第29話 まるで新婚さんみたい

「アイク様。お待ちしておりました。改めましてサルファ新領主館の完成、僭越ながらお祝い申し上げます」


 時は3日後。俺とルナ、そしてメイドのメルコットの三人はカルディ地方の主要な街――サルファの街に来ていた。


 俺の前には王様から有難く頂戴した褒美の旅館風の屋敷が目の前に鎮座している。


 同時に俺は王様にお願いをしていたカルディ地方の領主となった。


 この周辺は火山地帯ということも相まって、ほのかに硫黄の香りがする。温泉としては完璧。


 そうだよ……俺はこの温泉を求めていたのだ!! 

 

 異世界に転生したとしても、日本人の心は忘れていない。やっぱり湯舟にはドップリと浸かりたいのだ。


「改めまして、ご挨拶を私はアイク様の領主代補佐をさせて頂くカムラと申します。メイドのガル共々、何卒宜しくお願い致します」


 俺の前ではカムラと名乗る40代くらいの男、10代後半の見た目をした若い短い赤髪のメイドが俺に頭を下げる。


「ガルと申します~。御用の際は気軽にお申しつけください~。よろしくお願い致します~」


 低い声でしっかりとした口調のカムラに比べて、メイドのガルは気が抜ける言い方をする。反対の話し方ではあるが、二人の息は熟練の夫婦のようにも見えた。


「アイク様。私はガルさんにこの屋敷のことを確認して回りますので、一度失礼致します」


「そうか……メルコットには悪いがよろしく頼むぞ。ガルも苦労をかけるかもしれないが頼む」


「は、はい……! かしこまりました~。それではメルコット様~。ご案内します~」


 そういって、ガルとメルコットは先に旅館に入る。


 カムラは元々サルファの街で領主代行をしていた。


 この付近は危険なモンスターが数多く住み着いていることもあり、治安維持にも労力もお金の負担もかかる。


 加えて、前領主はギャンブルに身を投じて多額借金をこしらえては、どこかに失踪してしまったらしい。


 建前で失踪とは言ったが、実際は飛んだという話だ。


 その後始末をカムラが請け負っていたとのことだ。かなり苦労してきたのだろう。


 まぁ、俺が領主になる以上、俺がその負担を全部かすめ取らせてもらうがな……! クックックックッ……!


「あぁ、そうだ先に伝えておこう。俺はこの領主館をただの屋敷にするつもりはない――今からここは宿泊施設、もとい旅館にする。そして俺はこの旅館を中心に数多くの客を呼び、サルファの街の住民全員が豊かな生活をさせてやる」


「は……? 今なんとおっしゃいましたか!? こんなご立派な屋敷を宿泊施設にすると仰いましたか!?」


「立派だろうが、なんだろうが、俺は最初からそのつもりで王様にお願いをしたからな」


「ま、まさか……!! そんな領主はみたことがございません……! どうしてそこまで我らサルファの街のことを思って下さるのですか!? 僭越ながら、今日領主になったのですから、思い入れはないはず……」


「勘違いするな。サルファの街が潤えば、おのずと住民の満足度が上がる。住民の満足度が上がれば、おのずと使う金も増える。使う金が増えれば、税収も増える。税収が増えれば……後は分かるよな?? 俺は金を生むための起爆剤を作っただけだ」


「まさかここまでお考えだったとは……! 出過ぎたことを申し上げて申し訳ございません! 真の領主の器に私、カムラは感動しております……! 今後、誠心誠意お仕えさせて頂きます……!」


 カムラはものすごい勢いで頭を下げる。

 そうだ。忘れないうちに言っておかないといけないことがあるな。


「あぁ、そうだカムラさん。無理にかしこまらなくていい。気楽にやってくれ。そうメイドのガルにも伝えてくれ」


「え?」


 カムラは驚いた表情を浮かべている。俺はそんなに変なことを言っただろうか?


「し、しかし……アイク様は領主であり、ハンバルク公爵家の嫡男様ではありませんか。それに若くして教会からカルディの称号を下賜された聖人様ではありませんか。私にそこまで無礼はできません」


 カムラはそんなことを言うが、それでは困る。


「これから世話になるんだ。身分だけで偉そうにする訳にもいかない。それに聖人なんて称号は勝手に付けられただけだ。俺には何の価値もない。ただ……そうだな。俺も成果でお前を認めさせてやる。カムラもより一層の成果でカルディの住民の生活が豊かになるように頑張ってくれ」


 俺はブラック企業務めの時に痛感している。

 

 俺の辞めていった同期が上の人間に委縮して、仕事がトラウマになったり、パフォーマンスが著しく悪くなったやつらをいくらでも見てきた。


 俺がそんな人間になってしまっては本末転倒。

 そんなしょうもないことをして、俺とルナの幸せな結婚生活にヒビが入っても困るからな。変なリスクは取らないに越したことはないだろ?


「なんと……! かしこまりました! このカムラ! 今後アイク様にためにより一層業務に励まさせて頂きます!」


「いや、俺のためじゃなくカルディの住民のために働いてくれるだけでいい」


「まさか貴族の方でここまで我々平民のことを思って下さるとは……! その年で驕ることなく、民を想えるとは……!!」


 なんかもういいや。話が進みそうになさそうだ。


「あぁ……アイク様の民を想う目線が私だけに向かえばいいのに……! 私にはもったいないとはわかっているのですが……! いや、それもアイク様の魅力ですね……! あぁ、なんていじらしい性格なのでしょう……!」


 ルナは早口に言う。頬を赤くしてめちゃくちゃ嬉しいことを言ってくれる。


「まぁ、ともかく案内してくれ。まずは風呂場に行きたい」


「かしこまりました。このカムラ、ご案内させて頂きます」


 仰々しくお辞儀をするカムラを圧で急かして屋敷に入る。


 風呂場までの道のり、俺達は各部屋も軽く見る。さらっとではあるが、ある程度概要を知ることは大事だ。


 そんあ折、ルナがボソッと呟く。


「なんか部屋を見て回る感じ……まるで新婚さんみたいですね」


 ま る で 新 婚 さ ん み た い ! !


 たしかに……!! まるで新婚の夫婦だ……! 新しい二人の愛の新居を探す工程とまったく一緒!!


 そう考えると緊張してくるなぁ!


 俺が心臓をバクバクしている間、気が付くと目的地に着いた。

 

「お待たせ致しました。こちらがアイク様熱望の温泉でございます」


「ついに来たか」


 入り口は赤と青の暖簾のれんで分けている。

 今回は視察だから、俺達三人は青の暖簾をくぐり、風呂場の入り口を開けると、

 目の前には立派な露天風呂があった。


「素晴らしい!! これだ!! 俺が求めていた温泉だ!!」


 半分に区分けされているとはいえ、十分すぎる広さがある。


「これがアイク様が熱望されたお風呂場ですね? どことなく変な匂いがしますが……きっとアイク様が好きなものですから、私も好きになりますよね」


 ルナは眼鏡を曇らせて呟く。


 あぁ、俺の好きなものを好きになろうとしてくれるなんて……まじ尊い。


 よし。これで俺が計画している温泉施設――もとい旅館に客を呼ぶだけだな。


 俺とルナが使うだけではもったいない。せっかくなら王様や聖女を呼びつけて、その他諸々の貴族共から金を落としてもらえば完璧だ。


 ククク……! 使えるものはなんでも使って、搾り取るだけ絞り取ってやろうじゃないか!!


「あのぁ~、お取込みのところ申し訳ございません~」


 ドアをノックした後にガルの気の抜けた声が聞こえる。


「ガル。今は取り込み中だ。少し待っていなさい」


「いい。気にしないで入ってきてくれ」


「し、失礼致します~~」


 そういうと、ガルを先頭にメルコットが風呂場に入る。


「実はアイク様に御用があるとのことでして……お客様がお見えなのですが……」


 理由は不明だがガルは戸惑っている。


 メルコット見かねてガルの代わりに説明した。


「アイク様。アイク様のお客様というのは聖女様でございます」


「はぁ……?」


「アイク様……とても嫌なのでしょうけど、あまり露骨に嫌な表情をされると友好的な関係が結びづらくなりますよ」

 

 メルコットは俺にそう言うが……だって、嫌なものは嫌ではないか。

 

「あのクソ聖女……どうして私とアイク様の時間を邪魔するのかしら……」


 ルナはボソッと呟く。分かるよ……俺もルナと同じ気持ちだもの。

 早く二人でイチャイチャしたい。


 前みたいに面倒ごとの相談とかだろう? こっちから呼ぶ分にはいいけれど、聖女から来るなら話は別だ。


 この前のは領地のことだから受けたけれど……いっそ、出禁にしてしまいたい。


 クソっ……! ルナとの幸せな結婚生活さえ人質に取られていなければ……!


「しかたない……行くとするか」


 俺はゆっくりと席を立ったのであった。

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