第八話 『特異点』

 『ウィザーズ』本部は、都市部の中央付近にそびえ立つ巨大な建物だった。内部は病院もしくは研究施設といった雰囲気で、軍事基地のような感じはしなかった。


「おーう。水鏡みかがみ支部じゃねーの。雁首揃えてどうした?」


 廊下を歩いていると、一人の少年が声をかけてきた。明るい茶髪をした、気さくそうな少年で、護たちと同じ年頃に見える。


斧寺おのでら。ちょいと昨日保護した『漂流者ドリフター』を報告と、魔力測定にね」


 攻輔こうすけが答えると、斧寺と呼ばれた少年は露骨に口の先を曲げる。


「なんだ、模擬戦やりに来たんじゃねーのか。残念。んじゃま、そんなことより」


 斧寺は道瑠みちるに歩み寄り、彼女の背後の壁に手を付く。


「どーよ道瑠ちゃん。このあとお茶でもしない?」

「え、でもこのあとは護くんの――」

「はーいすいませんねお兄さん! 間に合ってますぅー。……おい、斧寺てめぇ、ウチの道瑠に手ぇ出したらどうなるか、わかってんだろうなぁ?」


 そんな斧寺と道瑠の間に、攻輔が割り込む。顎を上げて見下ろすように睨み付ける攻輔に、斧寺はわかったわかったと後ずさる。


「とにかく、お前らたまには模擬戦やりに来いよ。借りはキッチリ利子付けて返さなきゃ気が済まねーからな。んじゃ、道瑠ちゃんまたねー」

「斧寺くんバイバーイ」

「次もボッコボコにしてやるよ! じゃあな!」


 ひらひらと手を振って去っていく斧寺に、道瑠と攻輔が手を振り返す。


龍彦たつひこ、SPモード!」

「おう、任せろ」

「説明しよう! 龍彦はグラサンをかけることで、女性陣の身の安全を守る『SP・ジャージ』に変身するのだ!」

「誰に言ってるのさ」


 攻輔が指示を出すと、龍彦はどこからか取り出したサングラスを装着する。それをあさっての方向を向いてテンション高めに語り出す攻輔に、ついにまもるがツッコんだ。


「行きましょう。時間を使いすぎです」

四方しほうちゃん、ごめんって」


 四方の言葉で、護たちは再び歩き出す。向かっているのは訓練室で、そこで魔力の計測ができるのだという。


「ところで、さっきの人は?」

「ああ、あいつは斧寺。斧寺雅也まさや。俺たちと同い年で、本部所属の隊員さ。趣味はナンパ。かわいい子を見るとところ構わずナンパし始めるチャラいヤツだ。護も警戒しておいてくれよ。ここにはあいつ以外にもウチのかわい子ちゃんを狙う輩がウジャウジャしてやがるからな」


 全員がお前が言うなと思ったはずだが、口には出さなかった。


 それにしても。


「あっ、こーすけくんだ!」

「おー、元気か? 今日は用事があって来たんだ。悪い、遊ぶのはまた今度な」


 すれ違う人々にはやたらと小中学生くらいの子供が多かった。もっと小さな未就学児らしき子も少なくない。


「あの子たちの多くが、鬼に親を殺された子供たちだ。本部ではそういう子を保護して生活の手助けをしてやっている。……ま、他にも色々と事情はあるけどな」


 不思議に思っていると、龍彦が説明してくれた。四方が言葉を継ぐ。


「十年前、世界は鬼の脅威に晒されました。我ら『ウィザーズ』はそれまで秘密裏に世界を守る裏の組織でしたが、それ以降表舞台に登場せざるを得ませんでした。鬼はそれほどの脅威であり、被害も甚大だったのです」


 以降、『ウィザーズ』と鬼の戦いは続いているが、組織の成長と鬼の侵攻ペースの減少により、被害は確実に減っているという。


 やがて訓練室に辿り着き、護の魔力測定が始まった。だだっ広い無機質な空間だったが、ここに立っているだけでいいのだという。


「よし。計測完了。……なんていうか、護の魔力量は、普通だな。多くもなく、少なくもないって感じ」

「そっか」


 攻輔の言葉に、護は頷く。護にとっては喜ばしい結果だった。やはり普通はしっくりくる。


     *


「攻輔さん」

「ああ、そのまさかだぜ四方ちゃん」


 護たちを訓練室に残し、『報告』に向かう四方と攻輔は神妙な面持ちで言葉を交わす。


「護は、『特異点』だ」

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