は敵エウスクナンド軍のリィーオンⅨ重戦車を仕留めたことは明白。

 そして、その砲塔に備える凶悪の権化たる130mrw戦車砲を、旋回照準して次には敵突撃砲へと向ける。

 敵突撃砲側も慌て信地旋回での体勢変更で、照準応戦しようとしていたが。N83A3の照準は僅差で早く――直後にはその砲が轟音を唸らせた。

 側面を晒す形となっていた突撃砲は、その後部エンジン部に130mrw砲の直撃を受け、エンジン部より爆発出火。撃破され、戦闘行動不可能に陥った。


 さらにそこへT字路の影から、N83A3の行動に合わせるように、多数の人影――歩兵、隊員が駆け出て姿を現す。


「強襲隊――強襲群集団だッ!」


 それにまたその正体名称を口にするシャンツェ。

 N83A3戦車と似たように、青系統を基本とする作業服や迷彩服に身を纏うは――航空宇宙軍の内に編成される〝強襲隊〟と呼ばれる職種兵科。

 諸外国の言葉で表現するなら、空軍空挺。

 その強襲隊の隊員、部隊が現れ。N83A3と合わせての、戦闘行動を展開開始したのだ。


「来やがった――いいトコ持っていきやがったッ!」


 瓦礫の背後向こうからは、歓迎と皮肉を混ぜたジェボの張り上げた声が聞こえる。

 見れば銀年堂等の背後後方、南に延びる街路の向こうからも。中戦車を中心とするその強襲隊が向かってくる様子が見えた。


 友軍、増援の到着に。少なからず沸く隊員等。


「ハァッ――」


 しかし銀年堂はと言えば、引き続き興が覚めたとでも言うような表情で、人声を零すと。

 経ち構えていた瓦礫を降りて、その前で鎮座炎上するリィーオンⅨの元へと歩み寄った。



『――……ッ、おのれッ』


 リィーオンⅨ重戦車の車体の元、そこに見えたのは。命に別状は無いながらも、万全とはとても言えない様子の一人のエルフの美少女。

 先に見えたリィーオンⅨの戦車長だ。


 自身の重戦車を撃破されたことから、憎々し気な色を顔にいっぱいに作りながら。何か片手を祈るような形に作っている。

 彼女がその身に宿し体得する、強力な『魔法』をこの場で発動する腹積もりだ。


「……ッ!?」


 しかしその彼女に、スっと影が差し気配を伝える。

 見上げればそこには、〝いかちく〟インパクトの凄い一人の存在――銀年堂が立ち構えていた。


『ッ!おのれ、海洋の穢れた――ッ!』


 目の前に現れた敵に。エルフの彼女はすかさずその魔法発動の準備を完了させた腕を、銀年堂向け突き上げようとした。

 しかし――


 ――ドグッ、と。そのまえに鈍い打撃音が響いて上がった。


「ぎゃんっ!?」


 何か、痛ましくもどこか可愛らしさを含む悲鳴が上がる。

 見ればエルフの女の、ツーサイドアップに結った髪が映える美麗な頭の脳天に、銀年堂の手刀がまったくの容赦の無い様子で落とされていた。


「ふぎゃ……――」


 そしてエルフの女は、地面に突っ込むように突っ伏して気を失う。


「大将の身柄くらいは、上げとかんとな」


 そんなエルフの女の身を見下ろしながら、淡々と紡ぐ銀年堂。

 それは今のような機会に恵まれた以上は、敵指揮官クラスの確保拘束が要である事をくちにするもの。

 しかしその銀年堂の顔は、やはりどこかつまらなそうだ。


「――無事か?地上隊」


 そんな所へ、背後より銀年堂に声が掛かる。

 振り返り見れば、そのすぐ近くに移動して来たのだろう、件のN83A3の巨体が停車している。

 そしてその砲塔のコマンドキューポラ上には。車長であろうゴブリンリーダー系の航空宇宙軍隊員の姿が見えた。その戦車隊員用ヘルメットには、職儀(諸外国の少佐)の階級章が記されている。

 掛けられた言葉はそのゴブリンリーダー系の車長からであった。

 さらに戦車の向こうでは航空宇宙軍、強襲隊の隊員等が押し上げ、敵エウスクナンド軍を追い返し追撃し。同時に周辺の建物の確保に掛かっていく様子が見える。

 そして同時に銀年堂の近く周囲をまた、後方より到着した隊員等や中戦車が駆け抜けていく様子がある。


「えぇ、おかげさんで」

「すまない、遅くなったな。これでも無理して出動し、押し上げて来たんだ」


 その最中で。

 掛けられた声に肯定で返した銀年堂に、ゴブリンリーダー系の車長はさらに告げる。


「いぃぇ。航宙さんには、借りができた」


 それに銀年堂は、どこかまた「やれやれ」と言った様子を隠しもせずに帰す。


「あぁ――一番の盛り上がりを持って行ってしまい、それこそ悪かったな。しかし貴官等の活躍は何物にも代えがたいものだ」


 その銀年堂の心内を、すぐに察し気づいたのだろう。

 ゴブリンリーダー系の車長は、少しの皮肉と冗談の色を混ぜてだが。しかしそんな評する言葉を続けては寄越して来た。


「えぇぇ、誉としときます」


 それには銀年堂も。思うところあるが突き返すのも野暮かと、正直に受け取る言葉を返す。


「衛生隊から一個班、そっちに行かせる。後は我々に任せ、身体を休めるんだ」


 その返答を受けたゴブリンリーダー系の車長は、最後にそう連絡と促す言葉を降ろす。


《――5-5、シティゼト職儀。北西区域に残存確認、援護に向かえ》

「と――5-5了解だ。これより向かう――ではな、地上隊」


 そこへ指示要請の通信が入った様子で、ゴブリンリーダー系の車長はそれに返信すると。

 最後に銀年堂に一声を寄越し。

 そしてキャタピラを鈍く鳴らして動き始めたN83A3に揺られながら、街路の向こうへと進み去っていった。




 友軍、航空宇宙軍の地上部隊各隊の到着。反抗から押し上げによって、交差路の一帯は後方となった。

 少なからず傷ついた銀年堂率いる隊は、正式に整理再編成と休息の指示が本部よりもたらされ。

 今は一時の休息の時に遭った。


「――えらい(しんどい)戦いでしたね……ッ」


 銀年堂等が最初に配置地点に選んだ瓦礫の上。街路の向こう一帯を見渡せるそこで、シャンツェはしゃがみ水筒を煽りながら、そんな一言を紡ぐ。

 声を掛けるは、その横で堂々の姿で立ち構える銀年堂。


「奴さん連中の企みは、こん地で挫いた。終わりは遠くは無か」


 その掛けられたシャンツェからの言葉に、銀年堂は返す。

 エウスクナンド軍の反抗攻勢作戦は、中央海洋合同体の各隊が各地で展開する抵抗延滞の戦いによって。その企みを乱され挫かれつつあった。

 敵の作戦が瓦解するのは、時間の問題と見られた。


 ちなみに先の拘束した美少女エルフの戦車長や。他に突撃砲の美少年エルフの戦車長などの拘束に成功しており。今は近くの役所建物内で事情聴取が行われている所だ。

 エウスクナンド親衛隊士官、ましてや気高いエルフ種という事もあり、拘束されて尚その彼や彼女の態度姿勢は高慢で一筋縄ではいかぬもののようで。

 今先にはそれに立ち会っているトロルのジェボが、ゲンナリした色でそれをボヤいていった所だ。


「これが、終わったらどうなるんです?」


 そんな状況を鑑みつつ、シャンツェが続けて発したのはそんな言葉。

 それは、敵エウスクナンド軍の攻勢を阻止した後に、動き流れを尋ねるもの。


「知らんのか?」


 それに、銀年堂は引き続きの立ち構える姿勢で、一言を一旦置く。

 そのタイミングで、上空を轟音を立ててシルエットが飛び抜け通過。向こうの空に二機の友軍機――航空宇宙隊、航空団の。二重反転プロペラを備える大型ターボブロップ戦闘機が飛び去って行く。


「おい等からの、ドでかい反抗攻勢が始まる――」


 その戦闘機を含めた向こうを光景を仰ぎつつ。

 確たる様相口調と合わせて。

 銀年堂は、その答えを紡いで見せた――



 彼らの苛烈な戦いは、まだ終わらず。

 これよりが巨大な反抗の時を迎えるのだ――

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