第7話
あれから一週間。私はやっと弟にお願いしました。
「詠夢くんがお仕事しているところ、見てみたいです」
って。
勇気を出しましたよ。図々しいワガママですから。なので言い出すのに、一週間もかかりました。
でも彼はなんでもない様子で、
「いいよ。ちょうどよかった。次の土曜日、雑誌の撮影なんだ。姉さん来てくれる?」
えっと……そんな軽い調子で、家族を仕事場に連れて行けるの? 芸能人だよね?
「大丈夫? 詠夢くんが勝手に決めていいの? お仕事だよ? 怒られない?」
自分からお願いしておいてなんだけど、あまりに軽く了承されたから不安になった。
「僕、未成年だから。未成年の子の家族が撮影現場に来るのは普通だよ。ちょっと保護者の人に確認とりたいから呼んできて、どこにいるの? とか。そう言われることだってあるし。父さんが撮影についてきてくれたのは、小学生とき何回かあっただけだけど」
そんなもの……なんですか?
「じゃあ……お姉ちゃんが見に来てる子も、います?」
「いるよ。僕も姉さんが来てくれるなら嬉しいな」
撮影って、もっと大変で厳重なんだと思ってました。
だってエイムくん最近は人気があるし、ファンコミュニティでも「いつどこで撮影がある」とか、そういう話で盛り上がったりしてるから、見たい人はたくさんいるでしょ?
「そうですか。だったら連れてってくれますか? 芸能人がどうってわけじゃないんですけど、詠夢くんがお仕事している姿は見てみたいです」
「そう言われるとちょっと恥ずかしいな。でも朝早いからね。5時起き」
「大丈夫です……もしかして、撮影する場所って遠いんですか?」
首を横にふる詠夢くん。
「都内だよ。でも今回、僕の撮影は午前中で終わらせないといけないんだ。写真撮るの、僕だけじゃないから」
そう……なんだ。
よくわからないけど、そうなんだね。
そして土曜日の早朝。
私たち姉弟は一緒に、朝早い時間に電車で撮影場所へと向かうことになりました。手土産とか差し入れとか、そういう物のを用意したほうがいいかと詠夢くんに確認しましたが、
「場合によるかも。タレントの家族からの差し入れはあんまりないかな。そういうのって、準備する人が決まってるみたいなんだ」
「じゃあ、持っていくと迷惑ですか」
「うん、たぶん。持っていっても、撮影しているところで食べるとは思えないし」
難しいものですね。でも撮影に慣れている詠夢くんがいうんですから、持っていかないのが正解でしょう。
なので私は、手土産なしで家を出ることにしました。信じてますからね、詠夢くん。
まずは駅まで移動。これはお義父さんが車で送ってくれました。お義父さんも、手土産はいらない派でした。
早い時間ですが、電車の席は半分くらい埋まっています。
「撮影って、車で行くんじゃないんですか?」
私たちは並んで座り、小声でおしゃべり。
「車のときもあるよ。でも今日は外での撮影だけど、スタジオの近くだから」
はい。わかりません。スタジオってなんのですか? そのスタジオが近いと、なにかあるんですか?
今日は撮影現場の近くまでは電車移動らしいですが、まずはマネージャーさんと待ち合わせがあるから、事務所に向かうそうです。
「マネージャーさんがいるんですか? すごいですね」
それは初耳です。芸能人っぽい。ドキドキしちゃう。
「みんないるって。いないと困るでしょ」
「お姉ちゃんにはわからないです。いなくても困らないですから」
そう言うしかない。実際わからないし。
「僕のマネージャーは、
「ふ、ふーん」
としか言いようがない。私の身の回りに、そういう人はいません。
中学生のとき、「身体は女の子。心は男の子」と自称するクラスメイトがいましたが、彼女は……というか彼は、すぐに転校してしまいました。
「親に無理矢理入れられたけど、やっぱり僕に女子校は無理。みんなだって、男子校で女子が自分だけだったらどう? わかってとは言わないけど、僕の感覚はそんななんだ」
最後に、そのようなことを言ってましたっけ。あの子見た目は、黒髪ロングの清楚系美少女でしたけどね。
一旦電車を降りて、私は詠夢くんに案内されるまま、彼が所属するプロダクションの事務所に向かいます。
「ここだよ」
案内してもらった事務所はビルの一室で、思ったよりこじんまりとしています。芸能プロダクションという響きからは、想像できないお部屋です。
ごちゃごちゃと物があふれていて、部室みたいだと思いました。
そこで私は、
「おはようございます、火角さん。この前メールした通り、姉さん連れてきました」
お顔は男性ですが、服装は女性の人に紹介されました。
「初めまして、悠木エイムのマネジメント担当をさせていただいております、火角ナツオと申します。お姉様には、ご挨拶が遅れて申し訳ございませんでした」
裏声での丁寧な挨拶。見た目のインパクトとは違いますが、社会人はこうなのでしょう。
なので私も、頑張って挨拶を返します。
「弟がいつもお世話になっております。今度ともよろしくお願いいたします」
とか、そのような。
私への挨拶が終わると、火角さんは詠夢くんに書類を渡してなにやら説明を始めました。
お仕事の話みたいだから、私はなるべく聞かないよう距離をとります。聞くだけでも、彼のジャマをしているみたいな気がして。
お仕事の説明を聞く詠夢くん。その表情がみるみる間に、「悠木エイム」のものになっていきました。
ビックリした。そして、ドキッとした。
目の前にいる彼が、「弟の詠夢くん」から「憧れのエイムくん」へと変身するその瞬間を目の当たりにして、私の中で「詠夢くん」と「エイムくん」の距離が縮まります。
(連れてきてもらって、よかった)
撮影が始まってもいないのに、私は目的を達成した気持ちになった。
やっぱり「詠夢くん」は「エイムくん」で、それと同時に「エイムくん」は「詠夢くん」じゃない。
矛盾しているようだけど、きっと「それ」が私が求めていた答えだった。
だから納得できた。
(私はエイムくんに憧れるファンで、詠夢くんに恋をする女だ)
それが私の偽らない気持ちだって、やっとわかりました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます