第39話 敵になる理由は十分

「よぉ、会いたかったぜ? 魔王崇拝者さん」


 目の前には黒い修道服を着た男がいた。


 この世界において黒い修道服は魔王崇拝者の制服のようなもの。


 言い換えれば、俺とルナのイチャイチャタイムを邪魔する敵ということだ。


「アイク・ハンバルク……っ!!」


 どうやら、前のいるやつに俺のことを知っているようだ。


 だったら、話は早いよな??


「はっきり言って……俺はお前達にムカついている」


 俺はそこにいる魔王崇拝者の男に指をさす。


「理由は分かるよな? 俺のもんに手を出そうとしたんだ。知らないとは言わせないぜ?」


「この忌々しい邪教徒め……!」

 

 魔王崇拝者の男は俺を睨みつける。


 何が邪教徒だ。こちとら神なんてよりも確かな推し《ルナ》がいるんだわ。


 あれ? そういう意味では俺はルナ教なのかもしれない。

 推しは世界を救う。とは言っても、ルナの愛は俺一人で独占したいから、信者が増えるのは少し困るような気がしなくもない……。うーん、難儀だ。


「むしろ知らないのはお前の方だ! アイク・ハンバルク!!」


 魔王崇拝者の男は怒鳴る。


「世界は嘘に塗れているのです! 貴族だから知らないと思いますが、飢えに苦しんでいる人がいる!! 教会の上の一部は欲に溺れている者だっている! 神なんて信用ならない! だとしたら適任者はただ一人!! 世界を統治するに相応しい魔王様です!! 故に世界を救済しないといけないのです!! そうすれば、誰もが平等の世界になる!! そうだとは思いませんか!! アイク・ハンバルク!!」


 尋ねられたら答えてやる。


 俺はゆっくりと息を吸って、


「だから?」


 そう言ってやった。


「は……?」


 魔王崇拝者の男は口角をピクピクと震えている。


 俺は気にも留めずに話を続ける。


「だからなんだってんだよ。貴族の陰で貧困に喘いでいるやつがいたとして、関係ないやつまで巻き込む必要なんてないだろ。神だかなんだか知らねぇが、ただ一緒にいるだけで幸せだって思えるやつらもいるんだよ」


 こいつの言い草には癪に障る。


 だって、結局は自分が正しいと思って勝手に暴走しているのだ。


 究極的に身勝手で自己中心的。


「お前は罪のないやつらまで、その大事な居場所を人生を……お前らの理屈で壊した。勝手に悲観するだけならまだしも、自分の価値を押し付けてんじゃねえよ。自分は不幸の人間代表ですってか? どこまでつけ上がってんだよ?」


「し、仕方のないことなのです!! これは必要な犠牲なのです!! 何故、分からないのですか!!?」


 聞く耳持たずか。話し合うだけ無駄なのだろう。


 だが、俺はどうしてもこいつに言っておかなければならないことがある。


「はぁ……これだけは言っておこう。お前達のせいで嫁とイチャイチャする時間が取れない……これは万死に値する。故にこれ以上看過できないから、お前達を殲滅しようと決意したのだ」


「は? イチャイチャ……?」       


 目の前の魔王崇拝者の男は、呆けた顔している。 


「そんな理由で、私達の敵になるというのですか……?」


「そんな理由……?」


 こいつは何も理解していない。


「俺の最大の幸せはルナと一緒の時間を過ごせることなんだよ。そんな最高の瞬間を邪魔してんじゃねぇよ。好きなやつと一緒にいれる幸せは誰か壊していいものではないんだわ」  


 自分の大事な人を守れないのなら民を守れる訳がない。


 だから、ルナと一緒にいれる時間を邪魔されるくらいと同じくらいに、俺の手が届く《領土》距離にいるやつらの幸せを壊そうとするやつにも腹が立つ。


「なぁ? 魔王崇拝者お前らと敵になる理由は十分だと思わないか?」


 俺は魔王崇拝者の男に問いかける。


 だが、魔王崇拝者の男はニヤリと笑うだけ。


「こうなっては仕方がない。魔王様に代わり、このオルトロス・ヴィルハイム。この命を賭けましょう」


「良く喋る野郎だ。とっとと倒してやろう……愛しの推し《嫁》が待っているんでね」


「しかし、私では勝てないことは重々承知……私と共に魔王様のため、尊い贄となってください」


 魔王崇拝者な男――オルトロスはそう言うと、赤黒い玉を取り出して飲み込む。


「ぐ、ぐぅ……! ぐぉぉおお!」


 そしてひとしきり苦しんだ後、自分の腕で心臓を突き刺し、抜いた。


「ぐぼぉあ!!」


 抜いた後の空洞に禍々しい黒色の風がオルトロスに集約する。


 そして全身を黒い鎧に覆われた。


「これが『魔人化』の力……! 魔王様! 私は今、貴方と一体になりました!!」


 魔王崇拝者オルトロスはニヤリと笑うのであった。

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