第6話

 その夜。カーテンを閉め切った私の部屋。


「エイム……くん」


 私はスマホの中で微笑む、中学1年生のエイムくんを見つめていた。


 これは私のお気に入りの一枚。以前は大きくプリントアウトして部屋に飾っていたけれど、家に詠夢くんがいる今、それはできない。

 現在、私の「エイムくんコレクション」は、衣装ダンスの中で厳重に封印されている。


 だって「そんなもの」を宝物にしていると彼に……弟に知られたら、きっと嫌われてしまう。

 気持ち悪い女だって思われる。


(エイムくんに、会いたいな……)


 エイムくんに囲まれていた部屋は、とても居心地が良かった。

 幸せだった、満たされていた、私とエイムくんだけの世界だった。


 なのに今は、「詠夢くん」はすぐ近くにいるのに、「エイムくん」は遠くに行ってしまったように感じる。


 自分の感情が整理できない。気持ちに折り合いがつかない。

 このままじゃダメ。そう思うけれど、だったら「なにがダメ」なのか。

 それがわからない。


 詠夢くんを「弟」としてだけ認識する。

 そして「詠夢くん」と「エイムくん」を、同一の存在として納得する。


 私は「お姉ちゃん」で、彼は「弟」。

 それが正常な関係で、それが正解。


 うん……無理。

 そんなの無理だ。


 弟にこんなドキドキするお姉ちゃんはいない。そもそも彼は「弟」じゃない。

 私は「姉」としての覚悟ができてない。そしてきっと、「詠夢くん」に対してその覚悟はできない。

 たぶん私はもう、詠夢くんに「恋心」を持ってしまっている。


 だけどもしかしたら、「エイムくん」になら私は、お姉ちゃんとして接することができるかもしれません。

 私のエイムくんへの感情は憧れで、「恋愛感情」じゃないから。

 ファンだけど、大ファンですけど、「彼女になりたい」なんて思ったことはありません。

 活躍かつやくしてください。カッコいいところを、もっと見させてください。それだけ。


 最初からあきらめていたから?


『エイムくんに恋をしてもいい』


 なんて、思いもしなかった。


 彼への感情は最初から憧れで、そして今考えても、やっぱり私はエイムくんに恋愛感情を持っていない。


『可愛いね、ステキだね、カッコいいね、大好きだよ♡』


 そんな気持ちは溢れてきますが、だけどそれは「こい」じゃない。

 恋愛経験のない私にだって、それくらいわかる。


 私、どうすればいいんだろう? これからずっとだよ?

 詠夢くんと私は家族になったの。これからずっと、「お姉ちゃん」と「弟」の関係が続くの。

 溢れるため息。一度、まぶたを閉じて思う。


(詠夢くんがエイムくんになっているところ、見てみたいな)


 詠夢くんが「芸能活動」をしていることは、最初のお食事会で説明されました。

 もちろん私は知っていたけれど、「大ファンですっ!」なんてガッツクことはできなかったし、ママからも「自重じちょうしてね。お願いだから」と釘を刺されていたから、


「そういえば、ネットで見たことあるかもです。チョコレートのCM、出てましたか?」


 くらいにしておいた。

 緊張でドギマギしてる私の質問に、


「はい。2年くらい前ですね。あれ、評判良かったんです」


 彼は嬉しそうに笑った。


 評判いいの知ってるよ。私あのCM、何百回見たかわからないよ。

 あれ以外でも、私はあなたのお仕事はほぼ全てチェックしいます。初期の頃のは、入手が難しいのもあるから、全てと言えないのは残念ですけど……。

 だってあなた、小学生の頃は新聞の折り込みチラシもやってたでしょ? それは手に入らないよ。画像は見たことあるけど、現物となるとさすがにプレミアがついてるから。


 そんな感じで、私は「悠木エイムくん」のお仕事はほとんど網羅もうらしている。だけど彼が、「どのようにお仕事をしているのか」は知らない。

 ただのファンだから、当たり前なんだけど。


(でも私は、詠夢くんの家族だ)


 私の中で「詠夢くん」=「エイムくん」が繋がらないのは、彼がお仕事をしているところを見たことがないからかも。


 だって詠夢くん、私が思い描いてたエイムくんと重ならないんだもん。

 姿は同じだけど、まるで「別人」なんだもん。


 詠夢くんは、年齢よりも大人っぽく感じられる。

 だけどエイムくんは、出会った頃から「少年」のまま。エイムくんの動画もあるけど、彼は子どもっぽくて「~です」「~ます」のように、礼儀正しくおしゃべりするの。


 詠夢くんは、「エイムくん」を演じている。

 意識的にか無意識にかまではわからないけど、詠夢くんとエイムくんは「別人」だ。

 これまで私は「詠夢くん」の存在を知らなかった。「エイムくん」しか見えてなかった。そもそも見ることができなかった。

 だから思いもしなかったの。「悠木エイム」が「草乃詠夢」によって作られた存在だって。

 エイムくんは「エイムくん」として存在してるって、そんなの疑いもしなかったの。


 詠夢くんが私を「姉さん」と呼ぶのに、違和感はない。

 だけどエイムくんに「姉さん」と呼ばれたら、きっと違和感を覚えるだろう。だって私が思い描くエイムくんなら、「お姉ちゃん」って呼んでくれるはずだから。


(だから私、混乱してるんだ)


 見たいな、詠夢くんがエイムくんになっているところ。

 私、お姉ちゃんだもん。お願いしたら、見せてもらえないかな。難しいかな。


 エイムくんのファン仲間には申し訳なく思うけど、私「お姉ちゃん」なの。許してもらえない……かな。

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