第33話 推しのバフ

「オーガの大群か……実際に見ると、嫌悪感を感じるな」


 ここはサルファの街から少し離れた場所にある丘。ここではタゴニア平原を一望できるのだが、今、タゴニア平原をオーガの群れが埋め尽くしている。


「アイク様。お考え直し頂けないでしょうか? さすがに危険すぎます」


 アリサが少し慌てた様子で俺を止める。


 この世界でオーガが恐れられている理由は、とにかく残虐だからだ。


 実際、ゲーム内のクエストでは討伐対象にもなっていて、他の村や街は壊滅している。ただ問題は壊滅以上に街の住人がまるでオモチャのように弄ばれて殺されたという点だ。


 きっとこの世界では俺がフォーチュン・ラバーを通して知っているオーガとは違い、数々の無垢なる住人が犠牲になってきたのだろう。


「気にするな。俺は勝てる戦いしかしない」


「カムラさん。ちなみに、オーガは何体くらいいるか分かりますか?」


 アリサが聖女に問う。


「おおよそ、500体ほどと報告を受けております……」


「500体……? き、聞いたことがございません。これは異常事態なんですよ!! 本当に勝てると確証しているんですか!?」


「くどい。俺は勝てる戦いしかしないと言っているだろう」


 俺は聖女の言葉に苛立ちで返す。


「アイク様。妻である私も微力ながらお力添え致します……醜いオーガごときが私の旦那様の領地に……どこまで私とアイク様の時間を邪魔するの?? 絶対にゆるさない……」


ルナは後半からボソボソと呪詛を吐く。ルナの瞳が眼鏡越しでもハイライトが消えているように見える。うーん、でも可愛い。


「妻である私も……か。それなら共に行くか」


「!!? あ、改めて繰り返さないでください! そんな強調して言われると恥ずかしくなってしまいます」


 頰を赤くにするルナ。野暮なツッコミだったかもしれないが、照れるルナは俺にとって非常に助かる。


「……分かりました。せめて私もお力添えさせて頂きます」


 アリサはそう言うと、振り返ってランスロットの方を向く。


「ランスロット。貴方は騎士団を総出でサルファの街の住民を守護しなさい。何人もオーガの手で傷を付けることは許さないわ」


「かしこまりました。聖女様。……アイク殿。無理だと思ったら、すぐに引き返して来いよ。退路くらいは作ってやるから」


「ふっ……心配しすぎだ」


 なんだろう。ランスロットのやつ、無駄にかっこいい台詞を言うじゃないか。

 人生でいつか言いたいリストにでも入れておこう。


「アイク様。この私、カムラもランスロット様と共に住民の避難誘導に努めて参ります。何卒、ご武運を」


 そう言って、カムラとランスロットの二人はサルファの街に戻っていった。


 敵自体は簡単に倒せる。だが、俺達がいない隙に何か問題が起きる可能性も否定できない、二人にはサルファの街に戻ってもらうのが正解だろう。


 まぁ、今は気を取り直して、


「一瞬で終わらせてやるよ」


 俺は龍星の杖を取り出して、魔法陣を展開する。


 心配なら、さっさと片を付ければいいだけのこと。


「せ、せめてバフくらい受け取って下さい――『エンチャント』」


 アリサは俺にバフをかける。


『エンチャント』はクリティカル率上昇のバフ。だけど、俺には意味がない。圧倒的な火力の前では非クリティカルでも敵を溶かすから問題ない。


「わ、私も応援します……!『クイック』」


「う、うおおおおおお!!!? ルナの応援だと!!!???」


 推しのバフ!!? 思わず叫んでしまった。


 『クイック』は詠唱速度や移動、攻撃速度など速度に関するバフ。つまり早く帰ってイチャイチャしようという意思表示ということに違いない。


 だとしたら、さっさと片づけるしかないな。


 あ、折角なので個人的に魔法の練習をしている時に新しく覚えたスキルでも使ってみるか。


「自動探索(オートサーチ)』


 対象を敵対しているオーガだけに絞り、


 俺から見る視線では対象を全員赤い印でロックオンする。


「くたばりやがれ」


 俺は悪役のようにニヤリと笑い、魔法を放つ。


 まるでミサイルのように、魔法が降り注ぐ。


「は? せ、殲滅……? あの数のオーガを一瞬で……?」


 俺の視線はオーガの屍(しかばね)で埋まる。


 そりゃあ、原作のフォーチュン・ラバーでもオーガ相手ならこのアーティファクト龍星の杖を使えば一撃で倒せていたのだ。アイクの魔法の適正、それに加えて原作と違って努力をしているのだ。


 さらに推しのバフ。これに勝るものはない。仮に相手が神だろうと消し去るだろう。


 あとついでに聖女のバフ。


 これだけあれば、オーガの大群を倒すのは造作もない。


「よし。とりあえず片付いたから、さっさと帰るか」


 俺は笑顔でルナの手を握り、

 タゴニア平原に背を向けるのであった。


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