十二日目

「それで、『他人のことを傷つけちゃ駄目なら、自分のことも傷つけちゃ駄目でしょ?』って言ってやった。ただ、それだけ。」

いい人だな、高田くんは。

「そういう風に、人の心を休ませてあげられること。すごい良いと思うよ。」

私がそういった時。

人の視線が、不自然にこちらを向く。

「そういえば、愛月さん。高田のことは、『高田くん』って呼ぶんだね。私たちには、さんってつけてるのに。」

話の矢印も、こちらに向いてきた。

「……本当?」

私は正直、そんなことは気にしてはいない。

なんてことは、大嘘である。

私は高田くんが好きになった時から、ずっとこの呼び方で呼んでいる。

もちろん、自覚している。

「愛月さんが嫌じゃなければ、『千斗』って呼んでいただいていいですよ! クラスメイトで上下関係なんてないですからね!」

もちろん。私もそうできるなら、そうしたい。

好きな人との距離を近づけたい。

それでも。

一気に距離が近づいたら、心臓が高鳴っちゃうんだよ。

本当に困る。

「お前なんだよそれ! 恋人関係にでも進みたいってか?」

身体が勝手に揺れる。

「戸田、言い過ぎ! 確かに、異性の名前呼びって青春を感じるよね。」

橋川さんは小馬鹿にして、笑っている。

「千斗くん! ……ごめん。」

私は青春という言葉が妙に耳に残り、気づいた時には私の口から出たことのない言葉が出た。

「ふ… 大丈夫ですよ! 愛月さん!」

私の名前は冬美。

距離を詰められるか、離されるか。

そんな鬼ごっこでも、している気分です。


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