第9話

「エイム、その女誰!? 事務所の人じゃないよね。そんな女いないよねッ」


 そういったのは、最初に顔を見せた女子高生っぽい子でした。

 この子、事務所のスタッフまで把握はあくしているの?


 だけど、エイムくんの家族構成は公表されていません。亡くなったお母さんがモデルをしていた。一般人にわかるのはそれくらいです。

 お父さんが会社を経営していることも、そのお父さんが最近再婚したことも、みんなは知らないの。

 私だって関係者じゃなかったら、そんなの絶対わからない。


 と、階段を開けて左右に分かれたファンの中から、


「エイム……くん」


 ネルネさん? 大柄な女性が、ふらっと前に出てきました。

 呆然としている感じ。目の焦点が合ってません。だけどその人は、疑いようもなく私を見ていました。

 見ているのは詠夢くんじゃなく、私。


 この人はネルネさんだ。コミュニティで何度も「会話」したことのあるネルネさんだ。だから安心していい。

 そう思おうとしましたが、彼女の普通じゃない表情に私はおびえてしまいました。


「行こ?」


 私は詠夢くんの背中を押して、進むことをうながします。


「ちょっとお前ッ! なにエイムに触ってんのッ」


 誰かが叫びました。その声を合図に、左右に分かれていた人たちが集まってきます。

 そして、後ろから押されたネルネさんが、私にぶつかってきました。

 彼女は私をはじくようにして、つんのめって階段へと近づいていきます。


(危ないっ!)


 私よりも、彼女が。

 数段しかないけど落ちたら大変。こんなぼ~っとした状態だと、軽いケガじゃ済まないかもしれない。

 私はとっさに、ネルネさんを支えようとしました。

 けど、


(おっ、重い……っ)


 体重が2倍はありそうな彼女を、非力な私が支えられるわけもなく、


「きゃあぁっ!」


 階段を転がってしまいました。

 ネルネさんじゃなくて、私が。


 10段ほどですが結構勢いよく落ちちゃったから、身体中が痛いです。


(ネルネさんは!?)


 見上げると、彼女が階段の前で転んでいるのが見えました。


(よかったぁ〜、落ちてない)


 階段の下でうずくまる私へと、


「姉さんッ!」


 詠夢くんが階段をジャンプして、駆け寄ってきます。

 なんで来ちゃうかな。それに「姉さん」って呼ばないの。あなた、家族構成は非公開でしょ。


「大丈夫!?」


 心配してくれるのは嬉しいですが、そんな場合じゃない。むしろ今「悠木エイム」が心配するべきは、私じゃなくてネルネさん。

 私は明らかに関係者ですが、彼女はファンでしょ。


『悠木エイムくんは、ファンを大切にしてる子』


 そういうイメージがあるの、ファンの中ではね。もしかしたら、エイムくんは知らないかもだけど。


「う、うん、へいっ……ぎぃいぃッ!」


 ビキビキビギギィッ!


 足っ、足があぁッ!


 少し動こうとしただけなのに、右足からの激痛が私の意識を刈り取ろうとした。


(あ、あれ? これ、ヤバ……い?)


 急激な寒気と吐き気。身体に異常があることは間違いない。もしかしたら、足……折れてる?

 骨折したことないからわからないけど、こんな身動きが取れないほどの激痛は初めて。


「姉さんッ!」


 そんな心配そうな、大きな声出さないで。みんなが不安になっちゃう。

 だけど私はあまりの激痛で声が出せない。顔が歪む。こんな顔、詠夢くんに見せたくない。だけどそんな余裕はなくて、


「はっ、はぁ、ひぎぃいッ」


 や、やばい、気絶しそう。

 朦朧もうろうとする私の目に、ギャラリーへときびしい視線を向ける「詠夢くん」が写り、その姿が私の意識を覚醒かくせいさせる。


(ダメですっ! この人たちは私の仲間なんです。みんなエイムくんが好きで、夢中で、それだけなのっ。エイムくんはそんな顔しない。みんなに、私にそんな顔を見せないでっ!)


 私は痛みをこらえ、というかないものにして弟の顔を見る。


「え、詠夢……あなたは、悠木エイム……でしょ。やるべきことをして。カッコいいエイムくんを、お姉ちゃんに見せて」


 痛いっ、としか言えない。

 だけど耐えないと。これ以上、問題を大きくするわけにはいかない。


 詠夢くんは……ううん、エイムくんの顔をした弟は、


「動かないでくださいね」


 私に微笑みかけると階段を登り、


「おケガはありませんか?」


 転んだままのネルネさんに寄りそって声をかけた。

 頷くネルネさんに、


「よかったです」


 そうつげると、彼は集まったみんなを見て、


「ごめんなさい、みなさん。応援しにきてれくたのに、撮影はもう終わったんです。これから次のお仕事があって、僕、行かないといけないんです」


 頭を下げました。


 無言で立ち上がるネルネさん。その視線が私に向けたれたようにも思えたけど、痛みに耐えるのに必死でよくわからなかった。


「ジャマしてごめん、エイムくん」


 ファンの誰かが言った。


「いいえ、撮影は終わってるので大丈夫ですよ。僕を見に来てくれてありがとうございます。嬉しいです」


 私からは彼の表情は見えなかったけど、きっと微笑んでるよね。わかるよ、想像できる。

 そしてエイムくんは、再び私に駆けよると、


「ほら、姉さん。歩ける?」


 手を差し伸べてくれた。

 うっ……それは嬉しいけど、ちょっと立てないかな。


 動けない私を、火角さんが支えて起こしてくれる。痛いので、もう少しゆっくりでいいですか?

 そして左右からエイムくんと火角さんが、私の腕を肩に乗せてくれました。


「エイム、その人って……お姉さん、なの?」


 誰かが言う。その疑問は当然だ。そっち側にいたら、私だって思っただろう。


「はい、僕の姉さんです。でも、内緒にしてくれませんか。ここにいるみんなの秘密です。姉さんって、目立つのが好きじゃないんです」


「う、うん……わかった。エイムにお姉さんがいるなんて、誰にも言わない。みんな言わないから、安心して」


「はい。みなさん、ありがとうございますっ!」


 彼が見せてくれたのは、私が大好きな「エイムくん」の笑顔。


(よかっ……た。これでみんな、安心できる……よね)


 私の記憶はここまで。

 詠夢くんの話によると、途中までは「ダイジョーブ、ダイジョーブ」とか言いながら支えられて歩いていたけれど、いつの間にか気を失っていたらしい。


 ぜんっぜん、覚えてない……。

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