第2話

 律哉はこの国で伯爵の爵位を賜っている華族、桐ケ谷きりがや家に次男として生まれた。


 桐ケ谷家は長い歴史を持ち、かつそこそこ裕福。幅広く事業も手掛けており、律哉はなに不自由なく暮らしていた。


 次男なので、家督は継げない。だからこそ、手に職を着けようと士官学校に入学。そのままエリート軍人のコースを進み続けた。


 無我夢中で仕事に励んだ。それ以外のことは二の次で、職場の近くにアパートを借り、実家の邸宅には寄り付かなかった。


 特に両親が病で相次いで亡くなってからは、家のことは兄に任せっぱなし。年に二度、両親の墓参りに行くとき以外、兄とも会わなかった。……その所為で、変化に気が付くのが遅れてしまった。


 気が付いたのは、今から三年前。兄が事故で急逝したとき。


 兄は独身で、もちろん子供もいなかった。つまり、家督は自然と律哉に回ってくる。正直、気乗りはしなかった。次男として悠々自適に生きていけるものだと信じていた。仕事だけをしていればいいと、信じていたのだから。


 だが、親戚たちの強い要望を聞き、律哉は家督を継ぐことにした。……多分ではあるが、親戚たちは知っていたのだろう。


 ――律哉の兄が作った、多額の借金を。


 それ故に、彼らは家督を継ごうとしなかった。今ならばそれが痛いほどに理解できる。むしろ、律哉だって借金のことがわかっていれば家督を継ぐのをためらっただろうから。


 が、継いでしまった以上は仕方がない。兄の作った借金を返すしかない。


 その一心で、律哉は日々がむしゃらに頑張った。けど、返せど返せど終わりの見えない借金。さすがにしびれを切らし、長年仕えてくれている家令を問い詰めた。


 すると、彼は深々と頭を下げ、理由を教えてくれたのだ。


「先代さまは、質の悪い女性に引っ掛かっておりました。合わせ、賭博などを繰り返しておりまして……」

「つまり、その女性に貢ぎ、挙句賭博で作った借金だと?」

「はい……」


 開いた口がふさがらないとは、まさにこのこと。


 兄は真面目な人だった。だから、きっと。一度覚えた味を忘れられず、どんどん悪いほうへと溺れて行ったのだろう。


(止めなかった周囲にも問題がある。……だが、あの人は頑固だから。誰の言うことにも耳を貸さなかったんだろう)


 合わせ、自分が家令たちを責めるのは違うような気がした。だって、家のことを兄に任せきり、邸宅に寄りつかなかった自分にも少なからず責任がある。……ならば、この家を立て直すのが、せめてもの償いだろう。


「わかった。借金は、俺がなんとしてでも返す」

「り、律哉さま……!」

「だが、どうにもお前らを雇っていられる余裕はなさそうだ。伝手を使って全員に新しい職場を紹介する」


 律哉のその言葉に、家令は痛ましいものを見るような視線を送ってきた。でも、本当に使用人を雇う余裕はないのだ。


「俺は一人でもなんとか生活出来る。ある程度の自炊は出来るし、なんとでもなるさ」


 実際、家督を継ぐまで一人暮らしをしていたのだ。ある程度のことは出来る。


「……だから、わかってくれ」


 家令にそう告げれば、彼は表情を歪めつつも頷いてくれた。


 それから三ヶ月足らずで、桐ケ谷家の邸宅に住む者は律哉一人となった。使用人たちにはそれぞれ退職金と新たな職場への紹介状を持たせた。正直、これも痛い出費だったが、今まで家を支えてくれた使用人たちを無一文で放り出すことなど、律哉には出来なかった。


(本当、なんだろうな。……いつ、この借金地獄から抜け出せるのか)


 うとうとする意識の中、律哉はそう思う。……同期たちの声が何処か遠のいていく。


「おい、律哉。……こんなところで寝たら風邪引くぞ」

「……うるさい」


 肩に触れたその手を振り払って、律哉は眠りに落ちる。


(立て直したい。その気持ちだけでは、どうにもなりそうにない……)


 それは、嫌というほど自覚していた。

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