第30話 折角のカモ……じゃなくて素晴らしいお客様

「アイク様にご相談があるのです」


 執務室で待っていたアリサは真剣な顔をして俺に言った。

 俺達が入った瞬間のことだった。


 ほらね? 思った通り面倒ごとの相談だっただろ?


 メルコットとガルが気を利かして、アリサを執務室に通してくれていたみたいだ。


 執務室は今後、俺が業務で使う場でもあるが……初めてのお披露目が聖女の相手なのは泣ける。もちろん悪い意味で。


「聖女様は今度はなんの御用で??」


 俺がアリサに尋ねると、アリサは笑顔のまま返す。


「あ、アリサでいいですよ? 私とアイク様の仲ではありませんか?」


 どの面を下げて言えるのだろう? たしかに少しは世話になったが、大した仲でもないのにそんなことを言うのはやめてほしい。


「……そうですか。それではアリサは一体俺に何の用で?」


 俺はアリサに問うと、アリサは一つ呼吸を入れて答える。


「アイク様は『魔王崇拝者』という存在を御存知でしょうか?」


「魔王崇拝者……それがどうしたんだ?」


 カルディ地方へ出発する前にお父様が言っていた魔王崇拝者の存在。


 まさかアリサの口から聞くとは思わなかったな。


「アイク様がコメット村でブラックドラゴンを討伐した際に、村を襲った盗賊団を覚えていますか? その盗賊団の一人を尋問したところ、魔王崇拝者であることを判明しました」


 それって尋問じゃなくて拷問なのでは?? と思ったけれど、特に口を出さないでおいた。色々と突っ込んでも面倒だから。


「そうか」


「さらに尋問を続けたところ、どうやら魔王崇拝者の拠点がカルディ地方の辺りにあるらしいのです」


「ただ問題がありまして、その魔王崇拝者が全てを自白した後、制約の呪いを掛けられていたみたいでして死んでしまいました……ひょっとしたら、罠の可能性もありますが」


 たしかにフォーチュンラバーでの魔王崇拝者は常軌を逸していたからな。それくらいしても不思議ではないな。


 しかし、俺はあえてアリサに一言申してやりたい。


「それで? 忘れているかもしれないが、俺は領主の扱いかもしれないが、一王国民だということを忘れていないか? 俺は安くないぞ?」


 俺自らが魔王崇拝者を叩きに行く必要もない。


 ルナの安全は俺が身近にいれば解決なのだ。


「……私で叶えられるものであれば、なんでも協力致しましょう。困った時はお互い様だと思いませんか?」


 今、なんでもと言ったかね? とは言っても聖女に叶えてもらいたいものなどない。


「そうか。それでは考えておくとしよう」


「ありがとうございます」


 アリサは俺にゆっくりと頭を下げる。


「それにしても、アイク様は存じていたのですか? カルディ地方に魔王崇拝者が潜んでいると」


「……知っている訳ないだろ。だが、俺とルナの幸せな結婚生活を脅かすやつがたまたま目の前に現れたら、魔王崇拝者と知らずに倒してしまうかもしれないな」


 正しく言うと、魔王崇拝者はどこにでもいる。言い換えるならばどこにでも拠点があるから、秘密裏に捜査をしたところであまり意味をなさないかもしれない。


 まぁ、ルナとの幸せな結婚生活の邪魔になりそうだから目についたら潰すけれど。


 俺がそう言うとアリサは口元を手を抑えて話す。


「ふふっ……そういうことにしておきましょう。それにしてもアイク様はすごいですね。魔王崇拝者だった罪人以外は罪を償ったらアイク様の元で働きたいと仰っていましたよ。そのおかげで、全て素直に答えて頂きました」


「だとしたら、ちゃんと改心したら俺の領地に来るように伝えてくれ。できたら今回捕まった盗賊団の名簿をくれ。人生をやり直せる機会くらいはくれてやらないとな」


「さすがアイク様ですね。アイク様のような人材に気づけなかったのが本当に惜しいです」


 いや、そんなこと言われても知らんがな。


 俺はルナの幸せに繋がることにしか興味がない。


 ちょっと待てよ? アリサは魔王崇拝者を討伐するためにサルファの街に来たんだよな? つまりこの旅館の広告塔として使えるということだよな??


 俺はにっこりと悪役のような笑みを浮かべて、アリサの問いかける。


「アリサ様。ひょっとしてそれなりの人数の護衛もいるんですよね?」


「そうですが……」


「時にアリサは泊まる場所はあるのでしょうか?」


「これから探すつもりではあるのです。ただ、サルファの修道院はあまり広くないとお伺いしておりますので……野宿で我慢するしかないかもしれないですね」


「そうですか!! それは大変だ!! 神の化身たる聖女様が不便、あまつさえ野宿だなんて!!をされるなんて!! 一王国民として許せない事態でありますね!! これは私、アイク・ハンバルクが一肌脱ぐしかない!! そうだ!!ウチに宿泊するのはどうでしょう?? このサルファ新領主アイク・ハンバルク直々におもてなしして差し上げましょう!!」


「あ、あの……アイク様? 急になんですか? 怖いのですが……? 何か企んでいるのです……?」


「さっきなんでも協力するって言ったよな?」


「ひっ……!!」


 アリサは短い悲鳴を漏らす。


 そんな怖いか?? 心外な。むしろ俺はこんなにも慈愛の精神で話をしているのに。


 だが今は我慢だ。折角のカモ……じゃなくて素晴らしいお客様がいるのだ。誠心誠意おもてなしをするのが礼儀というものだろう! 


 お客様は神様なのだ!!


「大丈夫。悪いようにはしないさ」


 俺はそう言いながら笑みをこぼす。


 くくく……!! 聖女には後で稼いでもらうからな!! 我がサルファの旅館の広告塔としてな!!! ハーハッハッハッ!! 


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