第二章 『ウィザーズ』

第六話 翌朝

 翌朝の目覚めは良好だった。窓から差す陽の光が、柔らかく室内を照らす。

 まもるは身を起こすと大きく伸びをして、スマホの時間を確認する。そう言えば充電はできるのだろうか。四方しほうが使っていた端末も電気で動いているような雰囲気はあったが。

 起き上がり、着替えをしてベッドの布団を整える。そしてドアの前で部屋に向かって一礼をして、部屋を出た。


 護は祖母から色んなことを教わった。神様はいつでも護たちを見守ってくださっている。だから、当たり前のことを当たり前にちゃんとやりなさい。そういう人のところに、神様は幸せを運んでくださるんだよ、と。

 要は普通が一番ということだ。普通に、やるべきことをちゃんとやる。自分が変だと思ったことはやらない。これは自分の心を安定させる術でもあった。


「護。早いな」

龍彦たつひこ。おはよう」

「ああ、おはよう」


 廊下に出ると、ちょうど龍彦も部屋から出てくるところだった。ジャージのセットアップに身を包んだ彼は、これから朝のランニングに行くのだと言う。


「護もどうだ? ペースは合わせるぞ」

「ありがとう。じゃあ、一緒に行こうかな」


 そのあと身支度を済ませ、護と龍彦は一緒に外へ出た。運動着は龍彦のものを貸してもらった。彼の部屋は多数のトレーニング器具が整然と並べられており、クローゼットはジャージでいっぱいだった。


「ジャージ好きなの?」

「まあな。最初はトレーニングウェアとしか見てなかったんだが、いつの間にか集めてしまうようにな……」


 遠い目をする龍彦。あっ、これもう取り返しのつかないヤツだ。そっとしておこう。


 そして二人は、準備運動をして走り始めた。朝の涼しげな空気が心地いい。ペースは護に合わせているため、軽いジョギング程度のスピードだ。


「どうだ? 体調とか、気分とかは」

「全然大丈夫。いい感じだけど?」

「そうか。……やっぱり護は強いな」

「そんなことないよ。みんなに会えたからね」


 護が笑みを浮かべると、龍彦ははにかみつつ遠い目をする。


「ここに来たばかりのとき、俺はずっと泣いてたからな。攻輔こうすけもだいぶふさぎ込んでたし、道瑠みちるはわかりやすく荒れてた。でも色々あって、このままじゃダメだってことに気付いてから、ちょっとずつ変わっていった」


 そうして十年、『ウィザーズ』の隊員をしてきた龍彦たちは、今や水鏡みかがみ支部を代表するような存在に成長していたのだ。

 それでも変わらず、護のことを憶えていてくれたのが嬉しかった。


「最初は本当にビックリしたよ。龍彦がこんなに立派になってるなんて」

「母親か。……ま、俺の場合はとにかく強くなりたかったからな。自分を鍛え続けていたら、いつの間にかこうなっていた」


 強くなりたかった。そう語る龍彦の目には、今の護には到底計り知り得ない深さを感じた。そっか、と前を向き、二人はしばらく静かに走り続けた。


 折り返して帰り道に差しかかると、龍彦が再び口を開いた。


「そう言えば護、昨日の話は理解できたのか?」


 というと、昨日の四方しほうや攻輔から聞いた世界の話か。護は頷く。


「そうか。相変わらず物分かりがいいな、おまえは。……俺は正直、『ギア・クロニクル』については眉唾物だと思っている。攻輔だって100%信じているわけじゃないだろう。でも多分、元の世界に一番帰りたいと思っているのはあいつだろうからな。あいつは妹のことを溺愛していたから」


 そうだ。攻輔には確か、二つ年下の妹がいた。彼にとっては唯一のきょうだいだったためか、かなりかわいがっていたように思う。今はどうしているのだろうか。

 元の世界に戻る。それはとても大事なことだ。必ず全員で帰らなければ。


 やがて水鏡支部に帰ってきた護と龍彦は、それぞれシャワーを浴びて着替える。護は当然ながら昨日着ていたものしか持っていないため、支部の備品として用意されている服を借りた。


「おっ。護、おはようっ。なかなか似合うね、ウチの服」


 龍彦とともに談話室へ降りると、そこには既に攻輔の姿があった。彼もジャケット以外は今の護と同じ格好をしている。

 奥のキッチンでは道瑠が朝食の準備をしていた。


「攻輔、おはよう。四方さんは?」

「あの人意外と寝ぼすけなんだよね。起こしてきたら?」

「……もう起きていますよ」


 四方もやってきたところで、朝食の準備が終わる。五人は揃って朝食を摂り始めるのだった。

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