第10話

 気がついたら翌日で、病院のベッドの上。

 結局、右足のスネ辺りを骨折していた。覚えてないけど、ちょっとした手術もしたそうだ。


 入院は最低でも二週間。完治には50日以上かかるらしい。私、こんな大怪我したの初めてなんですけど……。


(大学どうしよう? それに家のことも……)


 ママが「お金のことは心配いらない」って言ってくれたけど、心配してるのはお金のことだけじゃないんだけどな。

 むしろお金の心配なんて、言われるまでしてなかったよ。


 病院のベッドの上。ギブスをはめられた右足を吊られる私に、


「ごめんね、姉さん」


 それ今日だけで何回目? 聞き飽きた詠夢くんのセリフ。


「困ってる弟を助けるのは、お姉ちゃんの特権です」


 これは言い飽きたセリフ。


「うん。ありがと」


 そうですよ。「ごめん」より「ありがとう」です。

 少しの沈黙ちんもくのあと、彼は私を見つめて、


「カッコいい僕を、姉さんに見せられたかな」


 不安そうなお顔をした。

 もちろんです、カッコよかったです♡ 私の中のエイムくん、そのままの行動でした。ステキでした〜。


「はい、とってもカッコよかったです。れ直しました。あっ、いえ、ずっと前からしてますけど」


 ……って、ぅあぁあっ! やっ……ちゃっ……た? 心の声をだだれにさせちゃった!?

 麻酔が! 麻酔で頭がぼ〜ってしてるから!


 詠夢くんは、少しだけエイムくんの顔になって、


「やっぱり姉さん、まえから僕のこと知ってたよね?」


 これは、ごまかしようがない……よね?

 頷くしかなかった私に、


一昨年おととしのイベント、来てくれてたよね? 花を渡そうとしてくれたけど 僕、受け取れなかった。あのあと遠くから自撮じどりしてるみたいだったから、ピースしたんだよ? 写ってた?」


 花を渡そうとしたのも? そ、そこまでバレてますか!?

 でも、私を覚えてくれて……って、ピースした?


「あれって、私にピースしてくれたんですか!?」


「うん。よかった、写ってたんだ」


 そう……なんだ。

 でも、


「……どうし……て? どうしてあれが私だって、わかった……の」


 私あの日、めっちゃオシャレしてた。「あなた、誰ですか?」って鏡の中の自分に思ったくらい、変装してた。

 なのに、なんで?


 見つめる私に、詠夢くんはエイムくんの顔で笑って、


「こんなに可愛くてキレイな人、他にいないからだよ」


 可愛い? キレイ?

 それって、どういう意味……ですか。


「顔赤い。照れてる?」


 いたずらっ子みたいな、こどもっぽい笑顔。私のスマホに保存された、お守りにしている彼の写真と同じ顔。


 心臓が、苦しい。足だって痛むのに、胸まで苦しくしないでよ。


 もう、どうだっていいです。ファンなのもバレたようですし、はっきり言ってやりますよ! 言わないとわからないんです、この子。


「はい照れてますよっ! とってもカッコいい弟がですね、可愛いとかキレイとか言ってくれたのでですね、お姉ちゃん恥ずかしいんですっ! 嬉しいんですっ」


 私の顔、さらに真っ赤だろうな。心臓バクバクだし。


「嬉しい……の?」


「う、嬉しいですよ」


「僕にキレイって言われて、姉さん嬉しいの?」


「ですから、嬉しいですって」


 今度は彼が、お顔を真っ赤っにしました。

 なぜあなたが照れるんです? あなたが言い出したんでしょうが。


 視線と顔をそらし、詠夢くんが言います。


「姉さんから見たら僕は子どもだって……相手になんかしてもらえないって、思ってた」


 なにを言ってるですか、この子は。


「詠夢くんはカッコいい男の子でしょ? だから芸能人してるんでしょ」


「そうだけど、そういうことじゃなくて……」


 彼は私へと視線を戻し、


「姉さんは僕を男と思ってないって、思ってたから」


 真面目なお顔をしました。

 やばいです、心臓が圧迫されて息が苦しいです。


「ど、どういう……意味ですか?」


 期待してしまうんです……けど。なにもわからないほど、私も鈍感じゃないんですけど。


「だから、僕のことなんて意識してないって思ってた。僕は姉さんをステキな人だなって、優しいし、美人だし」


 ごくっと、私に音が届くほど強く、彼は唾液を飲みこんで、


「大好きって、思ってた」


 私が期待していた通りの言葉をくれました。


「なっ、なっ……」


 期待はしていましたが、反応を返せるという意味ではありません。

 慌てる私に、


「そんなに照れた顔してもらえるなら、僕にも希望ある? 姉さんも、僕を恋人にしたいって思ってくれる?」


 姉さんもってなに!? 「も」ってなんなのっ。

 か、顔っ! 近いっ、近いぃ~。


「僕は姉さんが好きだ。姉さんは僕のこと、どう思ってくれてるの?」


 ど、どうって……それよりまた「好き」って言った! その好きはどう解釈すればいいの、私の解釈であってるの?

 これって私、「告白」されてるの!?


「聞いてるんだけど」


「なに……を」


 でしょうか。


「僕、姉さんの恋人になれる?」


 そ、それは、私たち姉弟といっても血は繋がってませんし、結婚も……結婚もできますから恋人にはなれるでしょうけどっ!


「いやなら、はっきり言ってほしい。僕は気持ちを伝えたよ」


 言わないというか、言えないというか。


「黙ってるなら、いいように取るよ。僕の気持ちを受け入れてくれるって思っていい?」


 ほんの近く。彼のお顔をこんな間近にするのは、きっと初めて。

 キレイなお顔。まつ毛長いな。男の子なのに、なんでこんなにお肌ツヤツヤなの。


「僕、言ったからね。姉さんが好きだって、恋人にしたいって」


 さらに、彼のお顔が近づいてくる。

 このままだと、くっついちゃう。


(お姉ちゃん、あなたにキス……しちゃうよ。いいの?)


 はわぁっ! いいわけないでしょ!? 私、なに考えてるの。

 動けない私は、ギュと目を閉じることしかできなくて、


「それは、キスしていいって意味?」


 え……? ち、違います、そんな意味じゃなくてっ!

 その言葉に驚いて瞼を開くと同時に、


「んく……っ」

 

 私は詠夢くんに初間接だけでなく、初めての直接キスも奪われてしまいました。


    ◇


 私にとって「悠木エイム」は憧れの芸能人ですけど、「草乃詠夢」は弟で、恋人です。

 彼と私が恋人関係になって、もうすぐ1年。エイムくんのファン仲間にはもちろん、両親にもバレないようにしていますが、どうなんだろ? ママが気づいてないとは思えない。


 リビングダイニングでソファーに座り、タブレットで動画を見ていると、


「ただいま、姉さん」


 今度、出番は多くないですがエイムくんは映画に出ます。その撮影で3日間留守にしていた彼が帰ってきました。


「お仕事、楽しかったですか?」


「うん、楽しかった」


 エイムくんは、映画の主人公の娘の恋人役です。彼が恋人役を演じる子はアイドルで、私でも名前を知ってるほどの有名人。

 ロリロリしてて、私だって「かっ、かわいい♡」と思ったほどの子です。


 だけど、「エイムくん」がどんな可愛い子の恋人役を演じようと、不思議と気になりません。

 これが「詠夢くん」だったら、私は暴れるほど嫉妬するでしょうが。


 詠夢くんが手にした荷物を床に置いて、私が見る動画を覗いてきます。

 私が見ていたのは、彼が中学2年生のときのインタビュー動画。学校でダンスのテストがあって覚えるのが大変といって、踊って見せてくれている場面です。


「へったくそ」


 動画を見て、苦笑する詠夢くん。


「そんなことないです。カッコいいですよー」


 私は、このダンスシーンが大好きです。何度も繰り返して見ちゃいます。


「ふーん……僕とエイム、どっちがカッコいい?」


 それは詠夢くんには申し訳ないけど、


「エイムくん」


 即答です。

 あっ、タブレットが取り上げられました。


 動画を停止させ、タブレットはテーブルの端へ。

 私を見る彼は……もうっ、そんな寂しそうな顔しないで。


「エイムくんはステキでカッコいい憧れの人。詠夢は……世界で一番大切で、一番大好きな恋人。それじゃ、ダメ?」


「姉さんはズルい。そんな可愛い顔されると、ダメなんて言えない」


 可愛い顔しているつもりはないですけど、そう思ってもらえるのは嬉しいです。


「姉さんじゃないです。今は恋人の時間でーす」


 わざと甘えた感じでいってみた。3日ぶりなんだし、いいよね。

 私は彼の首筋に抱きついて、


「ちゃんと名前で呼んで? 詠夢」


 恋人を呼び捨てにして、彼の目を覗きこむ。

 あなたの視界には、私しか入れてあげない。


「年上美人なのに、すぐ甘えてくるね」


 年上ですが、美人ではありません。でもあなたには、私が美人に見えてるんですよね。だったら、それでいいです。


「あとで詠夢にも甘えさせてあげます。でも今は、私が甘える時間です」


 私が彼の頬にキスを贈ると、彼も私の頬に唇で触れて、


「ただいま。会いたかったよ」


 続けて名前を呼んでくれた彼の唇を、私は恋人に贈るキスでたっぷりと濡らした。



【おわり】

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