第56話 愛しい旦那の帰りを待つ私 SIDE.ルナ



「行ってしまわれたわね」 


 私、ルナ・ハンバルクは愛する夫の帰りを待っていた。


 ここはエルフ王国の宮殿。


 魔王崇拝者の駆除のための作戦会議の最中、ファウラスという王子が脱走したらしい。


 その結果、後始末としてアイク様が買って出て下さった。


 そんなことよりも昨晩のアイク様と過ごした時間は幸せだった。


 私のために、私だけを見つめてくれる時間が何よりも愛おしい。


 正直に言えば、私の幸せな時間を邪魔する魔王崇拝者もアイク様のお手間を取らせるファウラスとかいう王子も腹立たしい。全部消えてしまえばいいとさえ思う。


「不安ですか?」


 そう聞いてきたのは聖女のアリサ・ヴァンデッド。


 私は彼女のことがあまり好きではなかった。


 なにせ彼女がいることで、私とアイク様が共に過ごせる時間が減ってしまうから。


 とはいえ、アリサがアイク様や私にとって便宜を図っていることを知っている。


 元を辿ればアイク様のお力のおかげだけれど、私が呪われている教会の神父に言われたあの発言の影響力を失くすことができたのは、アリサのおかげということは間違いない。


「アイク様のことですから、きっとすぐに解決して下さりますよ。不安なんてある訳がありません」


 私がそう答えるとアリサは私を見てニコニコしながら、


「お言葉はそうかもしれませんが……やはり不安なのですね。こんなに震えてしまって」


 アリサは私の右手を包むように握る。


「悪いですか?」


 本当は不安だ。


 その不安は、どちらかと言えば寂しさに近い。


 アイク様は私を置きざりにして、どこか知らない遠くの場所に行ってしまう。アイク様にはその翼がある。誰よりも自由で何よりも気高く強靭な翼が。


 その不安を解消するには、アイク様の翼をもぎ取って、私という鳥籠に縛り付け、私以外、誰も認識せず、感じさせない……私だけがアイク様という存在を独り占めできる……そんな状態にしたいけれど、さすが恐れ多い。


「いいえ。とんでもないです……実は私、機会があればルナさんと二人でお話したかったのですよ? いつもアイク様のお傍にいますから、中々その機会が無かったものですから」


「私とですか……? アイク様とではなく?」


 私は分かりやすく顔しかめてしまった。


 アリサが何を言っているのか理解できなかったから。


「はい。これでも私、アイク様とルナ様がお話をしている時に、幸せな光景を見るのが楽しみなのです。アイク様がルナ様のことを愛しているのは良く分かっていますが……私としてはルナ様のお話が聞きたいのです。ルナ様がアイク様に対してどう思っているのかルナ様の言葉で聞きたいのです」


 アリサは目を輝かせる。


 アリサは貴族のパーティで恋愛話の花を咲かせている令嬢のような表情をしていた。そのせいか私も話始めてしまった。


「そうですね。たしかに私は当然アイク様をお慕いしてます。アイク様は私の人生を救って下さった唯一のお方ですから。私が幼い頃、アイク様に大変失礼なことをしてしまいましたが、それすらも許してくださった懐の広いお方なのです。あぁ、唯一の幸運は、私は胸の発育が他人より良かったことですね。時折、アイク様は私の胸を食い入るように見ますから。いつもは凛々しいのに、急に視線がだらしなくなるのは、愛らしいです。アイク様の視線を独り占めできることは、私にとって快楽に似た感情を生みますから――」


「もしかして、まだ続きます?」


「当たり前です。これでアイク様への愛を語り尽くせる訳がないじゃないですか」


 自分から聞いておいて、引いたような素振りは失礼……いや、たしかに、話の区切りを考えておりませんでしたね。次からは気をつけるとしましょう。


「ふふふ……でしたら、今度ゆっくりお話ししませんか? ルナ様の方がご存知でししょうけど、アイク様は忙しいお方なので一日くらいは大丈夫だと思いませんか?」


 正直、私にとって得はない。


「聖女であるアリサ様も忙しいと思うのですが……」


「聖女の用事なんて私の権限でいくらでも調整できますから。ルナ様とお話できるならいくらでも調整致しますよ? 私の数少ない趣味ですから」


「ずいぶん特殊な趣味をなさっているのですね」


「これでも聖職者ですから、趣味は少ないんですよ?」


 皮肉を言ったつもりが、何も効いていなかった。


 それはそれで腹が立つ。


「まぁ、アイク様から許可が貰えれば考えなくもないですよ。私個人としてはアイク様と共に過ごした方が――」


 私がアリサに話をしている途中。下の方で爆発音が響いた。


 衝撃で建物全体が揺れ、バランスが崩れそうになる。私とアリサは咄嗟に支え合ったおかげで、地面に倒れることはなかった。


「きゃっ!! 一体、何が!?」


 アリサは周囲を見渡している。不測な自体でも状況を把握しようとしていた。


「淑女並びに紳士のみなさん、ご機嫌いかがだろうか?」


 目の前の前には黒い修道服を着た集団が姿を現した。


 私はこの格好に見覚えがある。


「魔王崇拝者……!」


 アリサが目の前の魔王崇拝者を睨みつける。


 こちらから見たら奇襲を受けた形。


 奇襲とは準備が万端でない時に攻め入られること。


 言い換えれば、向こうは準備が万全の状態で攻め入ったということだ。


 現状、この場はパニックに包まれている。


 パニックに包まれながらも反応は個々によって千差万別。


「余達がお前達に屈すると?」


 そう発言したのはベイロン王。


 魔王崇拝者の襲撃に全く動じていない。これが王の器なのだろうか。


「屈するとか屈しないとかどうでもいいんだよ。お前達はここで魔王様の糧として死んでもらうのだから……だが、そこにいるルナ・ハンバルクとかいう女だけは生かして連れ帰るように指示を受けている……無駄な抵抗をしないさえしなければ痛みを与えないことを約束しよう」


 魔王崇拝者の男達は私を見て、ニヤニヤとしている。


「下衆な者ども……余の城であまり調子に乗らないことです。余の騎士達よ!! あの不届き者共を1人残らず捕えなさい!」


 ベイロン王は騎士に命を下すと、


 エルフの騎士達が魔王崇拝者達に武器を構えた。


 その最中、アリサは私に声を掛ける。


「ルナ様!! 今分かっていることは貴女が狙われているということです!! アイク様に対して有効な人質だからです!! ここから脱する準備を!! 私が道を開きます!! その隙に……ルナ様?」


 そんな状況でも私の身を案ずることができるアリサは正直言って、すごい人だと思う。でも、それでも私はアイク様の妻だ。


「そう……貴方達が私とアイク様の愛の育みを邪魔するやつらなのね」


 きっと先程の爆発で、アイク様は私の身に案ずるだろう。


 この人達の思い通りにしたくない。


 無様に捕えられて、アイク様の足枷になるくらいなら死んだ方がマシだ。私はアイク様の隣を歩みたいのだ。


「お願い。私の中に眠っている力……アイク様を……私達を助けるための力を私に頂戴!!」


 私は叫ぶ。


 すると、私の中に眠っていたナニかが力を背中に白い翼が生えた。


全能力強化オールエンチャント


 私はスキルを唱える。


 ここにいる私の味方、そしてアイク様に力を授けるために。


『ち、力が漲る!!』『す、凄まじいバフだ……!! こんな加護、受けたことがない!!』『今だ!! こいつらを捕えろ!!』


 エルフの騎士達の士気が上がる。


「な、なんだこれは!! 聞いている話と違うではないか!! 仕方ない!! ここにいるやつらを全員殺せ!! ルナ・ハンバルクも関係ない!! 殺せ!!」


 王城内でエルフ王国と魔王崇拝者との戦いが始まった。


「アイク様、安心して戦って下さい。私はアイク様の翼なのですから」


 私は一人呟いて、


 愛しい旦那の帰りを待つのであった。

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