チャプター4:「狙撃と、戦場での祈り」
協会鐘楼の頂上空間。そこには斥候と高所攻撃を担当する1チームが配置していた。
「――私はラクムハッタの作りし子――その加護を宿す子――」
その内で、一人の隊員が言葉を紡ぎながら――狙いを澄ましていた。
フュンジェク JJという名の、科学者系の彼。
その尖り厳つくも、同時にスマートな印象を受ける顔立ちと体躯が特徴。
その彼の手にあるは、狙撃銃――地上隊では〝長距離射撃銃〟と区分される銃火器。
高精度のスコープを搭載したボルトアクションライフル。名称は、7.62mrw長距離射撃銃 Gsn3b。
それを手中に構え、スコープを覗き。
「成し遂げるべく力を持つ子なり――誉、咎、あらゆるをアーダムトの教えにより受け入れる子なり――」
そして自身の信じる神仏への、祈りの言葉を紡ぎながら。
自身の担う役割を成し遂げるべく、その〝標的〟を探していた。
対する、エウスクナンド装甲大隊の側。
待ち伏せに対して応戦行動を繰り広げ、大隊の各員が声を張り上げ銃声を響かせる中。
街路の向こうの交差路。そこより街路を良く見通せる、角の建物家屋の上階に、身を潜め置く一人分人影があった。
「――主よ、お赦しください。異なる地の異なる民を打つべく、授かりし加護にて力を振るう事をお赦しください」
潜み身を置くは、エウスクナンド陸軍親衛隊の軍服姿に身を纏う、一人の青年エルフ。女とも見まがうその顔立ちを、しかし真剣な様相に染めている。
彼が片手に手にして覗くは、小銃用の狙撃スコープ。
しかしそれだけだ。銃本体も無ければ、そのもう片方の手はただ空き、祈る形で握られている。
それこそ、〝魔法狙撃兵〟の形。
銃は必要ない。
エルフの彼がその身に宿し体得する、風の魔力で、風の魔法で。それをもって怨敵の貫き屠るのだ。
今しがた、彼はそれを持って敵の一人に重傷を負わせ行動不可能に陥れたところだ。
「そして願わくば、主のお力添えをお与えください――」
そして祈る言葉をまた紡ぎながら、彼は次なる標的を探す。
苛烈な戦闘が繰り広げられる一帯では、その時いくつもの祈りの言葉が紡がれていた。
「――御天道様、咎と過ちの多い私の人生を、お見届けください……この小さな私の最後をお見送りください……」
地上隊側の後方、家屋の遮蔽の影では。重傷を負い運び込まれたヘッドゴブリン系の隊員が。か細い声色で自身の神へ祈りの言葉を紡いでいる。
応急手当を行う同期の隊員が、必死に気付けの言葉を降ろしているが。ヘッドゴブリンの彼はそれを朦朧とした意識で聞きながら、ただ祈りの言葉を紡ぎ続けている。
「――アダムソワリカ、シュンムトゥ――セワン、トルツブフカナ……――ッ」
エウスクナンド軍の側では、匍匐前進で瓦礫の中を進む女オークの擲弾兵が。彼女の故郷の言葉で祈りの言葉を捧げている。
それは彼女の神へ、この時ばかりの力の加護と幸運を願い。同時に愚かな戦争という行為への慈悲を乞うもの。
「ご先祖様、お爺さん、お婆さん、どうかお守りください――この残酷な行いの中に、僅かでも救いがありますよう、お力添えください――」
また地上隊の側では、瓦礫に匍匐遮蔽して小銃への給弾装填行動を行う最中の、科学者系の一名の隊員が。
同時に自身の先祖へ、昔に仏様となった家族への祈り願う言葉を紡いでいた。
「――見つけた」
いくつもの祈りが紡がれる戦闘地帯の中に。
鐘楼上よりスコープの覗き捜索行動を行っていたフュンジェクは、ついに自分が仕留めるべき〝標的〟を見つけた。
街路の向こうに見える、交差路の一角に建つ家屋建物の上階。
そこに、一瞬だけ微かに反射した相手のスコープの光と。薄暗い家屋の奥にしかし浮かび上がる、輪郭が見えた。
「今が成し遂げる時。ラクムハッタの導きがあらんことを――」
そして祈りの言葉を一節を終えると同時に、フュンジェクは一瞬だけ息を止め。その狙いを確かなものとする。
そしてスコープのクロスに向こう輪郭を捕らえ、長距離射撃銃の引き金を引いた――
「――ッ゛――」
エルフの魔法狙撃兵の、首元に近い胸部を、衝撃が叩き貫いた。
通り抜ける勢いのそれに、彼は微かに身を揺らし撃つ。
自分は撃たれたのだ、と――理解と同時に、彼の意識は途絶えた。
胸部に真っ赤な花を咲かせ、スコープを手中より零して落とし。彼は家屋の床へと崩れ落ち、横たわる。
そして床に広がりできる血の水たまり。
それらの光景が。采配がフュンジェクの側に上がった事を表していた――
「――未だ道半ば、成し遂げる頂には遠き道――どうか子に力をお貸しください」
敵エウスクナンド軍側の魔法狙撃兵を排除無力化し。フュンジェクはボルト操作で長距離射撃銃に次弾を再装填。
そしてフュンジェクは自身の役割、脅威度の高い敵兵種の排除を続けるべく。祈りながらさらにスコープを覗き索敵を行う。
次にフュンジェクが見つけたのは、地上を汎用機関銃を担ぎ。重そうに、しかしできる限りの速さで懸命に駆ける、若い犬獣人のエウスクナンド兵。おそらく火点と定めた場所に設置しに行く途中。
それを高精度スコープのクロスに捉え――引き金を引いた。
甲高い音が響き、次には若い犬獣人の兵は汎用機関銃を落とし。首元から血を噴き出して、膝を折り地面に崩れた。
「咎は受け入れる覚悟、恨みに憎しみを受け入れる覚悟――しかし今だけはお力をお貸しください」
フュンジェクはまた祈りながら、ボルト操作で長距離射撃銃に次弾を再装填。そして照準を移動。
次に狙うは、瓦礫の遮蔽から身を出し、命がけの観測行動を行っているエウスクナンド軍親衛隊の青年士官。見るに小隊長クラス、銃では無く魔導書を手にしている所を見るに――〝魔法使〟。
魔力を持ち魔法を扱うことのできる、科学者と対になるヒト。
その青年魔法使士官をクロスに捉え――また引き金を引いた。
青年魔法使士官の心臓に近い肩部に、狙撃は命中。青年士官はもんどり打ち、地面に叩きつけられるように倒れ。空を仰ぎ動かなくなった。
「どうか貴方の神の元へ導かれんことを――」
また祈りながら、フュンジェクはさらなる索敵の動きから、次の標的を捕まえる。
それは闘牛の特徴を持つ、屈強ながらも美麗な女獣人。力強く駆ける闘牛の彼女のその手には、エウスクナンド軍の用いる対戦車携行火器。
こちらの陣地に向けて叩き込む腹積もりだろう。
しかしそれを成される前に、フュンジェクはスコープに闘牛の女獣人を捕まえ――引き金を引いた。
側方、首元より胴までその屈強な身体をしかし貫通され。闘牛の女獣人は駆けていた勢いのままもつれ崩れ、地面に突っ込んでその果てに動かなくなった。
「今はお見守りください、この未熟な者の過ちをまだお見守りください――」
また祈り、再装填し。
そしてフュンジェクはさらなる標的を探し、視線を、銃口を動かす。
「――ッ」
しかし、〝それ〟に。その存在とその動きを見止め気づいたのはその時。
伸びる街路の向こうの交差路の、その家屋の影より。一両の半装軌装甲車輛――装甲ハーフトラックが姿を現した。そのハーフトラックは現れると同時にハンドルを切り、進行方向をこちらへと向ける。
そして、そのハーフトラックの荷台に見えるは――長砲身の対戦車砲。そのハーフトラックは対戦車戦闘仕様のもの。
そして次には、その荷台上の対戦車砲が仰角を取り。その砲口がこちらを――鐘楼を、フュンジェクの方を向いた。
「――ウォッシュさんッ、退避だァッ!!」
鐘楼に一緒にいた斥候要員の隊員に、怒号の勢いで張り上げ。直後にはフュンジェクは跳ね飛ぶように床を蹴り、駆けだしていた。
相方の斥候要員は事態は想定していたと言うように、今の鐘楼頂上空間より垂らしていた降下用ファストロープに、宙に飛び出す勢いで掴まり直後には落下の勢いで消える。
そしてフュンジェクも続くように同じく、鐘楼をより中空へ飛び出し、ロープを掴み捕まえ直後には身を振り回しながら落下降下。
――爆発爆炎が。真上で、今さっきまでいた鐘楼空間で巻き起こり包み。
熱と衝撃と破片が微かにフュンジェクを掠め伝える。
「ッ――!」
襲うそれに微かに顔を顰めつつも、しかしフュンジェクは構っていられぬと意識を切り替え。
ロープを確かに握り掴みながら、落下のそれの効果で地面を目指した――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます