第4話

「……その条件とは、結婚でしょうか?」


 確認とばかりにそう問いかける。彼は頷いた。


「あぁ、直球に言えばそうだね。……どうだろうか?」


 一応彼は律哉の意見も聞いてくれるらしい。


 だが、ここで律哉に断るという選択肢はなかった。


(どうせ俺は結婚願望も薄いし、好きな人もいない。……構わないな)


 目を伏せて、そう考える。桐ケ谷家を存続させるために結婚するか。もしくは、結婚を拒否してこの家を没落させるか。


 そんなもの、簡単に答えが出ているじゃないか。


「……私には四人娘がいる。上二人は嫁いでいて、三女には婚約者がいる」

「つまり、四女の娘さんですね」


 律哉のその言葉に、花里は頷く。


(末娘か。……多少はわがままかもしれないが、問題ないだろう)


 そう思い、律哉は花里をまっすぐに見つめた。


「その提案を、ぜひ受け入れたく思います」


 頭を下げてそう告げれば、「そうか」と彼の声が何処か跳ねたのがわかった。


「では、早速婚姻の準備に取り掛かろう」

「……え」

「我が家の財力をふんだんに使った、煌びやかな式にせねば」


 ……それにしても、話が早くないだろうか?


 それに、まず。律哉は、彼の四女と対面もしていない。


(もしも、その娘さんが嫌だと言ったらどうなるんだ……)


 もしかしたら彼はすでに娘には許可を取っているのかもしれない。いや、取っていると信じておこう。


「というわけで、失礼するよ、桐ケ谷の当主」

「あ、あの……」

「あぁ、式の日時などは、資料を郵送する。……場所なども、同じだ」


 どうやら、彼はこの式を取り仕切るらしい。いや、それは構わない。律哉には大した願望もないのだから。


 でも、なにも、彼がここまで張り切る必要は――。


(……いや、これは一種の商売なのか)


 多分だが、彼にとってこれは商売なのだ。桐ケ谷は貧乏ではあるものの、持っている人脈は素晴らしいものだ。


 そんな桐ケ谷の当主の結婚相手に娘が選ばれた。彼はそれを存分に知らしめ、利用するつもりなのだろう。


 ……まったく、油断も隙も無いとはこのことだ。


「なんだか、大変なことになってしまったな……」


 花里が出て行った後。律哉は小さくそう呟く。すると、部屋の扉がノックされ、返事も聞かずに上司が顔を出す。


「桐ケ谷! お前、あのお方となにをお話したんだ……?」


 上司は律哉に詰め寄ってくる。その額には汗がにじんでおり、相当心配だったらしい。


 今、彼に軍への援助を打ち切られれば。いろいろと問題なのだろう。それくらい、律哉にだってわかっている。


「……上官」

「……あぁ」


 真剣な眼差しで、上司のことを呼ぶ。そうすれば、彼も律哉の雰囲気からただ事ではないと悟ったらしい。真剣な表情を浮かべる。


「この度、俺は花里の娘さんと結婚することになりました」

「……は?」


 上司がぽかんと口を開けた。そりゃそうだ。律哉だって、予想していなかったのだから。


「というわけで、今後なにかと休みを取ることが増えてしまいそうです」

「あ、あぁ、それは、構わないが……」


 式の準備は大変だ。……特に、彼があそこまで張り切っている以上、律哉もある程度動かねばならないだろう。


(せめて、大金に見合うだけの価値を、差し出さねば……)


 結局、律哉は何処までも真面目なのだ。そうじゃないと、こんなこと思わないだろうから。

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本日、訳あり軍人の彼と結婚します~ド貧乏な軍人伯爵さまと結婚したら、何故か甘く愛されています~ 華宮ルキ/扇レンナ @kagari-tudumi

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