第3話

「あなたも大学生になったし、ママ再婚したいの。大丈夫?」


 大学から帰り、リビングでタブレットを操作してエイムくん情報を漁っていた私に、やけにおしゃれをしたママが話しかけてきました。


 大丈夫? って、どういう意味だろう?


「再婚? お相手がいるの?」


「いい、かしら……」


「なんで私に聞くの。結婚するのママでしょ」


「なんで聞くって、あたりまえでしょ、家族のことなのよ? ママが再婚するってことは、あなたにも新しい家族ができるってことよ。お義父とうさんと、弟ができるの」


 お義父とうさんはわかるけど、弟も?

 じゃあ、相手も再婚なんだね。


「ふーん? だから?」


「天国のパパのことよ。気にならない?」


 言葉をにごしてくれなくてもいいよ。


「どうして。わたし大学生だよ? ママが再婚するからって、パパを裏切るつもりなのとか、中学生みたいなこというと思ったの?」


 パパが事故に巻き込まれて死んだのは、わたしが5歳になったばかりのとき。正直パパのことは、ほとんど憶えてない。


「パパだって、ママが幸せになったほうが安心できるんじゃない?」


「パパがそう思ってくれるのはわかっているの。だからあなたに確認しているのよ」


「わたしもいいよ。ママが再婚したいならすればいいでしょ。口出ししません」


 私、成人せいじんしてるんだよ? さすがにね。


「どんな人? その、新しいお義父とうさん」


 お義父とうさん。さすがに「パパ」とは呼べない。

 その質問にママは安心した顔をして、


「ママの会社の取引先の社長さん」


「お金持ち?」


「ママと同じくらいにはね」


 あぁ、そこそこお金ある人なんだね。じゃあ安心ですね。


「それでね。再婚したら、向こうの家の人たちもここに住むことにしたいの。場所的に都合がいいのよ、息子さんの高校が近いのが一番ね」


 弟くんは高校生か。だけど、ここに住むの?

 ファミリー向けのマンションだから広いもんね。ママと私のふたりだと広すぎくらい。


「私、家を出た方がいい? 大学の近くに引っ越そうか」


 新婚さんのジャマはしたくないな。


「そんなことさせません。もったいないでしょ」


 そうですね。もったいないですね。それは私も思う。お金は大事。

 だけど「他人」と同居か。少し不安だな。


「ただね、ひとつ心配なことがあるの。あなたにとって」


「私? あぁ、さっき言ってよね、弟くんも一緒に住むんだよね、ばったりハプニングできゃあ~的なの気にしてるの? だったら気をつけます。もしかして、変わった子なの?」


「違うわよ、とってもいい子。そうじゃなくて、問題はあなたなんだって」


 ママは、考える顔をして、


「悠木エイムくん。あなた、彼のファンでしょ?」


「それが何か問題あるの? わたしエイムくんのファンやめないよっ!」


「ほら、名前だしただけで、そんな顔するじゃない」


「そんな顔って、どんな顔?」


「絶対ゆずらないって顔」


 ママは、今度は困った顔して、


「あなたにそんな顔させるのは彼だけ。だから心配なの。だからこれまで黙ってたの」


 小さなため息をついた。


「なんの話?」


 それに返答はなく、ママはもたついた動きでスマホを操作する。


「見て」


 差し出されたスマホを覗いた私に飛び込んできたのは、想像を絶する画像だった。


 ……ん? ぅうん!?


 ふわあぁあぁ~ッ!


 なに、これなにっ!? えっ? ぎゃあぁーッ!


「ほら、思った通り。思った通りの間抜け顔」


 い、いや、だってっ!


「ま、まま?」


「はい、ママです」


「な、なんでママ、エイムくんと写ってるの? これ2年前の、中2の春のエイムくんだよね!?」


「画像を見ただけでいつの彼かわかるの? それはなんというか……自分の娘ながら気持ち悪いわ」


 さらにスマホを操作して、


「じゃあ、これ」


 ぐはぁッ! ママがイケメンオジさんとエイムくんに挟まれて、画像に写ってる!?


「これ最近のだっ! わたしこんなエイムくん見たことないっ! いつ!? これいつ!?」


「今日。2時間くらい前」


 今日? 2時間前? えっと……はわッ!

 ま、まさかっ。


「ママの再婚相手ってエイムくんなの!?」


「そんなわけないでしょ。さすがにバカなの? さっき言ったわよね、お義父さんと弟ができるって」


 理解が追いつかない。

 だけどまさか、まさかあぁっ!


「悠木エイムは芸名。悠木は彼のお母さんの元の苗字で、彼の本名は草乃くさの詠夢えいむくん。ママが再婚したいのは、彼のお父さん」


 ……ママ、なにいってるんだろう? 理解が追いつかない。

 だけど、きっと夢だから。

 夢。そう、これは夢。

 ママがエイムくんと画像に収まるわけがない。わたしだって彼と一緒に収まってる画像なんて、一昨年のイベントで遠くから自撮りしたのしかないのに。

 大きなわたしの後ろに、彼がちっちゃく写ってくれたツーショットしかないのにっ! 偶然だろうけどピースサインしてる瞬間だったから、私の上位の宝物なのにっ。


 呆然としている私にママがいう。


「限界を突破しちゃったのね。でも時間ないし行くわよ」


「どこ……へ?」


「いろいろ予定があってね。あなたの了解が出たから、新しく家族になる4人で集まるの。ご飯食べに行くのよ、あの人がそうしたいんだって」


「あの……人?」


「新しいお義父さんよ。詠夢くんも来るから」


 ふーん。そーなんだー。

 エイムくんが来るんだー。

 すごーい。あははっ。


「わかったー、行こっかぁー」


 ソファから立った私に、


「あなた、そんな格好でいいの? 着替える時間くらいあるわよ」


 ママが確認する。

 格好って? 別に変じゃないでしょ? これで大学行ったんですけど。スーパーにだって行けますよ。


「着替える? なんで?」


「あなたがいいなら、いいけど……」


 そして夢見ゆめみ心地ごこちの私は、ホテルの高級レストランできっちり身だしなみをととのえたお義父さんと、カッコよく身だしなみを整えた悠木エイムくん……本名草乃詠夢くんと初対面を果たすことになりました。


 それが、ちょうど20日前の話です。

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