第五話 約束

<こちら北条ほうじょう水鏡みかがみ方面は片付いたよ。そっちの手助けは要るかい?>


 比々良木ひひらぎ支部と通信する攻輔こうすけの声がスピーカーから聞こえる。戦闘終了の様子に、まもるはほっと息を吐く。

 圧倒的だった。自分たちより遥かに巨大な体躯を誇る鬼どもを相手に、ちぎっては投げの活躍を見せた道瑠みちる。その援護に回る攻輔と龍彦たつひこの役割も重要だった。道瑠の攻撃で倒しきれなかった鬼を仕留めたり、囲まれそうになるのを防いだり、敵の陣形を崩して攻める隙を作ったりと、その巧みな連携は枚挙に暇がない。


<北条、了解。逃げ遅れた民間人がいないか確認したのち、帰投する>


 どうやら他の支部の戦いも終わったようだった。三つの鬼の小隊は、水鏡支部と比々良木支部に加え、もう一つ救援に現れた部隊が撃破したらしい。隊員に死傷者はゼロ。これが『ウィザーズ』。そして攻輔たち隊員の力なのか。


<んじゃ、龍彦は西側を、道瑠は北側をよろしくっ。それで、どうだった護? 見てたんだろ? 俺たちの戦いぶりをさ>

「う、うん。すごかった。攻輔たちはずっとこうやって戦ってきたんだね」

<そりゃあもう。数々の苦難を乗り越えてきた一流の精鋭よ? 俺たちは。……ま、十年やってきましたから>


 いなくなってからの十年間、攻輔たちはこの世界で戦い続けてきたんだ。

 なのに、僕は。


「……ごめん。十年も一緒にいなくて。ずっと一緒だって、約束したのに」


 それは幼い日の約束。何があってもずっと一緒だと、四人で誓い合った。よくある話といえば確かにそうだが、それでも本人たちにとっては、特別な思い出だ。


<気にすんなよ。それにあれだ、おまえの前から消えちまったのは俺たちなんだしさ。ホント悪かった。マジでごめん>

<護くん、あたしも>

<俺もだ。すまなかった、護>


 道瑠と龍彦も聞いていたようで、護へ謝ってくる。


「いや、そんな、謝ることじゃないよ! 仕方なかったんだから」


 今はこうして、無事に再会できた。それに――。


     *


「北条隊、ただいま戻りましたー」

「みなさん、お帰りなさい。無事でよかったです」

「いやいや、四方しほうちゃんのオペのお陰ですよ。民間人の逃げ遅れもなかったし、比々良木支部の対応の速さにも感謝だね」


 帰還した攻輔たちを、談話室で迎え入れる。

 四方と軽口を交わす攻輔の前に、龍彦が歩み出る。


「攻輔の言う通りです! いつもありがとうございます、順子さん!」


 鼻息の荒い様子の龍彦から離れたところで、道瑠が耳打ちしてくる。


「龍彦くん、順子ちゃんのことが好きなんだ」


 やはりか。そんな気はしていたが、なるほど。どうやら今の肉体も、四方のために鍛え上げられたらしい。

 しかしそれはそれとして、この距離感の近い美少女が道瑠だというのにはしばらく慣れそうにない。彼女レベルの美少女に不意に近付かれるとドキッとする。


「おやおや、護ちゃんは照れてるのかね?」


 その様子を目ざとく見ていた攻輔が茶化してくる。否定しようとする護を見つめる道瑠は、何が起きているのかさっぱりわからない様子だった。当然龍彦の耳には一切届いていない。


「ま、立ち話もなんだし、座ろうぜ」


 笑う攻輔に促され、護たちはソファに座る。今の立ち位置がそのまま反映され、三人がけのソファに護、道瑠、攻輔の順で座り、その体面に龍彦と四方が腰かける。


「そういや、話の途中なんじゃなかったっけ、四方ちゃん?」


 攻輔の言葉に四方は頷く。


「はい。東埜さん、どこまで話したか憶えていらっしゃいますか?」

「えっと、ここが月影っていう世界で、元の世界には帰れなくて、でもその方法が『ギア・クロニクル』っていうものが手に入ればわかるはずで……」


 そして世界は今、それを手に入れなければならない危機的状況に陥っている。


「よく憶えていらっしゃいましたね。人の話をよく聞いていらっしゃる証拠です」


 四方は護に向かって微笑むと、真顔で攻輔を見やる。瞬間、攻輔は明後日の方向を向いた。四方は咳ばらいをして続ける。


「そうです。世界は今、危機に瀕している。それは、世界そのものが滅びるかもしれないという危機です」

「世界が……!」

「滅びる……!?」

「なんでおまえが驚くんだ」


 四方の言葉に目を見開く護に続き、なぜか知っているはずの攻輔が驚き、龍彦にツッコまれる。


「いやぁ、改めて聞くとヤバいなぁって」

「ヤバいことには違いありません。この世界は比較的まだ大丈夫ではありますが、それがいつまで持つのか、保証はありませんからね」


 世界が、一つの世界が滅びる。そんなことが本当に起こり得るのか? そしてそうだとして、なぜそれを四方たちは知っているのだ?


「……大丈夫ですか、東埜さん」

「済みません、話が壮大すぎて、頭が追い付かなくなってきました」

「そうですよね。こちらこそ配慮が足りず申し訳ありません。今日のところはお話はここまでにしましょう。攻輔さんたちも、今日はお疲れさまでした」


 頭を下げる四方に、攻輔が訊ねる。


「四方ちゃん、護の部屋はどうする?」

「空き部屋を使ってください。お好きなところを選んでいただいて構いませんよ」


 その言葉に護は驚く。この状況ではありがたい限りではあるが……。


「いいんですか?」

「いつでもだれでも泊まれるようにしていますから、問題ありませんよ」


 遠慮がちな護の声に、四方は微笑んで答えてくれる。


「よし、んじゃあ行くか護」

「済みません、お世話になります」

「いやあ、とんでもない」

「攻輔に言ったわけじゃないと思うがな」

「ほら、早く休もうよ」


 軽口を叩き合う攻輔たちに連れられ、護は談話室を出て階段を上がっていく。

 その最中に、先頭に立つ攻輔が護を振り返る。


「……約束の件だけどさ。また、ここからやり直そうぜ。何があっても俺たちはずっと一緒だ、ってヤツ。そりゃあま、子供じゃないんだからもうそんなのは難しいってのはわかってるけど、たとえ離れ離れになっても、心はってことで」


 攻輔は拳を突き出す。護たちはそれに頷き合い、それぞれの拳を突き合わせるのだった。

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