第38話 予想外の展開SIDEオルトロス

「ライザ君、ユリウス殿……そろそろ、素晴らしい戦果が届くと思いますよ?」


 時はアイク・ハンバルクが私達の拠点に攻撃を仕掛ける30分前のこと。


 私、オルトロス・ヴィルハイムは万能感に酔いしれていた。


 ブラックドラゴンの騒動に忍び込ませていた盗賊を利用し、あの憎き聖女、アリサ・ヴァンデットをサルファの街まで誘き出し、オーガの大群をサルファの街に攻め込ませ、住民諸共オーガの餌食にさせる。


 そして、世界を魔王様が好む混沌に染めることができる。


 魔王様が顕現けんげんしたら、さぞお喜びになるに違いない。


「さすがはオルトロスさん。素晴らしい戦果というと、当然アイクのやつも痛めつけてるんだよなぁ?」


「当然です。あぁ……そうですねぇ。どちらかの手で仕留めたいのでしたら、街が陥落する前に見に行ってもいいですね」


「それじゃあ有難く。勇者様も行くよなぁ?」


「そうだな。アイクに対しての脅迫材料にもなるかもしれないからな……俺も行くわ」


「それではこの私、ユークリッドもお供致します、ライザ様」


 私が言うのも可笑しいことだと思いますが、誰もが想像している勇者ではないことは確かだと感じました。


 私にとっては喜ばしい限りですが。


「そうだ、ライザ君。少しだけいいですか?」


 ライザ君だけを引き留めると、先に勇者ユリウスだけが先に部屋を出る。


「なんだ?」


「あの勇者――は魔王降臨の触媒になりうる逸材です。『聖痕』も堕としてしまえば、強力な『魔痕まこん』になるので……既に各所に信書を送っておきました。ここ以外でも魔王崇拝者の拠点を使うならば、勇者の彼と一緒に行ってください」

「ふーん。それはちょっと面白そうだな。覚えておこう」


 そう言って、ライザ君とユークリッドは勇者ユリウスの後を追う。


 こういうプライドが高い人間達は利用しやすい。


 選択肢は多い方がいいですからね。保険を作っておきましょう。


「オルトロス様。ご報告致します」


「あぁ、お待ちしておりましたよ」


 そんなことを言っていたら、オーガの大群の動向を追っていた監視役の男が戻ってきた。


 彼らは魔王崇拝者の中でも捨て駒的な存在。


 とはいえ、便利な駒であることは変わらない。


 なにせ指示を出しているのはこの私だから。つまり成功が約束されたも同義。


 しかし、受けた報告は衝撃的なものだった。


「は? オーガの大群が消滅した? サルファの街に辿り着くことなく?」


 言っている意味が分からない。闇の魔法陣を起動させてから1時間と経っていない。


「はい。召喚はたしかに成功しましたが、一瞬の内にアイク・ハンバルクと見受けられる少年が放った魔法により、オーガの大群が消滅しました」


「そんなバカな……」


 冗談でも聞いている気分だった。


 しかしオーガ500体が1時間で倒されたーー言い換えるならオーガ500体分を倒すための力を使ったということ。そんな力を頻繁に使えるだろうか?


 答えは否だ。そんな人間、アーティファクトがあったとしても無理だ。


 それに私は二の矢、三の矢を用意している。


 オーガのことは予想外ですが、世界を混沌に陥れる計画は一つじゃない。


「し、失礼します……!」


 そんなことを考えていたら、とある依頼をしていた別部隊の男が戻ってきた。


 そういえば、彼はエルフ王国第三王女の拉致を依頼していたはず。


「も、申し訳ございません……! エルフ王国第三王女の拉致に失敗してしまいました」


「それだけですか?」


 折角、エルフ王国に内通している魔王崇拝者から情報を頂き、ルートまで絞って失敗? そういう意味合いで尋ねたですが……


「い、いえ! 第三王女は治療が必要な怪我。護衛数人は仕留め、それ以外は戦闘不能な重傷を負わせました。まさかあそこまで護衛共が抵抗してくるとは……」


 しかし愚かな者には私の意図なんて組むことはなく、返ってきたのは言い訳だけ。残念ですよ。


「そうですか……その後の足取りくらいは掴めているんですよね?」


「はい……どうやら、サルファの街に逃げ込んだようです」


「サルファの街ですか……」


 サルファの街といえば、アイク・ハンバルクが統治している街。


 監視役から聞いてはいましたが、改めてサルファの街の名前を聞くと、アイク・ハンバルクという存在がチラついてしまう。


 でも前向きに考えるなら、聖女を含めて私達の敵はまとめてサルファの街に集まっている。


「分かりました。後はこちらでやっておきましょう」


「申し訳ございません。オルトロス様……それでは私は――ごはっ! な、何故!?」


 私は気晴らしに報告にきた愚かな者の心臓を腕でえぐり取る。


「喜びなさい。貴方はこれから敬虔けいけんなる魔王様の使徒として、命を捧げるのですから」


 私はえぐり取った心臓を直接噛り付く。


 芳醇で新鮮な鉄の香りが口いっぱいに広がり、全身の闇の魔力が染み渡る感じがする。


 これが魔王様がこの世に落として下さった快楽。全身の末端まで力が漲る。脳が高揚感に支配されたような、そんな素晴らしい感情を全身で感じている。


 これも全て魔王様のおかげ。


「あぁ、誰でもいいので片付けておいて下さい」


 乱雑に落ちている抜け死体に向けて言う。


 快楽を得られるのは構わないですが、この神聖な場所が愚かな者の血で汚れてしまうのはよくありませんね。


「まぁ、私には魔王様の加護がございますから。最悪の場合、私自ら手を下しましょう」


 この力があれば、人間ごとき相手になんてならない。


 もういっそ、私自らサルファの街を聖女諸共壊してしまいましょうか。


「そうと決まれば私もそろそろ準備を――なんですか? この魔力反応は」


 明らかに異質で、そして強大な魔法が近づいてくるのが分かる。


 嫌な予感がする。私は全力で防御魔法を展開させた。


「なっ、なんだと……!! くそっ!!」


 対SS級魔法障壁は一撃で破壊されたのだった。


「なにが起こっているのだ!!」


 私が不測の事態に叫ぶと、空から何かが降りてきた。


「よぉ、会いたかったぜ? 魔王崇拝者さん」


 空から降りてきたのは、どこからどうみてもただの少年だった。


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