第42話 感謝の気持ち

「やっと二人でのんびりできますね♡」


 ルナは俺に甘い声で耳元に囁く。


 ここは俺とルナの部屋。今は念願の二人きり。


「そ、そうだな……!」


 魔人化したオルトロスを倒して、今度こそ全て解決。


 拠点は丸々焼き払ったから、拠点としての機能もしない。


 ちなみに、無力化したオルトロスは一旦、アリサが拘束をすることになった。


 無力化……といえど、瀕死の状態らしい。一旦は拘束を兼ねて治療するんだと。

つまり邪魔者は完全にいない。


 もう何も心配事などない!! それなのに、改めて誰にも邪魔をされない二人きりの空間だと意識すると……やばい、めちゃくちゃ緊張してきた。


 こういう時になんて言えば正解なのか全く分からない……!


「と、とりあえず……風呂に入ってくる!! 悪いが少しだけ待っていてくれ!」


 ほら、最初にこういう時はシャワーを浴びるのが鉄板だと聞いたことがある。一旦、風呂に入って心を落ち着かせるのだ。じゃないと、心臓がもちそうにない。


 ちなみに、ルナに生えていた天使の翼はオルトロスを倒した後、消えた。ルナ曰く、再度出すのはできないらしい。何か出すためのトリガーがあるのだろう。


 まぁ、今はそれどころではないのだが……。


「それにしても良い湯だな」


 風呂に沈むと、湯の華が舞う。


 転生する前、硫黄の温泉に入ったことがあるけれど、こっちの世界にもあるのは感慨深い。


 部屋に備え付けの露天風呂から星を眺める。


 いいぞ……心が落ち着いてきた。きっと賢者の気持ちはこんな感じなのだろう。


「私も失礼致します」


「る、るるるるる、ルナ!!? どうして!!?」


 タオルを巻いたルナが露天風呂に入ってきた。


 落ち着いたはずの俺の心臓はバックバク!


 部屋で待っていたんじゃなかったのか!!


「アイク様。申し訳ございません。私はいけない子ですよね。でも折角、誰にも邪魔をされない二人きりの時間が訪れたのです。少しだけ私のワガママを許していただけないでしょうか?」


「い、いや。もちろん構わないが」


 ずるいじゃないか。


 そんな言い方をされたら、ダメとは言えないだろう。


「ありがとうございます。ふぅ……すごく気持ちいいですね」


「あぁ……めちゃくちゃ良い湯だな」


「さすがアイク様です。アイク様が選ばれた温泉に間違いはないです」


 そう言って、ルナは腕を伸ばす。


 あぁ、隙間からチラッと見える脇がエロい。


「実はアイク様に言いたいことがあるのです」


「え?」


 ひょっとして脇を見ていたことバレた?? 仕方ない。ここはお怒りを受け止める所存でいよう。


「私って結構、欲張りなんですよ」


「よ、欲張り……? そうなのか?」


 どうやら思っていたものと違ったようだ。


 とはいえ、まったく話が見えてこない。ルナから何か物をねだられたりしたことも、自己中心的なわがままも聞いたことがないから。


「本当は私がアイク様を一人占めしたいんですよ?」


「そうか? ルナが望むなら構わないぞ?」


「アイク様……優しすぎるのも罪なんですよ?」


 ルナは口を膨らます。可愛い。


「分かります? 私がどれだけアイク様のことを好きか」


「え?」


 推し公式の好き発言……最高かな?? 


 そんなことを思っていると、ルナは俺を見つめながら話を始める。


「アイク様も仰っていましたけど、私がアイク様に受け入れて貰える前ははっきり言って絶望しかありませんでした。大司教様から呪われているなんて言われてから、死んだ方がマシだと思える日々でした。それでも生きたくて、必死で……でも私を受け入れてくれる方はアイク様を除いていませんでした。正直、耐えられそうになかったです。世界全部を呪ってしまおうかと思ってました」


「そ、それは……」


 実際、原作だとルナはラスボスとなって世界全てを敵に回した。


 それを阻止できたところから始められたのは本当に幸運のだろう。でもビジュアル完璧な推しに求婚されたら、誰だって即決するよな?? むしろ俺が幸せにしなきゃという使命感しかない。


「私を受け入れてくれるだけでも嬉しかったのに、アイク様はとても私に気を遣ってくれましたよね。魔法の特訓を始めたのも体形を気にされてのことだと知っています。勇者が私のことを馬鹿にした時は誰よりも怒ってくれて、アイク様が魔王崇拝者と戦っている間、ずっと私を見ていてくれて……」


 やばい。なんだろう……いつもと違う雰囲気にすごいドキドキする。


「だから、私がこうしてアイク様を独占したいと思ってしまうのは、全部全部全部……アイク様のせいなんですよ?」 


 ルナは微笑みながら言った。


「好きです。誰にも渡したくないくらい。本当に大好きです。」


 ルナの微笑みは頭上に輝く、どんな星よりも美しいと感じた。


「あ、あぁ……ありがとう」


 やばい。めっちゃ照れる。お湯に浸かっているのもあるかもしれないけれど、顔が

めっちゃ熱い。


「俺も……ルナが好きだよ。俺もルナしかいないから」


 必死に紡いだ言葉はこれが精一杯だった。


「本当にそうなるように、私も頑張らないといけませんね」


「無理はしないようにな……そ、そろそろお風呂出るか」


「そういたしましょう。まだまだ夜は長いのですから」


 ルナにはドキドキしっぱなしだ。


 嬉しいけれど、この夜を心臓が持つことができるのだろうか。


 そうして、俺とルナは幸せな夜を明かすのであった。


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