第2話

 悠木ゆうきエイムくん。

 私が彼の存在を知ったのは、中学3年生の時でした。


 当時、中高ちゅうこう一貫いっかんの女子校に通っていた私は、中学3年生といっても受験がなかったので、そこまで忙しくはありませんでした。

 学校の同級生たちも、みんなのんびりしてました。


 そんな、他校の子たちが迫る高校受験に必死になっているだろうある日。

 たまたま数学の問題集をチェックしに入った本屋で、私は「悠木エイムくん」に出会いました。


 書店に入り、出入り口すぐの雑誌コーナーを通りすぎようとした私の歩みは、ある雑誌の表紙によって停止させられます。

 その雑誌は「美少年は好きですか? vol.5」というタイトルで、私だってひとみには男の子に興味はあったし、むしろ面食いなところがあったから、そのいざぎよい雑誌名には好感が持てました。

 いいえ、好感どころの話じゃなく、雑誌の表紙から私を見つめて釘づけにしたのが、当時小学6年生の「悠木エイムくん」だったの。


 はい。一目惚れでした。あまりに美少年でしたので。

 当時の彼は小学6年生。中3女子にしてみれば、可愛い男の子です。それはそれは、めっちゃ可愛かったんですっ!


 まつげがすっと伸びた大きな瞳。唇はふっくらしてて桜色。髪は、男の子にしては長めでしたね。ですが似合ってて可愛いんです♡

 可愛いだけじゃなくて、視線がキュとしててまっすぐに私を見つめる彼は少年らしい健気けなげさの中にうれいを感じさせ、気がついた時には私、2冊の「美少年は好きですか? vol.5」を持ってレジに並んでました。

 数学の問題集? 見もしなかったです。


 2冊の「美少年は好きですか? vol.5」をゲットした私は、心臓をバクバクさせながら急いで帰宅すると部屋に閉じこもり、雑誌のシュリンクを破りました。


(だ、誰? この子誰!?)


 自分でも「あの時の私は、どこか壊れていた」と思うような精神状態でした。思春期の狂乱とでもいえばいいのかな? だけど中3女子なんてそんなものです。ある意味、けものですよ。


(年下だよね!? 小学生? 中1かなっ!)


 表紙で微笑する彼に精神をくるわされながら、そんなことを思っていたような気がします。

 震える手でページをめくって表紙以外での彼をさがすと、7ページと8ページ。表裏おもてうらの2ページだけだったけど、全部で5枚の写真が私へと与えられました。


 結婚式のスーツのような服を着て、足を伸ばしてソファーに座る全身写真。かっこつけたお顔がむしろ愛らしかったです。

 次は斜め下からあおる顔写真。写っているのは肩から上だけだけですが、肌を隠すものがありません。


(これって、なにも着てないの!?)


 そんな妄想が膨らんでしまい、心臓がバックバクでした。


 それ以外の3枚は、カジュアルな街中でのもの。スケボーを抱える、ダボTシャツと膝下ズボン。派手な色の大きなスニーカーが少しウザく思えましたけれど、男の子っぽくはありましたね。


(いいっ! 全部いいっ! 可愛かわいい♡ カッコいいっ!)


 こんな子初めて見る。テレビでもネットでも見たことない。見たことあったら、絶対覚えてる。

 雑誌内に彼のプロフィールを探すと、


悠木ゆうきエイムくん。12歳。10歳からキッズ服の雑誌・カタログを中心にモデル活動を開始。今回、雑誌の表紙に初挑戦。母はモデルの悠木ライア』


 とだけ、記されていました。


 悠木エイムくん。悠木くん?


「エイムくんっ!」


 口に出してみると、エイムくん呼びがしっくりきました。

 母はモデルの悠木ライア。お母さんがモデルさん? だからこんなにカッコ可愛いんですね!?

 エイムくんのお母さん、悠木ライアさんのことは知りませんでしたが、ネットで調べてみると10年前に亡くなっていました。


(エイムくんは、2歳でお母さんを亡くされている)


 かわいそうだなという思いと、少しの共感。私も5歳になったばかりで、パパを亡くしていたから。


 繰り返し繰り返し、たった2ページを隅々すみずみまで観察して「エイムくん」を知っていきます。

 目の色、まつげの長さ、鼻の形、唇のつややかさ。

 一息ついた時には帰宅してから2時間近くが経過していて、生唾を飲み込みすぎたのか喉がカラカラでした。

 日課である夕ご飯の準備すら忘れて、その日はママに「調子が悪い日」だと嘘をついてデリバリーにしてもらったっけ。


 その日以降。悠木エイムくんのファンになった私は、高校時代は彼に夢中な時間を過ごしました。

 さすがに3年生は、受験に集中しましたけど。でも勉強の時間以外は、彼のことばかり考えていたかも。


 部屋中に彼の写真を飾り、ネットをあさってほんの小さな情報ものがさない。

 12歳、13歳、14歳。

 どんどん成長していく彼を「コレクション」するのは、とても楽しくて幸せな時間でした。


 とはいえその頃のエイムくんの活動は少なく、少ない上に男の子向けのファンション誌が中心でしたから、さほど有名ではありません。

 有名ではないといってもファンはわたしだけじゃなくて、ネットには小規模ですがファンコミュニティが存在していて、情報収集や情報交換、それに仲間たちと「文字でのおしゃべり」はできました。

 ファンの中にはいろいろな人がいて、時にはトラブルもありましたが、基本的には楽しくおしゃべりができたと思います。

 

 そしてエイムくんが14歳。中学2年生の冬。

 彼はアニメの主題歌に起用された曲の「MVミュージックビデオ」に出演しました。それも主演です!


 人気マンガのアニメ化で曲も有名ミュージシャンでしたから、「MV」の動画再生回数はとてつもないもので、主演を務めた「悠木エイムくん」の名前は一気に広まったと思います。

 ファンコミュニティも爆発的に人が増えて、今では英語で交わされる「おしゃべり」も珍しくないです。


 そんな突然の変化に、古参こさんのファンはさみしさとうれしさを感じたでしょうね。古参の仲間には、この頃にコミュニティを去ってしまった人たちがいた。私は残りましたが。

 学生で未成年のわたしには、推し活動時間も金銭にも余裕がなく、ファンコミュニティで得られる情報は貴重でしたので。


 そして高校生になったエイムくんは、雑誌だけでなくテレビやネットのCMにも出演して、本格的に名前が売れ始めました。

 私としては「たくさんエイムくんが見れて嬉しい♡」わけだったのですが、そんなある日のことでした。

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