第2話

 視界は少し灰色がかり、夏までは深緑に覆われていたホームの脇は、焦げ茶色に染まっている。凍てつく寒さの中には、生命の息吹はほとんどなく、せいぜいフェンスの隙間に巣を貼っている蜘蛛くらいだ。

暗く、風が強く吹いている冬の昼、私はまた友人の元を訪れるために、あのホームに立っていた。年末ということもあってか、いつもと違って向かいのホームには家族連れの客がいたが、こちら側には私一人しかいない。

このまま待つのも退屈なので、ホームの端のフェンスにもたれかかる。


 凍る風が私の頬を傷つけ、乾燥した空気が私の目の潤いを無くす、とても居心地が良いとは言えない環境。しかし、私はどうもこの空間を気に入っているようだ。土と枯れ木しかない、殺風景な田舎の景色も、なぜか心を打たれるような魅力を感じてしまう。

 私は理由を見つけるため、自分の心を探ることにする。やってみると、案外答えはすぐに見つかった。

 私は、この極寒に耐える生命に、同情いや、共感しているのだ。生命が冬をひたむきに耐え忍ぶように、私もまた生きる社会の荒波に耐えているのだ。

頭によぎるのは、自分の内面を静かに、でも確実に腐敗させてくる学校のことや、経済と伝統によって支配された、望まない人間関係のこと。一方から逃げても、もう一方がついてくる、消して逃れられない私の最大の問題。それは、自分の精神をより退廃的なものにしていく……

 考えたくもないが、考えざるを得ない話題が頭をよぎり、くさきへの共感が高まる。そこで、私は草木の視点に立ってみる。


 ──冬、裸で、凍りつく寒さの中にさらされている。明け方には下が私の身体を傷つけ、昼は、強風が私を押し倒そうとする。そして、夜。寒さは危険な領域に達し、その中でひたすら夜が明けるのを待つ。

 しかし、彼らには仲間がいる。苦しみを共有する仲間が。彼らは助け合い、冬を耐え凌ぐのであろう。そんな仲間などいない私と違って。簡単な私と自然との差を実感し、恥ずかしさを覚えてきたが、私の浅はかな感覚の共有は続く。

 ──やがて私は冬を越し、季節は春、夏と流れてゆく。

秋、大地は黄金に空は紅に染まる夕暮れ。学校帰りの子供があぜ道で遊び、トンボが、私の手の届かない夕陽を届けるために飛んでいる。

 『田舎には秋が一番似合う』、そんな自分で感じたわけでも他人に教えられたわけでもない、元から存在しているような感覚に襲われる。そして、その想像している景色を自ら、目にしたいと思う。しかし、その時寮にいる自分には叶わない。これも、あの学校に奪われたものの一つ。

 あの、精神世界を荒廃させる忌まわしき学校のせいで。


 否定的な感情に低回したその時、『カン、カン、カン』という音が鳴り、しばらくして、断続的な轟音が加わった。その音は風を止ませ、温度という概念をなくし、私と自然のつながりを切断する。

 私はその音に怒りと感謝を抱きながら、フェンスを離れ、元の一に戻る。

 電車はホームに止まり、私と四十代くらいの女性を交換する。私はひそかにほほ笑んだ後、整理券を取り、縦座席に座った。そして、電車はドアを閉じ、現実へと発車していく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る