第4話
「行ってきます、姉さん」
見送る私に手を振ってから、玄関を出て学校へと向かう
彼が通う高校は、ここからそんなに遠くない。近くのバス停から、バスに乗って10分ほど。
弟の登校を見送ったわたしは、リビングダイニングに戻って朝ごはんの後片付けを始めます。
大学が始まるまでには、まだ時間があります。あと20分後に家を出ても、十分に間に合うでしょう。
食器を軽くゆすいでから食洗機へ。今の食洗機はゆすがなくてもよいのですが、以前の食洗機はゆすいでからでしたので
洗い物を食洗機にセットして、私も登校の準備。洗面所に入ると、
「ひゃぅっ!」
ゾクッとするような、いい匂いがしました。
(これ、詠夢くんの香りです……)
ドキドキして心臓が苦しい。鏡に映る、変な顔の私。こんな顔、彼に見せられません。
ふぅ……落ち着かないと。
そうです、大学行く前に洗濯機を回しておきましょう。家族と一緒に洗濯物が増えて、思ったより大変なんですよね。
洗濯機は洗面所にあって、洗濯物を入れるカゴもここにあります。
ママとお
洗濯は私の仕事だと言っても、お義父さんの肌着や下着に触るのってちょっと抵抗あるんですけど。
でも家族だもんね。そんなの気にしてたら生活できません。
で、ですけ……ど。
別の洗濯カゴには弟の、詠夢くんの着用済み衣服がっ! パジャマも肌着も靴下も、そ、それに男性用下着までっ!?
高校生の弟の下着を「お姉ちゃん」が洗濯するって、別に変じゃないですよね? 家族だもん普通ですよね!?
私は無心を
(洗濯は私の仕事なの。大丈夫、仕事だから大丈夫)
なにが大丈夫なのか自分でもわからないけれど、可愛い猫のイラスト柄のトランクスを手に取った瞬間、ちょっと意識は飛びました。
◇
「おかえりなさい」
帰宅してリビングダイニングに向かうと、そこには詠夢くんがいた。
「ごめんなさい、遅くなっちゃいました。お腹すきましたよね」
大学で調べ物があり、帰宅が遅くなってしまいました。詠夢くん今日は塾がない日ですから、帰りが早いってわかっていたのに。
「お米炊いておいたよ」
詠夢くんもお義父さんとのふたり暮らしが長かったので、料理は少しできるらしいです。お米を炊くくらい
「はい、ありがとうございます」
時刻は午後7時12分。
彼は塾がない日は午後8時から10時まで勉強をして、それから30分ほどお風呂に入ったりして休憩。そして10時30分から1時間ほどまた勉強。
そのようなタイムスケジュールで動きます。
別に調べたわけじゃないけど、決まった時間に決まった動きをする子だから、行動の
ですが、そのスケジュールに合わせるのは簡単じゃない……かな。
この時間からですと、8時から勉強を始めてもらうには、凝った料理は作れません。簡単なもので済ませるしかないです。
冷食は……あまり出したくありませんが、仕方ないですよね。買い物をする時間、なかったですし。
冷食の唐揚げと、卵焼きは……朝、卵サンド食べてたよね。卵はやめましょう。また卵って思われたくないし。
じゃあ、お味噌汁と、あとなにか……。
冷蔵庫を確認しましたが、簡単に作れる食材がありません。鮭の切り身はありましたが、これはママとお義父さんの夜食用です。
今日もママとお義父さんは帰りが遅いので、夜食を作り置きしておくことになっています。
あのふたり、いつも帰りが遅いんですよね、朝も早いし。やっぱり社長って、大変なんですね。
こうなっては、仕方ない……です。
本当は手抜きだと思われるのが嫌なので冷食は1品にしたいところですけど、唐揚げと肉団子の2品にしましょう。
お肉とお肉ですが、高校生の男子はお肉が好物のはずです。友達の高校生の弟さんが、お肉ばかり食べたがって困ると聞いたことがあります。
「ごめんなさい。今夜は冷食ばかりになりますけど、いいですか?」
「いいよ、そんなこと気にするの? 姉さんはしっかりしてるね」
しっかりしてたら、可愛い弟に冷食ばかり出すわけないです。
そう思いましたが、
「ありがとう。詠夢くんは優しいです」
私の返答に、彼。こっちがビックリしちゃうほど、恥ずかしそうな顔をしました。
なんで……照れてるの?
「僕も手伝おうか」
冷食を解凍して、お味噌汁を作るだけ。手伝ってもらう必要はありませんが、私はその言葉が嬉しくて、
「はい。ではご飯をよそってください。あっ、まだ早いですから、もう少しあとでお願いします」
「うん。じゃあもう少しあとで、ご飯をよそうね」
なんだか楽しそうな弟の
冷食とお味噌汁だけの、簡単な夕ご飯。
だけど詠夢くんと向き合っているだけで、それはこれ以上ないご馳走でした。
とはいえ、たいした会話はありません。お互い食事中ですから。彼が食事を終え、私はまだもぐもぐやっているとき、
「姉さん」
呼びかけられたので、お口の中のものをごっくんして応えます。
「なんですか?」
全部は飲み込めなかったようで、お口の中にはまだお米が残っています。
「なんだか父さんたちより、僕たちのほうが新婚みたいだね。いつも、ふたりきりだしさ」
私、口の中にあったご飯を吹きださなかったよ? えらいよね?
ただ、ちょいむせたけど。
「だ、大丈夫?」
「けほっ……う、うん」
いや、大丈夫じゃないよ。これ、なんて答えればいいの!?
『そうですよねー。私たちって新婚さんみたいですね♡』
は、不正解。さすがにそれはわかります。
「お、お姉ちゃんじゃ、芸能人の詠夢くんとはつりあわないよ、あはは。ファンの子に怒られちゃう……よ?」
私も、あなたのファンですけどね。
無難に答えたはずの私に、彼はなにを勘違いしたのか、
「そうだよね……ごめん。姉さん可愛いし、綺麗だし、料理も上手だし、彼氏いる……よね」
最初の2つ。私を表現するには聞きなれない単語が並びましたけれど、それ以上に彼氏?
わたしに彼氏って、なぜそんな話になるんですかっ!?
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