プラットホーム

八橋鷲

第1話


 太陽は新緑の草や葉を照らし、そよ風は、蒸し暑さを和らげている。真夏の昼下がり、私は知人の元へ訪れるために、最寄りの駅のホームで電車を待っていた。貨物が通っているおかげで、ギリギリ運行ができているような不採算路線のため、ここには私一人しかいない。

 このように考え込むのにもってこいの状況なのだが、生憎、私の頭は早く来すぎてしまったことへの後悔で埋め尽くされていた。

 しかし、このままホームで待つのも退屈なので、向かいのホームへとつながる歩道橋の上へ登ってみる。コン、コン、と小気味の良い音を立たせながら階段を一段ずつ上がり、最上部に着くと、欄干にもたれかかった。視界はほとんど焦げ茶色で埋め尽くされ、光沢のあるレールの中心部が目に付く。

 目線を少し上げてみると、電線と『高圧電流注意』の看板が見える。気まぐれに電線を目で追ってみると、ふと、眼前に広がる景色が奇妙に見えてきた。


──ホームの外側の四つの電柱が直線に並んでいない


 その光景に私は困惑し、考え込んでしまったが、すぐ、ホームをよけて電線を引いているだけだという、単純な事実に気づく。実にくだらない迷いと気づきだが、私はそこから思考を広げ始める。 

 ホームを避けているから、おそらく、ホームは電線より先にできたのだろう。だとすれば、蒸気機関車が通る時代にもこの駅はあったのか。

 その考えにたどり着き、私は、あったかもしれないかつて栄えていたこの街を想像してみる。

 駅の近くの商店街には多くの人で賑い、ホームには何人もの人が並んでいる。そこには、黒い学生帽と詰襟をまとった学生や、背広を着た出勤前の会社員、上京する青年、嫁ぎ先へ向かう花嫁……


 いや、待てよ、これは本当に栄えているのか。結局今も昔も、ここじゃない他の栄えたところに依存しているだけではないか。

 弱者は強者に頼るか潰されるしかない、この社会の掟に対し、怒り混じりのため息をつく。そして、私はそれでもなお抱き続けている繁栄した街の幻想を心の奥にしまう。こうして、この話を終えようとすると、昔この街の本当の姿が気になり始め、想像しようとする。

 しかし、経験したこともない私には想像できるはずもない。さらに、その時代を知る人ももういない。その時代は、もう死んでしまったのだ。視界にある木製の電柱でさえもあの街を知らない。死してもなお年輪を刻み続けるその特別な木であっても。

 失われたこの街の様相を思い、涙を流しているような感覚になった。だが、夏の蒸し暑さはそれを阻害する。

 水が抜かれた田園風景を眺めつつ、この世の絶対的な法則を嘆いていると、


──カン、カン、カン、

 という音が彼方から聞こえてきた。鼓膜へと伝わったその音は、私を直ちに階段を降りさせる。すると、踏切の警告音に規則的な轟音が加わり始めた。

 その音はジメジメとした空気を乾かし、神経を逆なでする蝉を沈黙させる。そして、私の思考の終わりを告げる。

 電車はホームへ止まり、扉を開け、私を吸収する。

 私は整理券を取ると、本来なら四人が座る向かい合いの席を占領した。

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