第23話 聖女の企み SIDE.アリサ
私、アリサ・ヴァンデッドは聖女である。
聖女とは10年に一度、教会に務めているシスターの中から最も優秀とされるシスターを聖女として選ぶ。
私は聖女候補に選ばれて、その聖女候補の中でたまたまその中で一番力があったから聖女になった。
残念ながら何か神の声が聞こえるとか、そういう超常的な力はない。そんな能力があればきっと、もっと私自身に自信を付けていただろう。
とはいえ聖女としての恩恵は多く得ていると思う。他の教会のシスターからの羨望の視線。食事の質も変わった。私に付き従えるシスターも与えられた。
でも今まで自分のことは、自分でやっていたから、もどかしさしかない。
私は幼い頃、聖女という存在に憧れはあった。
私を育ててくれたシスターからは聖女がいかにすごい存在なのかを
聖女になる前の方が自分らしくいられたのは皮肉だと思うけど。
その上で聖女には神の寵愛を受けし民達の安寧を祈る義務がある。
『聖女アリサ……もしも魔王が現れた時は勇者と共に戦ってくれないだろうか?』
故にいずれ生まれてくる魔王に対抗すべく、まだ見知らぬ勇者と共に魔王討伐の手伝いを国王に頼まれた。
その時のやり取りは忘れもしない。
「もちろんです。魔王が現れたとなれば神に寵愛を受けた民の生命が脅かされるのであれば、その不安を取り除くのが聖女の務めですから」
『ほぉ……頼もしい……!! では勇者を紹介しよう。彼は勇者ユリウスだ。この世界に召喚されてまだ日が浅い。必要とあればサポートしてほしい」
『グへへ……聖女ちゃんよろ~』
初めて勇者と面した時の気持ちの悪さは異常だった。
「それにしても……あの下衆の視線はどうにかならないかしら」
勇者はいつも私を見ては、下賤な笑みを浮かべている。
私は神に仕えている身だから特定の誰かと結婚をすることはできない。
だけど、勇者は私を自分のものにできる……そんな根拠のない自信に溢れるいるようにも見えた。それがとても身の毛がよだつ感覚がする。
正直に言えば、勇者という世界を救う存在に期待をしていた。
神が遣わした人物なのだから、きっと崇高な魂をお持ちなのだろうと。
結果はひどい有様だったのだけれど。
だから私は理由を付けて、勇者ユリウスから距離を置いている。
そんなある日、私は王様に頼まれて、防御壁を張ってくれと頼まれた。
なんでも、あの勇者とアイク・ハンバルクという人間が模擬戦をするらしい。
アイク・ハンバルクという人間がどういう人間かは知らないが、王様の話を聞く限り、良い噂が立っていない人間なのだろうと想像が付いた。
今後、私の人生になにも関係がない。なんの影響もない。きっとこの場での出来事が終われば、関わることがない人物。
そう思っていたのに。
『くたばれ。クソ野郎』
アイク様が勇者ユリウスをコテンパンに倒した時、私の気持ちがすっきりした。
そのせいでアイク・ハンバルクという人間に興味が湧いた。
キッカケになんでも良かった。アイク・ハンバルクがどういう人間なのか、もっと知りたい。
だから私は知的好奇心の従って、アイク様がいらっしゃるハンバルク公爵家に伺うことにした。
突然お邪魔するのは失礼だと存じているのだけれど、行かずにはいられなかった。
『実は折り入ってアイク様にお願いがございまして』
彼の能力を確かめつつ、最低限の成果をあげられるライン。ブラックドラゴンの場所の偵察。場所さえ分かれば後は私達、教会が引き受ける算段でいけば問題はない。
とはいえ、ブラックドラゴンという存在は危険である。
そんな無茶のお願いをしたのに。
アイク様は特に渋ることもなく即断した。
自分の領地の住民が危険に脅かされると知ってからだ。
私は道中、不安になった。
もしもアイク様の持つ正義心が先走って、ブラックドラゴンを刺激してしまったら?
きっとアイク様は無事ではすまないだろう。
だけど偵察をする間もなく、ブラックドラゴンは私たちの前に現れた。
『アイク様! 今狙われているのは貴方です! 強い方だと存じておりましたが、まさかここまでとは……これは私の落ち度です。せめて、アイク様とルナ様だけでもお逃げ下さい。ここは私達、教会の人間が食い止めます』
私がアイク様を止めるも、
『いや、良い。今この時間もブラックドラゴンは迫ってきている。聖女様は悪いけれど、コメット村に被害が出ないようにシールドを張ってくれ――肉体強化』
ブラックドラゴンに向けて駆け出したと思ったら、一瞬で地面に叩き落とし、
その上で、大量の魔法陣を展開して凄まじい魔法を撃ち放つ。一見すると神の御業にも思えるほどの神々しく見えた。
きっとそんなことを口にしたら、不敬と言われてしまうかもしれない。
周辺の人的被害はゼロ。ブラックドラゴンが現れたのに奇跡のような成果だ。
誰が予想できるだろうか? ブラックドラゴンを刺激するだけでなく、単独で、一瞬で倒してしまうなんて。神話に出てくる英雄と変わらない。これは讃えられるべき偉業だ。
だけど……アイク様のことだ。きっと何か報酬を上乗せするといっても断るのだろう。
本当に噂で聞いていた人物と正反対だ。年齢的にはまだまだ子供と言われても不思議ではない。
それなのに、ここまで民と、それ以上に最も身近になるであろう婚約者を思える心をお持ちとは思わなかった。
ほとんどの貴族は婚約者に対して、愛という概念が最も遠いであろう関係なのに。
婚約者といえば、アイク様の婚約者とも仲良くしたい。
先に言っておくと、ルナさんに対して侮蔑の気持ちはない。
だって、私も両親に捨てられた子供だったから。
私、アリサ・ヴァンデッドは赤ん坊の頃に教会の前に捨てられた。だから私は両親の顔を記憶に残す前から神様の元で奉仕をしている。
不幸中の幸いだったのは親が誰かは分からないこと。私も両親に捨てられたとしても、大した思い入れはない。
その代わりに私の育て親のシスターに育てられたから。
それに角度は違えど、私も強大な力を持っている。私の力は呪われた力なんて言われなかっただけ。
私がルナさんの立場だったかもしれない未来もきっとあったかもしれない。
そうだ。良いことを考えた。
アイク様の評価を上げつつ、婚約者のルナさんの現状を改善する方法を。
きっと喜んでくれるに違いない。断られても嫌だからサプライズを仕掛けよう。
私をあしらったような態度を取るちょっと仕返しにもなるし。
私は内心のニヤニヤを隠してアイク様の帰りを待つのであった。
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